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合縁奇縁

「私が知っているのはこれだけです」

「…そノ話が…本当だとイウ…証拠ハ?」

「…明確に提示できるものはないけど…二人組の魔族はまだレストラン近くの路地裏で失神してると思う」

「フむ……暫シそコで…隠レていロ………ジェンキンス!!」


除血薬の瓶を持っていたらよかったが、生憎既に焼却処分してしまった。

大柄な魔族(名前はミーグというらしい)は先程覗き込んできた部下の魔族を大声で呼びつける。リィルは慌てて竜車の下の隙間に身を隠して何をするのかと耳を澄ませる。


「どうかしましたか!?隊長!?」

「酔っ払イの賊ガ…『ミルクレター』の近くデ…寝てルラしイ…頻発してイる…スリの犯人ダ…しょっ引イてコイ」

「え、わ、私がですか?」

「オ前の名ハ…ジェンキンスじゃなイのカ?」

「いっ、いえ!すぐにでも!!」


竜車の下に隠れているリィルには足元にしか見えないが、大方ミーグが睨みを利かせたのだろう。ジェンキンスと呼ばれた隊員はすぐに踵を返してレストランの方に向かっていった。


あのレストランはミルクレターというのか。メニューにミルクはなかったのに。


「ソれで…毒の在処ハ…分カるのカ?」

「恐らく水に混ぜられています」

「何故…ソう言い切れル?」

「水なら誰もが口にするでしょう?」

「ソうカ…良イだろウ…タだし…オかしな真似ハ…スるなヨ」

「分かってるよ。心配なら私の杖持ってて」

「……分かった…水樽はコっちダ」


差し出した杖を押しのけてミーグが水の入った樽へと案内する。幸い食料貨物からそれほど離れておらず、移動する間誰かに見つかるということもなかった。或いはミーグがそういう道順を選んでくれたのかもしれない。


「ココだ…見つかル前に…中に入レ」

「樽、開けてもいいですか?」

「ソの手前のヲ…開けロ」

「あと、ネズミがいたら捕まえてほしいです」

「フむ…コいツでいいカ?」

「…なんでポケットの中にネズミがいるんですか?」

「小動物ハ警戒の基本ダ」

「死ぬかもしれませんがお借りしてもいいですか?」

「構ワん」


ミーグの手からネズミを受け取ると、樽の蓋を割って近くにあったカップに水を掬い取る。見た目も匂いもただの水だが、その中にネズミを一瞬沈める。首にかけた砂時計をくるりと回す。夜明けまでの時間を測っていたが、とりあえずこちらが先決だ。水につけたネズミはリィルに首を抑えられたまま濡れた毛皮を不快そうに拭っている。


「2…1…0……やっぱりここだ。これで私の話信じた?」

「コれハ……分かッタ…一応は信用しヨウ」


砂時計の砂がすべて零れ落ちた瞬間、先程までは何事もなさそうに足掻いていたネズミが急に痙攣し始めた。見る見る内に細くなって、終いにはカラカラに乾いたネズミのミイラが出来上がった。ネズミは体が小さい分、人間より薬が効き始めるのが早い。除血薬が入っているのはここの樽で間違いがないようだ。リィルからネズミを受け取ったミーグは驚愕とも恐怖ともつかない顔で手元のネズミを見つめている。


「コの毒薬…ドウすルつもリだ?」

「川に流すと地下水や下流まで汚染されちゃうから、解毒した方が早いかな。幸いかなり薄まってるし」

「信用デきルのカ?」

「まあ見てなよ。あ、ちょっと杖貸して、『おままごと(スピールハウス)』あ、このネズミ返すね」


広げたポーションテーブルに小さくした鍋を置いて瓶から出した中和薬を火にかける。樽の中から水を一掬いして鍋の中に放り込む。除血薬は恐ろしく複雑で強力な魔法薬だが、その実、解毒薬はそこまで難しくない。要は『飲んだものを乾燥させる』という特性さえなくしてしまえばいいのだから。もっとも、完成品があること前提なので、ある意味難しいと言えば難しいが。


