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鍋に隠れて

「おーい、こっちの荷物検品終わったか?」

「すいません、まだ見てないです!」

「おいおい、勘弁してくれよ、今夜中に終わらせねえと帰れねえぞ」

「すいません、すぐに」


もうかなり夜も更けているのに、エリムリアの西広場では慌ただしく魔族が行きかい、あちこちで声を張り上げている。

竜車には武器や防具、樽や水瓶など様々な物資が並んで詰め込まれ、まだ積み込まれていない荷物がそこかしこで山積みになり魔族たちがリストを片手に検品を行っていた。


「おい、この壺…いや、鍋か?検品済みって書いてあるのに何で乗せてないんだ?」

「さぁ、積み込み係が忘れたんじゃないっすか?」

「あいつら、テキトーな仕事しやがって…まあいい、俺が載せとくからお前はそっち数えとけ」

「はいはいっと…こんなんじゃ朝までかかっちゃいますよ」

「文句言ってないで手を動かせ!」


検品済みと書かれた古紙の貼られた鍋を持ち上げて食料の貨物に積み込む。中に何が入っているのかは知らないが、傾くたびに重心が動いて運びづらい。ロープでギチギチに縛られているのが唯一の救いだ。これで中身が飛び出たりしたら面倒で仕方がない。

魔族は悪態をつきながら竜車に乗せると、溜息を吐いて検品作業に戻る。後輩の言う通り、このままだと朝までかかりそうだった。


・・・・・・・


行ったかな…?


開け虹ごま(アプトルゼーミ)小さくなれ(クレナーレ)…」


念のためかけていた『施錠呪文』を解除して鍋の()()()を小さくする。蓋が無くなった分、鍋を縛っていたロープが緩み、魔族の気配がないことを確認してゆっくりと顔を出す。上手く竜車の荷台に潜り込めたようだ。


「おいそれそっちじゃねえって言ってんだろ!」

「!?」

「すいやせぇん!」


竜車の荷台の前を二人の魔族が通り、咄嗟に鍋の中に身を隠す。幽玄のローブは来ているが、仮に見つかったら言い逃れはできそうにない。


まさかこんなに上手くいくとは…私には密偵の才能があるのかもしれない…!

しかもここって多分食料の積み荷だよね。

早いところ毒入りの食料を見つけ出さないと。


鼻を鳴らして振り返ったリィルの目の前には山のように積み込まれた貨物が聳え立っていた。

ひとまず人目を忍ぶために竜車の扉を閉め、荷車の奥へと移動する。足の踏み場もないほどに詰め込まれているため、天幕固定用のロープを手繰りながら荷物をかき分けていく。最奥まで進んだところでナイフと杖を腰の鞄から取り出すと、近くにあった大きな袋を手に取って封を開いた。中にはカラカラに乾いた果実が詰まっている。


姿を現せ(オムス)除血薬(じけつやく)………」


袋の中身はうんともすんとも反応しない。

簡単な仕事でないことは分かっていたが、一発で見つかってはくれないかと落胆せずにはいられない。そんなことで一々落ち込んでいたら終わらないと気合を入れ直して杖を握りしめた。

首にかけた砂時計のネックレスをくるりと三回回し、素早く次の麻袋を取って呪文をかけていく。朝までの時間はまだあるが、どの食料に毒が盛られているかわからない。虱潰しが最速の手段だ。


姿を現せ(オムス)・除血薬…姿を現せ(オムス)・除血薬…はぁ、一体いくつあるんだか…」


検品をしていた魔族が愚痴を溢すのも頷ける。開けては調べ、開けては調べ、時折魔族の気配がする度に息を殺して身を潜める。幸い荷物が大量にあるお陰で姿が見つかることはなさそうだが、時間をかけない方がいい。


姿を現せ(オムス)・除血薬…姿を現せ(オムス)・除血薬…姿を現せ(オムス)・除血薬…姿を現せ(オムス)・除血薬…」


どれだけ調べても見つからない。半分以上調べてもどれ一つとして反応はない。

当たり前と言えば当たり前だ。一滴で何千何万と殺せるのだから大量に仕込む必要自体ないのだから。だが、リィルの心の中には言いようのない違和感が段々と増していく。

ふと、杖を動かしながら顎に手を当てて考え込む。手持無沙汰なときは杓ダコをさすってしまうが、小さい時から考え事をする時は顎に手を当ててしまう。


…ちがう、何かが違う

姿を現せ(オムス)・除血薬…………食べ物じゃ…ない…?」


ふと、思い付きのように口から零れた言葉がストンと胸の中に落ちる。杖を懐に仕舞うと、手に持っていた荷箱を放り出して貨物車から這い出した。

毒がどこに仕込まれているのかようやく見当がついた。


そうだ…魔族の言っていた「飯」そして「毒」。私は馬鹿か!

食料なんて誰が食べるかもわからない。それにこの規模の団体じゃいくら食料に混ぜても大部分には回らない。混ぜるなら……『水』!


