オドとマナ
「…術師の位置、ゲホっ……み、見えるん、だよね…?」
「…あア、しっかりとな」
ゴーレムの動きに注意しながら、ミーグは兜越しに暗闇の死霊術師をにらみつけている。
私が目を向けても真っ暗な空間が広がるばかりで何もいるようには見えない。
「じゃあそっち、お願い…私が、このデカブツをやる」
「!?本気カ?」
「私には、見えない、から」
死霊術師を倒せばどうにかなるかもしれないが、ミーグ以外にはどこにいるのかもわからないし、今は魔法も碌に使えない。それなら特別な目を持ち、剣術に長けたミーグが相手する方が得策だ。
だが、ミーグが死霊術師の相手をするということは、同時に誰かが屍ゴーレムを相手にしなければならないという事でもある。
そしてこの場にいる戦闘可能な者は私だけ。
「大丈夫…で、でも、早く倒してね?…遅いと私、死んじゃうから」
「…分カった」
軽い冗談にミーグが頷いた瞬間、業を煮やした屍ゴーレムが拳を振り下ろしてきた。
拳だけでも腕ほどの大きさすらあるその凶器を咄嗟にミーグが切り流し、その衝撃を皮切り二手に分かれる。
威勢よく飛び出したのは良いが、すぐに足から力が抜けてつんのめるように体制を崩してしまう。けれど今度はもうミーグも振り返らない。任せろと言った以上、ここから先は私の戦いだ。
隙だらけの姿を目の前の怪物が無視してくれるはずもなく、叩き潰そうと迫ってくる巨体を正面から見据えて魔法瓶を握りしめる。
大丈夫。これまでだってこのくらい何度だって切り抜けて来たんだから。
「魔力切れだからって…魔法が使えないわけじゃ、ないんだよ!『ドロドロ』」
へたり込んだままでも、黄金色の液体が詰まった魔法薬瓶を投げつけるくらいはできる。
ゴーレムの足元で瓶が砕け散り、金色の液体は黒ずみながら床に染み込んで消えていく。ゴーレムが拳を突き出そうとした瞬間、薬液のかかった床は石造りにも拘らず泥沼のように波紋を打ってゴーレムの片足を飲み込んだ。
普段使っている調合魔法薬ではない。
魔法を予め封じ込めた呪文魔法薬。中に詰まっていたのは液状化の呪文。正確に言えば分子同士の結合を緩くする呪文。
あれだけの人数で出来たゴーレム、相当な体重があるはずだから片足でも一度ハマったらそう簡単には抜け出せないはず。今のうちに、魔力欠乏症を何とかしないと…
「…あった、疑似魔力薬」
・・・・・
「~♪~~~♪」
「しかし勿体ないのぅ…お主が魔法学校に通っていれば今頃…」
「うわあっ!マルコいつからいたの?」
夜も更けた旅の道すがら、木陰で薬鍋の火を細かく調節しているといつの間にか傍らにエルフの賢者・マルコが居座っていた。
「そうじゃのう…お主が鼻歌を歌い始めた頃からじゃろうか」
「盗み聞きなんて、種盗み狸じゃないんだから…っていうかそれって初めからじゃない?…それで、何か用事?」
「魔法の授業の時間じゃよ。お主が教えてほしいと言ったんじゃろ」
「あれ、もうそんな時間?お片付け」
旅にマルコが加わって数週間、毎晩魔法の特訓をつけてもらっている。
私も自分の杖を持ってはいるけれど、魔法理論は初級も初級。魔法薬の調合で使う特殊な呪文と生活呪文を知っているだけで、マルコが使いこなすような黒魔法は全くの門外漢。私も戦力になりたいと思ったら、エルフの大賢者であり大陸一の魔法学校で校長を務めるマルコに魔法を教えてもらうしかない。そのおかげか、今では初級の黒魔法程度なら使えるようになっていた。
「今日は何の魔法を勉強するの?」