「イイのカ?」

「…?何が?」

「薬ハ…人間の秘密事項ダロ?」

「ふふっ、見ただけで真似できる程単純なら隠す意味はないでしょ?」

「…ソうカ」


納得のいかない表情をしているが、魔法薬は探究者たちの血と涙の結晶。そう簡単に見て奪えるような代物ではない。まして、これは解毒薬。どう足掻いても悪用できない。

鞄から取り出した薬草と、貨物から拝借した薬効のある植物を、緑色(・・)に燃え上がるナイフで細かく刻んで放り込む。

炎の色は温度で変わり、低ければ赤く、高ければ青くなる。加えて、魔力が多ければ緑色になっていく。

魔法の力が備わったナイフを取り出したことに、ミーグは多少の警戒心を張り詰めるが、リィルが黙々と作業しているのを見て少しずつ警戒を解いていく。

怪しげな臭いの漂う鍋をかき回していると、竜車の外から声がした。どうやらミーグを探している。


「何とか誤魔化してください」

「…分かっタ」


ミーグが外に出て素早く竜車の扉を閉める。リィルは手を動かし続けながらも外の音に耳を澄ませていた。


「うルさイぞ!ジャンキンス!」

「ミーグ隊長!何故こちらに?」

「酔っ払イが…水ヲ寄越せト…吐カレてモ…困るカラな」

「うえー、もう一杯もらうぞー、ひっく」

「……」

「そレで?…何カあったのカ?」

「あ、ああ、路地裏で発見した酔っ払いですが、懐にこのようなものを持っていたため、念のため身柄を拘束し隊長に報告を」

「…こレハ…魔法の道具ダな…」

「やはりそうでしたか。気を失っているようですが、話を聞く必要がありそうですね」

「…わカっタ…コレは俺が鑑定しヨう…下手な行動は…起こスナよ?」

「はい!それでは失礼します!」


そういって足早に去っていく隊員を見届けて、再びミーグが竜車の中に入ってくる。薄らと緑色の煙を上げる魔法薬はもうほとんど完成している。急場で作った魔法薬では材料が足りないかもしれないと思ったが、杞憂に済んだようだ。


「魔法の道具も分かるんだ?」

「…どウイウ能力を…持つかマデは…分かラナいがナ…」

「私のローブを見抜いたのもそれですか?」

「ソウだ…コの眼ハ…本質を見抜ク…嘘カ否かモ…分かル」

「だから私の言葉を信じる気になった、と。生き辛そうですね」

「……ソウだ」


リィルのどちらの言葉に対してかは分からないが、同意するミーグの前で、ようやく解毒剤が完成した。溢さないように注意しながら、鍋をポーションテーブルからおろして小瓶を取り出す。一定量になるように横から目盛りを覗きつつ、小瓶の中に緑色の液体を流し込んでいく。


「樽、いっぱいあるね。手伝ってくれる?」

「そノ前に…コノ薬は…魔族に害ヲ…及ぼサナいと…誓えルナ?」

「もちろん。安心できないなら」


そういって、リィルは小瓶の中身を樽の中に垂らして杓でかき混ぜる。緑色の液体を混ぜたはずが透明なままのその水を一掬いし、ミーグが止めるよりも早く口に含む。


「これで二時間待てば結果が出る」

「……分カッた…そレマで待トう」


ドヤ顔で振り向くリィルに呆れているのか驚いているのか、少し悩んだ後、どっかりと座り込んで待つことに決めたようだ。それを見たリィルも床に腰を降ろす。

初めて会った魔族と毒見して相席することになるなんて、本当に、人生とは何が起きるかわかないなぁ。まあ…一人でいるよりはよっぽどいいのかな…


「……」

「……」

「……」

「……」

「…ご、ご趣味は?」

「空気を読ム必要はナイぞ」


気まずい沈黙に耐えきれなくなって、訳の分からないことを口走るリィルをミーグはため息まじりに一蹴する。相変わらず鎧の奥にある表情は読めない。


「…すみません…」

「ハァ…お前ハ何故…魔族領ニ来たンダ?」

「私…私は…」


思わず言葉に詰まる。私はなぜここにいるのか。

当然だが、ミーグに他意はない。

ただ純粋に、何故人間がわざわざ敵である魔族の土地にまで来て魔族を助けるような真似をしているのか、気になったから聞いただけだ。だが、リィルにはまるで別の質問に聞こえてしまった。


『何故お前だけ戦わずに帰るのか』

『何故今更責任などと嘯いてここにいるのか』

『お前のような無能が何しに来たんだ』


「…私は、さっきも言ったように私が作った危険な毒薬を回収するためにここにいるの」

「危険ヲ冒しテまで…するベき事カ?」


ミーグの言葉は真をつく。真実を見抜くからなのか、或いは当人の身につけた技能か。気づけばリィルは滔々と語りだしていた。


瘴気の雲の上、星は輝き、まだ夜は深い。

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