大陸の中央から北の寒砂漠ヘと物資を運ぶ支援軍、食料よりも問題になるのは水だ。水なら軍団の全員が補給するし、除血薬は効果が出るまでに時間がかかる。だから気がついたころには全員手遅れになっているという算段だ。食料と違って一つの水樽に混ぜた後に、その毒水を今度は全部の樽に移せば一瞬で汚染完了だ。タイミングを見計らってバレないように竜車から飛び降りる。

急いで水の貨物車を探さなくてはならない。見やすいように首から外して腕に巻いていたネックレスの砂時計は、既に半分を切っている。


急がないと…急がないと…


「そコで何をしテいル!…オ前…人間だナ!」

「!………」


バレた!?

幽玄のローブを着てるのに!今構ってる暇は…


竜車の陰に回って裏手に入ったところで背後から声がかかった。顔が見られないように浄化のマフラーに深く顔を埋め、魔族の警告に振り返ることなく杖をローブに隠して脇の下から背後の魔族に向ける。

勝負は一瞬。


ここで魔法を使えったら他の魔族も寄ってくるかもしれない。仕損じれば囲まれる危険もある。そうなれば薬の回収なんかしている場合ではない。


「答エろ…そコで何を――」

失神(シンコープ)音の壁(ソース・オビス)!」


できる限り隙をついて呪文を飛ばす。だが狙いは魔族ではなく魔族の手に握られてる貝殻の警笛だ。狙いはあやまたず笛を撃ち抜き、これでこの魔族は増援を呼ぶことはできない。


「敵対行動を確認しタ…排除す…」

守れ(トゥエレ)硬く守れ(ハルト・トゥエーレ)!」


呪文に怯むことなく、何事もなかったように剣を構えて突進してくる魔族に、素早く間を取って守護呪文を張る。フルプレートアーマーの魔族はリィルよりもはるかに巨体で、腕を使って頭部をうまくカバーしているため杖では狙いが付けられない。


…幽玄のローブを見破られた時点で呪文が効かないことは想定済み、守護呪文も気休めにしかならないかもしれなけど、時間があれば魔法薬を取り出せる…!


そう思いながら服の内側に入れたリィルの手は虚しく空を掴んでいた。


…ない…魔法薬がない!…なんでっ…路地裏で咄嗟に使ったのが最後の一本だったんだ!


バキン!


慌てふためくリィルの目の前で守護呪文が甲高い音と共に砕け散り、その衝撃に尻もちをついて後退った。ほんの一瞬、目を瞑った瞬間に鈍色の刃はリィルの首筋に押し当てられる。ひんやりとした感触はマフラー越しに動脈に伝わり全身に広がっていく。

少しでも逃げようとするような素振りを見せれば愛着あるこの身体とも泣き別れだ。


「オ前…どウいウつもりダ?ココで何ヲしテイタ…」

「………」

「答エなイのなラ構わナイ。聞き出ス術はいくラでモアル」

「…し、知りたいなら、教えてあげましょうか?」


生唾を飲み込み、震える声を絞り出して慎重に言葉を選ぶ。何か一つでも間違えたら人間領に帰ることなど叶わなくなってしまう。

ここから先はもう言葉でどうにかするしかない。


「…何ダと?」

「この貨物には毒が仕込まれている」

「正気カ?話ヲ信じルとでモ?」

「…このままだったら死人が出るよ」

「……」


喋り方がたどたどしい割に意外にも冷静な兵士のようだ。リィルの言った話が本当なのか逡巡しているのだろう。何も言わずリィルの表情を読み取ろうとしているが、フードの陰に隠れてリィルは表情を読ませない。


流石に信じるわけないか…こうなったら隙を突いて逃げ出すしか…


「隊長!こちらでしたか!」

「っ!」


杖を握る手に汗を滲ませていると、広場の方から声が掛かった。隊長と呼ばれたのが目の前の魔族であることは疑いようもない。会話をしている間ならば隙も生まれるかもしれない。


「…何カ…アったカ?」

「いえ、こちらの方で物音がしたので確認に来ましたら隊長がおりましたので」


相手は二人…逃げるなら今――


「…………何でもナい、酔っ払イがイたダけダ」

「……」

「そうでありましたか。では私が連れていきましょう」

「オ前には持ち場がアル…すグに戻レ!」

「はっ、はいぃっ!!」


首のない魔族の隊員は隊長と呼ばれた大柄な魔族の声に慌てて自分の持ち場へ帰っていく。竜車の陰に残されたのはリィルと隊長魔族だけだ。


「どういうつもり?」

「毒が盛ラれてイルと…言っタのはオ前ダ」

「…そうだけど」


まさかこんな簡単に信用してもらえるとは思っていなかった。拍子抜けするような現状に、どこか納得しないような声を出してしまう。


「ソノ前に…一つ聞カせロ」

「答えられる範囲で」

「オ前の目的は…なんだ?」

「………」

「…答えラれなイか?」

「責任を取りに来たんだよ。私が作った毒だから」

「……そウカ…」


再び考え込むように黙ってリィルを見つめる魔族隊長。この場の決定権を握っているのは彼だけだ。リィルは静かに返答を待つ。


「分カっタ…話を聞カせロ」


どうやら天はリィルに味方をするようだ。或いは彼もまた、忠実に責務を果たす者だったのかもしれない。とにもかくにも、リィルは知る限りの情報を、慎重に取捨選択しながら話すのだった。

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