僅かな匂い
続きです。
静寂な教室で視線を交わす二人。
「…嘘よ、…一之瀬君」
…うん、今彼女の中で名前検索が急いで
行われてたな、多分出てきた名前に顔が
思い出せなかったのを言ってきたんだろう。
……正解なんだけどな。
「あぁ、クラスメイトとして認識されている事に安堵した」
「いえ、名前と顔が一致しない位ではあったわ」
…わかってますから言葉にしないで。
「ただ…」
「貴方の事は知っていた、いえ、少し興味があったの」
そう言った彼女は開いていた文庫本を閉じ、席から立ち上がった。
「…興味?……俺に??」
彼女とのまともな接点は今まで無かった筈だ。
唯一授業の【マリオネット】模擬戦の相手が数度、彼女だった位。
その模擬戦であったとしても、彼女と俺の技能には大きな差があるので、当然彼女の
圧勝、俺が彼女に興味を抱かれる様なものではないと思う。
そう俺が考えを巡らせていると、彼女が近付いてくる。
俺の正面に迄近付いてきた彼女はすん、と
何かを嗅ぎとる様なことをし言った。
「貴方から僅かに【匂う】のよ」
「!?」
彼女の言葉に思わず後退る
え、俺って臭いの!?
顔をしかめ思わず身体の臭いを確認しはじめる俺を見て、彼女は少し笑みを溢しこう続けた。
「御免なさい、くさいとかでは無いの、気にしなくて大丈夫よ。」
彼女は後退った俺との距離を再度詰め、不意に俺の手に触れた。
「少し確認…いえ、試させて頂戴。」
ホンの少し触れるだけではあるが、五指に全て触れ、離れた。
「ありがとう、もういいわ。」
彼女はそう告げ、自分の席に戻ると再度文庫本を開き視線を落とした。
「あ、えと…」
声に出してみたものの、もう興味が無くなった様で彼女がこちらを見る事は無かった。
朝のやり取り以降、彼女との接触は一切無く、一日の学園生活が終了した。
さて、行くか。
鞄を手にクラスの出口へ向かう。
他のクラスは分からないが、俺達の年代で編成されたクラスは、やはり放課後に生徒達での交流が多い。
「おい、今日どっかよっていかね?」
「あ~なら俺マリオネットの新作見に行きたいわ」
「あぁ、鈴宮の出した奴だっけ?」
「そうそう」
これから遊ぶ予定を決めているクラスメイト達の横をすり抜けながら、クラスを後にした。
たった一人、彼を見つめる彼女の視線に気付かないまま。
次回に続くのですよ。