「いんや、昼間オークと戦って疲れたじゃろうし、今日は授業は無しじゃ。暇じゃから散歩しておったらお主のご機嫌な鼻歌が聞こえたもんで見に来たんじゃよ。ほっほっほ」
「もー!からかわないでよ!それに私、まだ魔力には余裕あるよ」
「余裕のある方が回復しやすいんじゃよ。まあ、折角じゃし今日は魔力について授業しようかのう。人間の魔力には二種類あると教えたのは覚えておるか?」
マルコは杖で空中に絵や図を書きながらリィルに質問を投げかける。
「うん。一つは体外魔力、もう一つは生命魔力だよね」
「そうじゃな。体外魔力は人間やエルフが持つ魔法のための魔力を指すのう。生産量に個人差はあるんじゃが身体能力と同様、使えば疲労し時間と共に回復する。一般的にこの体外魔力が鍛えられるのは十二歳までと言われておるのう」
この体外魔力については私でもよく知っている。
魔力回復薬や魔力増幅薬は中級魔法薬として有名な部類だ。調合は難しいけれど、魔力を外にストックできる魔力回復薬は利便性が高いので私も常に数本所持している。
「でも私、生命魔力ってあんまり知らないかも…生命魔力を回復させる薬とかも聞いたことないし…」
「まあそうじゃろうな。生命魔力は肉体と魂を接合するために絶対必要な5.6匁(21g)の魔力じゃ。理論だけで言えば生命魔力さえあれば人間もワシらエルフのように長生きできるとされておる。ただし――」
「ただし?」
「あくまで理論だけじゃ。体外魔力は他人に受け渡すことも出来るが、生命魔力は己の魂を接合するという性質上、他人の魔力も、一度排出した魔力も受け付けん。まあ、老衰でなければ自然に回復したりもするがのう」
「そうなんだ…」
「体外魔力がないままに魔力を絞れば生命魔力が削られ心身に傷を負う。回復にも時間を要し、消費しすぎれば廃人にもなろう。されば肉体が無事であろうとも死人に同義じゃ」
「じゃあ、生命魔力が傷ついたらただ回復を待つしかないの?」
「まあそう結論を急くこともあるまい。お主もよく知っとる魔法薬があるはずじゃぞ」
少しだけ首を捻って、すぐに頭の上で明かりが灯った。
「…あっ、疑似魔力薬!」
「そうじゃ。魔力薬でありながら魔力を回復せん魔法薬。ここで言う魔力とは、正に生命魔力の事を指すんじゃよ」
「なるほど…欠損した生命魔力を補うための薬だったんだ…あー、分かったらこれまで作った疑似魔力薬作り直したくなってきちゃったなー」
「ほっほっほっ、学者の性という物じゃな」
「ごめん、マルコ。今日はここまででいい?」
「気にするでない。若者の時間は有限。老人は明日の楽しみが増えただけじゃよ」
作りかけの魔法薬を大瓶に移し、鍋を浄化して新しい薬草を鞄から引っ張り出す。疑似魔力薬自体はそれほど珍しい薬草を必要としない。しかし、それはあくまでも基本的な疑似魔力薬の作り方。個人の身体に合わせて微調節するのが魔法薬の基本だ。
「~~♪~♪」
再び鼻歌を歌って鍋をかき混ぜ始めるとマルコはいつの間にかひっそりと木陰から離れていなくなっていた。
・・・・・
さっき使った魔力の炎だって、量で言えば生命魔力の百分の一にも満たないのに、生命活動に関わる程のダメージ。
それを補助するのが疑似魔力薬、或いは魂魄接着剤。生命魔力ではないため魔法を使うために消費することはできないものの、魂魄を接着し回復するまでの間の不調を抑えてくれる魔法薬。
「は、やく…飲まないと…―――っ!
長い間使わずにいた瓶の栓は固く、焦れば焦るほど上手く抜けない。
諦めて瓶の首を奥歯でかみ砕いた瞬間、目の前の沼から轟音が響いた。
ドゴォッ!
