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対人間

人族と魔族の戦争が始まった時、前線で初めて敵を殺した。

体格と才能に恵まれていた俺は前線部隊を志願し、人族との戦争の直接的な発端を作ったのは紛うことなく俺達だという自覚がある。

と言っても、大穴が魔界と人間界を繋いだせいで人間界には魔界の瘴気が大量に流れ込んだせいで、人間のほとんどは既に死に絶え、空っぽの街と人間の死体だけが取り残されていたのだが。俺が殺したのは死に物狂いで襲い掛かってきた魔法使いの軍隊だ。

訓練でしか攻撃したことのない俺はその感触の悪さに、戦闘が終わった後もしばらく眠れなかった。その後は信頼できる部下の助言と魔王様直々の指示によって前線を離れ後方支援部隊に回るようになった。

現実から目を背けて、代わりに眺めた人間界は俺が住んでいた魔界とはまるで違う。空気がきれいで生命に満ち、見たことのない物で溢れていた。それはまさに、小さい頃から聞かされていた『夢の国』の世界そのもの。

そして、だからこそ、侵略者である自分の立場に悩みもした。人間たちの住む場所を奪うことに罪悪感を覚え、かといってこの人間界を知ってしまったら、瘴気と腐竜の蔓延るあの魔界になど戻りたくはない。魔王様に打ち明けようかとも考えたが、人間界の侵攻が進むにつれて魔王様も後方支援部隊も忙しくなり、そうこうしている内に魔界からはどんどんと人間界へ民が移り住み、結局一度も話すことなく今になってしまった。


だからこれは、きっと自分への罰なのだ。

嘘を見抜く目を持って生まれたのに、嘘ばかりついて生きる自分への罰。


・・・・・


深く深く息を吸い込んで、薄暗い待機所の奥に淀む青い魔力を睨みつけた。

直剣を低く構え、リィルに借りたナイフを逆手に握る。

先に動いたのは男の方だった。

男の身体から広がっていた魔力が一点に集まりミーグに向けて糸のような細い魔力の線が伸びる。


―――バヂッ!


雷光のような赤紫の矢が迸る。構えた長剣で反射的に弾こうとすると、矢は正に雷の如く枝分かれし、剣閃を避けるようにして左右から挟み打ってきた。

人間の使う魔法は多彩で器用だ。魔族のような身体的高等性を持たぬが故の生存戦略なのだろう。

普段なら片腕を犠牲にするか、一か八かに賭けて回避を試みるが、幸い今は煌々と燃え上がるナイフを借り受けている。あの巨大な死体の塊に『魔力も持たず』一人で突っ込んで行った馬鹿がいるのにこんな所で攻撃を喰らっていたらそれこそ間抜けだ。

逆手に持ったナイフで左から来た雷撃を受け止め、頬を掠める雷撃を回避する。


「甘いッ!」


低く構えた空振りの直剣を盾代わりに突進し、杖先から次弾を発射しようとする男に向かって切り上げる。

手応えはある。確かに肉を切った感触だ。だが―――


「…部下を切るなんてひでぇ隊長さんだなァおい?」

「外道ガ…ッ」

「大量に殺しておいて正解だったぜ」


盾にされた魔族の死体は真っ二つに切り裂かれ、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

その隙に男はまた距離を取り、杖先に魔力を貯め始めた。

仲間の血で汚れた剣を振り払い、再び低く構える。


魔法使いとの戦闘は原則として距離の奪い合いだ。


凍り付け(アイフ・リエーネ)

「…っ今度ハ氷か」


杖から放たれる魔力が波状に広がり空間の熱を急速に奪っていく。鎧には霜が降り、身体の内側から温度が下がる。魔法が弾かれるのを警戒して形を持たない魔法に切り替えたのだろう。だが魔族の身体は人間の身体よりも過酷な環境で進化している。

冷えた空気を肺から追い出し、一気に距離を詰める。


「かかったな、馬鹿が!死ね!」


瓦礫の山から燃えるナイフの光に反射する金属が顔を覗かせる。顔を目掛けて飛び込んできたのは死体に握られた短剣だった。


「馬鹿ハお前ダ!」


遠隔で死体を操れることなど魔力の流れを見れば分かることだ。

足先の向きを変えてタイミングをずらすと、目前を短剣が通過する。

今度は死体を盾にされないよう、ギリギリまで剣を引きつけ狙いやすい胴体目掛けて振り下ろした。


ドゴォッ!


