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「大丈夫!?」
外傷を確認する。一番目立つのが腹の切り傷、その他に体全体に裂傷が走っていた。傷の多さに思わず眉根を寄せる。
微妙に治っていたからこそ、ここまで保っていたんだろうけど少しでも見つけるのが遅かったら多分無理だったかもしれないし、その上これほど酷いとなると内部の損傷にも気を遣って集中しないといけない。
「シュー、本来の大きさに戻って周りの警戒をして。結構危険な状態だから集中して早く治癒する」
『分かりました』
その言葉が終わると同時に目の前に白銀の輝きを持つ大蛇が現れる。それを見届けると魔法で体内を探りながら治癒を始めた。
思っていた以上に傷が深い…
それに全身の裂傷、この傷のつき方はもしかして…
術式を維持しながら一つ一つ丁寧に治していく。長く掛かったように感じる時間が過ぎた。
「終わった…」
『お疲れ様です主様』
一つ息を吐き、治した人物を観察する。
「…これってさぁ」
『我が国の騎士団の団服ですね』
「しかも、隊長格の腕章付き。ついでに言うなら顔に見覚えあり…この人第三部隊の隊長かぁ。ってことはやっぱり相手は鉄鷲か。丁度討伐に行ってたはずだし」
『鉄鷲ですか…あぁ、確かに今は子育ての時期ですものね』
「質の良い鉱石を求めて人の管理する鉱山に出たらしいよ。国にとっても損害がでるから騎士団が派遣されたらしいけど。それにしても面倒なことになったね」
『そのようですね』
この人が率いる第三部隊なら怪我人がでたとしてもここまで重大な怪我をすることはないはずなのだ。噂通りであるならば…
となると考えられるのは共に討伐に向かった部隊が足を引っ張ったか、態と怪我をするように仕向けたのか…
いずれにしても妨害があったのは間違いないだろう。
「取り敢えず彼が意識戻るまで私達も動けないし、ラドにも連絡送らないと…シューは周り見てきて、もし討伐していたのならその証を持ち帰らないと」
『分かりました。主様は結界を張ってくださいね』
「分かってるよ」
怪我人がいるからいつもよりも念を入れて強い結界を二重に張る。同時に辺りに漂う血の匂いを風魔法で散らした。血の量に反して漂っていた匂いが少ないのは多分意識がある時まで彼自身が魔物が寄ってこないように散らしていたからだろう。
「とにかく伝令魔法を飛ばさないと…」
日数的に部隊が王都を出たのは一週間前。彼が此処にいるという非常事態を抜きにしても今日中には王都に戻るだろう。彼に敵愾心を持ってる人物については大体予想はつくけど一応調査は頼もうか。
念話を王都に居るはずのアイダに飛ばす。
『第三部隊隊長に敵意を持つ者の調査を、私は戻るのが遅くなる為結果はラドルフへ。返信は不要』
ラドルフに念話を飛ばしても問題ないけどどうせなら調査結果を聞けるようにした方がいいだろうし…内容はこんなものだろうか…
「〈ディラスの大森林において騎士団第三部隊隊長と思わしき人物を発見。重症だった為治癒を行い一命を取り留めた。また、状況不明の上本人も意識不明、よって意識が戻るまで自身も待機。状況が分かり次第帰還する。尚、詳しい調査報告についてはアイダまで〉」
鳥を形取った魔法を飛ばす。ラドルフも情報は持ってるから私が調査を命じた理由まで察するでしょう。
取り急ぎすべきことはこんなものだろう。多分、血も足りてないし、これ以上体温が下がるのもまずい。
手持ちから血液増量剤を取り出し飲ませてから脱いだローブの上に寝かせる。同時に熱量があるが周りに燃え移らない炎を出した。
周りの警戒に意識を少し割きながら今回の件についての背後関係を考える。
暫く待っていると森の奥からずりずりと何か重量のある物を引きずる音が聞こえてる。
魔力の繋がりによってそれが何なのか見ずとも分かった。
『見つけましたよ主様』
「ありがとうシュー。…それにしても随分大きな鉄鷲だね」
シュミーが持ってきたのは全長が人の2倍程ある鉄鷲だった。
「これは確かにそこら辺のが相手じゃ同じ場所に立つことすら出来ないね」
そもそも鉄鷲自体が討伐するにはかなりの技量が必要だ。ここまで大きな個体となるとそれ以上なのは言うまでもない。
『それと近くに剣も落ちていたので持ってきました』
「ありがとう。確かにこれは騎士団に支給されてる剣だね。なんで持ってないのか疑問だったけど、ここまで酷くちゃ持ち歩く方が非効率的だ」
鉄鷲と打ち合った所為だろうか刃が欠けている。武器としては使い物にならない。余計な荷物を持ち歩くよりは生存率は上がるだろう。
それにしてもそろそろ目覚めてもいい頃合いの筈だけど…
「…ぁ」
丁度目が覚めたか。
「気分はどう?」
「こ…こは…」
「ディリスの大森林よ。取り敢えず水飲んで、声出しづらいでしょう」
「あり…がと、う…ご、ざいま…す」
上半身を起こさせ水を飲ませながらシュミーに目をやり、小さな姿へ戻ってもらう。
今のところ視界に入ってる訳ではなさそうだけど驚いて体を無理に動かしたせいで悪化されても困るし…
「さて、少しは落ち着いた?」
「はい、私は騎士団所属のジークフリードと言います」
「私は魔術師団所属のシルヴィアです。大体予想はついてるのですが…この鉄鷲は貴方が討伐したということで間違いは無いですか?」
「ええ、我々に討伐の命令が下りましたので別部隊と共に討伐へ向かいました」
「そこでもう一つの部隊が何かやらかしたのでは?」
「それは…」
「言いたくないなら別に構わないけれど私の上司はそういうのに目敏くてね。どうせ今頃は貴方の部隊の人達ももう一つの部隊も城へ戻ってきているだろうし、騒動は起きてるでしょう。
後、お互い公の場では無いのだから畏まった口調で話さなくて構わないわ。問題無ければ私も辞めるし」
「それは助かる。俺もこういうのは苦手だから。
だが、本来なら俺こそが貴女に礼を尽くさねばならないのではシルヴィア殿」
やっぱり向こうもこちらには気付くか…
まあ、ある程度礼儀が出来る者なら当たり前だろうけど
「騎士団に比べて人数が少ないからこの席に座ってるだけだもの、構わないわ」
「了解した」
「寝ている間に薬は飲ませたから圧倒的に血の量が足りないということは無いだろうけど、暫く食べてないでしょうからパンくらい食べて。それにもう少し休まないと立つこともままならないでしょうし」
「ありがとう、恩に着る」
「別にいいわ。それにしてもよくあの怪我でこの森に居れたわね」
「俺も多少魔法の心得があるのでね。まあ使い続けたせいで魔力が枯渇して気絶したけれど」
やはり魔法に関しては予想通りだったみたい、そうだとしても…
「それでもよくあそこまで怪我を治せたものね。痛みで普通なら治すどころじゃないでしょうに」
「多少の怪我には慣れているから」
あれを多少の怪我で括ってはいけないと思うんだけど…
『シルヴィ、聞こえるか』
『聞こえてますよラド』
ラドルフからの念話が入る。
時間を考えれば確かにそろそろ連絡が来る頃合いだったね。
「すみませんジークフリード殿。
上司からの連絡が来たので暫く黙ります」
「…ああ、分かった」
ちゃんとしたヒーロー登場回