――う、嘘っ…」
顔を上げると、ゴーレムは天井に片腕を突き刺して自分の身体を持ち上げていた。
口の中の瓶の破片を吐き捨て疑似魔力薬を一気に呷る。吐き気も頭痛もかなりマシになったけれど、休んでいる暇はない。
ゴーレムを何とかするなら動きの封じられている今が好機なのだ。
鞄の中から引きだした赤銅色の瓶を力の限り投げつけた。
「燃えよ!!!」
心なしか薬を飲む前より声の通りがいい気がする。
瓶の破片と共に飛び散った赤銅色の液体はゴーレムの頭部に降りかかり赤い炎を巻き上げると、ゴーレムの全身に練り込まれた魔族の顔面が耳を裂くような悲鳴を上げた。
―――アァァアアァァアアアアアア
―――イダイィイィィ
―――ダズゲデェェェエエエ
―――ジジジジニダ、グナイイイイィィイ
「…ダメかな」
悲鳴を上げてはいるけどゴーレム自体の動きが止まってない。
ただ悲鳴を上げているだけという感じだ。
頭についた火を消そうともしていないし、やっぱり焚火用の火呪文じゃ無理だよね。
手探りで鞄の中を漁っていると、穴を抜け出したゴーレムが悲鳴を上げながら近くにあったテーブルを掴んで放り投げ、咄嗟に身を捻ってその場を飛びのく。空気が逆巻いて顔を掠めるが、避けたことに安堵する暇はない。
ゴーレムの巨躯は投げたテーブルよりも早く眼前に迫り、巨大な拳が振りかぶられている。いくつもの腕が寄り集まってできた腕はご丁寧にも折れた剣や鏃で痛々しい見た目をしていた。
「えいっ!」
咄嗟に握っていた魔法薬を放り投げ、顔を背けて目を瞑る。しかし予想した衝撃は中々訪れなかった。代わりにリィルの鼻腔へ届いたのはツンと鼻を衝く消毒液のような匂いだった。薄々と眼を開けるとゴーレムの溶けた腕が落ちて地面に転がり、バランスを崩したゴーレムが地面に転がっていた。
「あ、ぶなかった」
中身は腐肉薬。細胞の壊死を急速に発生させ、肉を朽ち果てさせる劇薬。死体にどこまで効果があるか疑問だったが、腕のいい死霊術師の扱う死体は生きていた時の機能を十分に残しているらしい。
―――バキッ
―――ゴポンッ…ゴポンッ…
ゴーレムが立ち上がるよりも早く這うように反対側に回り込み、溶解薬を詰めた大瓶をゴーレムの脚に叩きつけた。
甲高い音ともに白い煙が沸き上がり、寄せ集めのゴツゴツとした足が見る見るうちに溶けて緑色の液体が床に空いた穴へと流れていく。
飛び散った破片がリィル自身の肌も裂き、溶解液が衣服に穴を開けていく。慌てて服を引き千切って放り捨てると、その床もまた深い穴を穿っていた。
「本当、相手が死体でよかったよ」
生物相手にこんな真似は出来ない。心理的に。
魔法薬は程々に倒す、が難しい。揮発性の麻酔やくしゃみ薬・笑い薬などがあれば無力化は容易いかもしれないが、そう簡単に出来る薬でもない。魔法薬の基本は「生かす」か「殺す」かだ。
出来る事なら生物を殺したくはないが最初から死体なら関係ない。
―――イダァアアアアアアイィイィ!!!!
「うわぁっ!…まだ動けるんだ。あ、そりゃそうか」
ゴーレムは残った片腕で脚を払おうとするが、鈍った動きに気づかないほど戦闘の素人ではない。すぐさまその場を飛びのいて、役に立ちそうな魔法薬を鞄から引き抜く。
しかし隙を見逃さない鋭さを持っていたのはゴーレムも同じだった。
リィルが離れた瞬間にゴーレムは唯一残っていた一本の腕を体内に取り込むと、映像を巻き戻すかのように四肢が生えてきた。
「ガタトカゲの尻尾じゃないんだから…でも、うん、ちょっと元気出てきたかも」
疑似魔法薬には生命魔力を補う効果しかないはずだけど、久しぶりの正面戦闘だからかな。
―――アァァァアァアアア
一回り小さくなった巨体は器用にも傍らに落ちていた大剣を指先で拾い上げて切りかかってきた。
「溶けよ!あぐっ!」
横薙ぎに斬り払おうとする大剣に魔法薬の小瓶を叩きつける。金属の刃が液体となって脇腹を打つ。
液化の魔法はあくまでも液化させるだけで、質量も勢いもそのまま残っている。
要するに、痛いものは痛い。
脇腹を抑え痛みをこらえながら、柄だけの剣を握る巨体の足を払う。質量のバランスが崩れて剣を振りぬいた姿勢なら、小柄でも簡単に足を取れる。ミーグの邪魔にならないように、付かず離れず、注意を引き続ける。
しかし、どうしても戦っていて気になったことがあった。
―――イヤダアァァァアアァアアァ
死体の巨人は奇声を上げ、起きぬけに握っていた剣を投げ捨てた。
「…ちょっと賢すぎ、じゃない?」