男の身体に刃が届こうとした瞬間に建物が揺れるほどの振動が響き、剣の軌道はバランスを崩した男を掠めて空を切った。


「何ダっ!?」


震源地に顔を向ければ、半身を床に沈められた巨大な魔力の塊が天井に腕を突き刺している。燃えるナイフしか碌な明かりのない暗闇の中、リィルの魔力は希薄でこの位置からはほとんど見えない。

急いだほうがいいかもしれない。


「…なんなんだ、あの女は…っ!…なんで人間が魔族の味方をする!?」


そんなの俺が知るわけない。寧ろ俺が聞きたいくらいだ。

本人は責任を果たしに来ただけだと言っていたが、それならば竜車で解毒したときに目的を果たしている。ここに残って危険を冒す理由はないはずだ。

だが、リィルの目的が分からなくても、今俺がやるべきことは変わらない。


「フンッ!!」


―――バギッ


よろけてバランスを崩している男に切りかかる。しかし相手も二度目を喰らうほど馬鹿ではないらしく、突如出現した魔法の壁に阻まれてしまった。


「危ねえ危ねえ…コレだから魔族は油断ならねえんだ」


また距離を取った男は杖を構えて魔力を集中させる。攻撃の魔法が飛び出すのを警戒したが杖先から飛び出した黒い煙のような塊はバラバラになった死体の欠片に纏わりついた。それが何を意味するのか、今更分からないわけはない。

咄嗟に一番近くにあった煙の塊に炎のナイフを突き立てる。

案の定煙を纏った死体の欠片は血をまき散らしながら襲い掛かってきた。


「…ウぐっ!?」


直線的な動きをする手足の中に混じって、こちらの動きを伺うように生き物じみた動きをするものが混じっている。

おまけに手足に刺さった瓦礫や武器の欠片が鋭利な凶器となって飛び込み、捕まれたり蹴り飛ばされたりするたびに小さな傷が増えていく。

というよりも―――


「…貴様っ…俺ノ部下をどレダけ侮辱すル気だ!」


切り落とされたこれらの手足には意図的に鋭利な金属片が突き刺してある。

それも、筋肉を硬直させて固定するために生きたまま刺されたはずだ。


「楽にハ死なセん」

「それはこっちのセリフだっての…」


ならばこちらにも考えがある。

死して尚、魔族の兵士である彼らの力を借りて。


「…っハぁ!!」

―――ギンッ


飛び込んできた短剣付きの脚を、長剣の峰で弾き返す。煙を纏って自由自在に宙を舞う死体片も、渾身の力で打ち返されれば関係ない。そして弾き返す先にいるのは魔力で操作している男だ。


「があああぁぁあぁあっ!!!!!」


男の悲鳴が響き渡るが、反撃の手は緩めない。死体の手が刺さったナイフを振りかぶり、慣性の法則ですっぽ抜けた腕を再び打ち込む。燃えるナイフで刺していたせいか肉は変質して固くなり、金属片は赤く染まっていた。

これが当たれば致命的になるはずだ。


守れ(トゥエレ)!!」


不可視の壁によって防がれてしまったが、簡単な魔法に呪文を叫んでいるのは焦っている証拠。このまま遠距離で攻撃を続けるのは分が悪い。魔法使いは遠距離攻撃のエキスパートだ。

詰めるなら今しかない。


「クソっ!おい!俺を守れ!」


男が怒号を飛ばすと、周囲に転がっていた屍数体が動き出し壁のように立ちふさがる。そこにいるのはつい数時間前まで仲間だった者達だ。ガタガタと奇妙な音を立て、硬直した腕を伸ばしてこちらへ向かって来る。もはやあのミイラのような生前の身体能力すら発揮せず、ただただ肉壁として徘徊する亡者。


「……」


まともに相手をしてやるつもりはない。相手に時間を与えるつもりもない。

間抜けなモグラのように斬り払って進むよりも手っ取り早く、さっき見た光景を活用させてもらうとしよう。

傍らに落ちていたテーブルを足掛かりに飛び上がり、持っていた剣を天井に突き立てる。そのまま振り子の要領で足を持ち上げ、剣が体重で抜ける前に天井を蹴り飛ばし、死体の群れに隠れた男の上に飛び掛かった。

呆気にとられた男の顔がちらりとローブから覗く。

人間の中では随分若い方のような気がする。

焼痕か瘴気汚染か、酷く爛れた男の顔は見るに堪えないほど醜く歪んでいる。

怒りか恨みか、怨みか、どんな感情であったとしても、目を背けるわけにはいかない。

紅炎に輝くナイフを両手で握りしめ、そのまま男の身体を袈裟切りにした。

小さな頼りないナイフでも、筋肉の塊が両手で握って重力と共に切りつければ刃渡りも鋭さも関係ない。溶けたバターを裂くように、あっけなく男の身体は二つになった。


「ヤッたカ…」


死霊術師という未知の存在との闘いの中で僅かに生じた油断。

それでも咄嗟に動くことが出来たのは、男の魔力が見えたからだった。


「クソっ、術者が死ンデモ、魔法ハ消えナイのカッ!?」


騎兵用の長剣が首筋の薄皮を割く。

周りを取り囲む死体たちに纏わりついた魔力はまだ消えていなかった。



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