プロローグ
「…ここでお別れだね」
「お前がいてくれて助かったぜ」
「契約とはいえお主には返しきれない程の恩があるのぅ」
「…あなたのこれからの旅路に祝福があるのを祈ってるわ」
「……」
黒い霧の渦巻く崖の淵、逆巻く風と金属を裂くような魔力の音の中でも長らく共に歩き続けた仲間達の声だけはやけにはっきりと耳に届いた。契機満了、私の旅はここまで。彼らの旅に私が付いて行くことはできない。魔族領の最深部である黒霧の谷の底の先には魔界の入り口がある。魔族の本拠地である魔界は何の能力も持たない人間が進んでいくことのできる世界じゃないから。
「リィル…」
「やだなぁ、そんな顔しないでよシュリト。見送る側は私だよ?勇者がそんな顔してたらみんな不安になっちゃうよ!」
「……そうだな。ありがとう、リィル」
端正な顔つき…というよりもイケメンの部類に入るシュリトが泣きそうな顔をすると、それだけで数億金貨の絵画になりそうだが、私が思うにシュリト=リベリオの顔が最も輝くのは笑っている時だ。太陽のように輝き、明るく照らすような笑顔はそれだけで周りの人を幸せにできる。できる事ならずっと笑っていてほしいが、きっとそれもかなわない事なのだろう。
「そうそう!これ、最高位ポーションのレシピ!マルコなら作れるでしょ?」
「お主の作るポーションの方が効きがええんじゃがのう…まぁ仕方なし、譲り受けよう…」
「マルコにそんな褒められるとなんだか恥ずかしいな」
マルコ=シュネーバルは精霊の森に住むエルフの中でも賢者とか大魔法使いとか呼ばれる類の偉人だ。魔法薬やポーションに詳しい人間に褒められるとなんだか面映ゆい。特に仲間から言われていると思うと思わず顔が赤くなってしまいそうだった。
「ソーネも、無理しないでね」
「ええ、もちろんわかってるわ。あなたも、人間領まで遠いのだから気を付けるのよ」
「うん、他の男たちに気を付けるんだよ?特製のお仕置き薬も遠慮なく使ってね?」
「そうね、寝るときは拘束魔法を仕掛けておくわ」
「おいおい…」
冗談交じりに少し笑うとソーネチカ=ラトールは私をそっと抱きしめた。私より一回り背の高いソーネに抱きしめれると包まれるような安心感がある。調薬兼魔法薬師の私と白魔導士のソーネはパーティで唯一の女性としてお世話になることも多かった。そういえば温泉につかってるときに覗きに来た男どもをポーションで女にしてやったこともあった。ガウストに乗せられたのだろうとは分かっていたけど、シュリトとガウストが泣き付いて来た時は流石のソーネも声をあげて笑っていた。クシャクシャと髪を撫でられて離れると寂しい気持ちがこみ上げて来る。熱い涙を生唾と共に飲み込み、代わりに口の端を持ち上げて笑顔を取り繕う。
「ガウストは…うん!特にいう事はないよ!」
「ひでぇなおい!せめて別れの言葉くらい言ってくれよ!」
「あはは、冗談だよ。無茶な戦い方ばっかりするんだから、ちゃんと周りも見るんだよ?この前だって私のお気に入りのカップ割ったし…」
「う…それは悪かったって…というかまだ根に持ってたのか、身長だけじゃなくて器も小さいのか?」
「失礼な!毒盛るよ!?」
「怖ぇ事いうなよ!?」
軽口をたたき合ってから、ガウストは別れの言葉を告げた。竜人族のガウストは旅の途中から仲間になったが、快活で剽軽な性格のおかげでこれまで何度もパーティを明るくしてくれていた。頭は悪くないのに無鉄砲な所があるため、一番多くポーションを使ったかもしれない。
「…シュリト…元気でね」
「…そうだね、リィルも元気でいてね」
「もちろん!はぐれ者のみんなが帰ってくる場所を作らないといけないからね」
「…うん…それじゃあ、またね」
シュリトはそれだけを言うと黒霧の中へと飛び込んでいった。
それに続いて、一人ずつ暗闇の中へと飛び込んでいく。
誰も振り返らなかった。
今更そんなことは期待していないし、そんな奴がいたら平手打ちで放り込んでやるくらいのつもりでいたが、後ろ姿を見守る事しかできない自分が情けなくて仕方がなかった。




