プロローグ
楽しんで頂けるよう頑張ります。
鳴り響く音にのめり込んでいた意識が戻る。
今のは夜鳴き鳥の鳴き声か…
窓から見えるいつの間にやら暗くなっていた外に目をやり一つ伸びをした。
バキバキと音がなる体からどれ程集中していたのだろうかと推測する。集中しだす前に見た空には真上から少し傾いた太陽があったことを考えればかなりだろう。
時間にしてみて凡そ四刻半といった所だろうか。今の時間帯は真夜中といった具合だ。あの程度の音で集中が切れるのだから大体集中力が途切れる頃合いだったのだろう。
この部屋の時計は壊れてしまい修理に出している為現在時計がなく、自身の感覚でしかないのだけれど…
なるべく早く持ち歩ける物を用意しないといけないな。
目の前にあるのは作りかけの魔道具
業務外の作業であり趣味のようなものだ。
とは言っても何が新しい発想の元になるか分からないから沢山試すのはいい事だけど。
今作っているのは照明の魔道具の改良版で利用者の想定が冒険者の為、通常時に使うのとはかなりかけ離れてはいる。
私や同僚達にとってはさして必要のないものだが好奇心や興味の元に作成するのは非常に楽しい。
作り終えた後はいつも通り彼らに渡して実際に試してもらう予定である。
予想していた量に対して少しばかり材料が足りない為、明日にでも業務を終えた後の時間を使って採りに行かなければいけない…
今日の所はもう帰るとしようか。
そう結論付け僅かながら机の散らかっているものを片付け、廊下に出た。
明かりが付いてないことから残っているのは私だけか泊まり込みの同僚くらいのはずだ。
歩き慣れた通路を歩き、巡回中の騎士に会釈しながら職場を後にする。
──────
此処に通うようになってからそろそろ12年か…
感慨に耽ながら宙を見ると今世で見慣れた蒼い月が浮かんでいた。
「満月か」
輝る月の下、月を掬いあげる様に手を伸ばし目を細めながらこの世界にて思い出した当時を追憶する。
2歳の頃に思い出したこの世界とは違う所で生きていたらしい『私』の記憶。
魔法も無く魔物も居らず科学という技術が発展し、全てとは言えないが凡そ殆どの人間がその恩恵に預かることが出来ていた『日本』という国に産まれた一人の人間の記憶。
一般家庭に産まれ両親や親族からの愛情を受け育ち、教育を受け就職した。
平凡で普遍的でその他大勢と変わりない普通の人生だった。
思い出せる記憶は20代半ば程で止まってるから恐らくその辺りで死んだのだろう。何があったのかは分からないが早い死だ。
だが痛みが有ろうが無かろうが死んだ時の記憶が無いというのは幸いだ。
誰だって死ぬ時の記憶やその時の感情なんて知りたくないはずだし…
そういった一人の人生の軌跡が幼かった私の中に流れ、するりと溶け込んだ。
今となっては有難いことだ。お陰で今の私がこうして過ごしてられるのだから…
今世の私の立ち位置は面倒でしかない。
「はぁ…」
いつの間にか流れていた思考を打ち切り明日以降しなくてはならないことを脳内で反芻する。
これでも魔術師団の副団長、やらなくてはならない事など沢山あるのだ。
「爺様にもお会いしなければ…」
爺様は今世での私の保護者に当たる人
優秀な人ではあるのだが些か変わっており訪ねるにしても人によっては一苦労である。
と云うよりも関わりを持てる人間の数がそもそも少ないのだが。
私にとっては尊敬でき、頼れる好々爺なのだが、他人にとってはそれだけではないのだろう。確かに私に無償の愛を与えてくれる点に関しては首を捻るのだけど。
急ぎではないのだが折を見て先触れを出さなければならない。
なにはともあれ充実した日々を送っている。
今世での私の名前はシルヴィア・ロンデルフ
今世はどうか長生きしたいものである。