清算
黒い靄を纏った死体の姿を正面から見据えて気が付いた。
此処にいる死体たちは魔族の者だけではない。
瘴気でグズグズに爛れた人間の死体が混ざっている。
苦悶と悲痛の表情で固まったそれは容易く心を抉った。
痛い。
苦しい。
死にたくない。
死体の中には老人や赤子も含まれている。
その全てが死ぬ間際まで口にしていた怨嗟の叫びを死んだあとも叫び続けるなど救いがない。
「ソウか…ソうイウ事カ。アア、分かッタ、掛カッて来イ」
手にした剣で首を刎ね、魔力が霧散するまで切り刻む。
一人二人、四人、八人。
死体となると魔族も人間も関係ない。
数が多いだけで、術者のいない死体はそれほど強くない。
無論、ミーグの身体能力の高さ故であり、一般人であれば一人倒している内に殺されてしまう。
助けを乞い願う声には耳を貸すことなく、無慈悲に、あるいは最上の慈悲を以て刃を振り下ろす。
恨むならば俺を恨め。
そしてできる事なら、その怒りと悲しみのすべてをここに吐きだしていくといい。
俺が受けるはずだった全ての罪を、ここに禊ぐことが出来るのならいくらでも立ち向かおう。
何人殺したかもわからない。
力で圧倒していても身体中には生傷が溢れ、振るい続けた剣はヒビが走っていた。
「オマえデ最後ダ。安ラカに眠レ」
こんな時代では安らかに眠るのも難しいだろうが、せめて人間も魔族も死んだ者の魂に救いがある事を祈るしかない。
最後の死人の頭をかち割った瞬間、連戦に耐え続けた長剣が中ほどからポッキリと折れてしまった。
念のため近くに落ちていた、まだ丈夫そうな剣を拾い上げる。背の低い隊員用だったのか、長剣にしてはやや短い。
深く溜息を吐いてから、ようやくリィルがいることを思い出した。
「何処ダ!返事をシロ!」
内臓魔力が尽き始めて弱弱しく残り火を散らすナイフを振りかざす。
探している姿はミーグがいた場所とは全く反対側の壁で灯に照らされていた。
死人を殺し続けたせいでその姿を見ても生きているようには見えなかった。全身が汚物のような液体にまみれ全身から血を垂れ流している。しかし、それ以上に身体から全く魔力を感じることが出来なかったからだ。
「リィルっ!何ヲしテイるっ!」
ついさっき嗅いだ肉の焼ける匂いにすぐ気が付いた。
「あ…倒したん、だね…あの人…生きて、る…?」
息も絶え絶え、蚊の鳴くような声が余計に痛々しい。
破れた服の裾で酷い火傷の跡を隠そうとしたのを、ミーグは見逃さなかった。
「いヤ…手加減スる余裕ハ、無かッタ…そレよりモお前ハ」
「だ、大丈夫、大丈夫…掠り傷、だから…包帯とかあったら」
嘘ではない言い方をしているが、擦り傷以外の傷が見えないとでも思っているのだろうか。
すぐに布を割いて、特に出血の酷い左腕を止血する。手の甲から肩までパックリと切り裂かれ、太い血管に傷がついていないのは殆ど奇跡に近い。
止血は出来たものの、衛生面は最悪で出血量も多すぎる。
「あ、ありがとう…」
「立テるカ?」
「だ、大丈夫…」
嘘であることははっきりしていたが、かといってその場で待っていてもらう訳にも行かない。もうすぐ騒ぎを聞きつけた外の衛兵が来るだろうし、人間と魔族の死体があちこちに散らばっているこの状況でリィルが見つかればただでは済まない。
ひとまず安静には出来ずとも無事に隠れる場所を探す必要がある。
「ねえ、その人…ちょっと見てもいいかな」
今はそれどころではない。
そう言いたくとも、死人たちの怨嗟を聞き届けた後に、死にかけのリィルの頼みごとを断ることは出来なかった。




