栞
じゃあ僕は本を読むから、と男性は言った。
葉子は、はい、と答えたものの手持ちぶさただった。
スマホ見る気にならないし、今日は眠くないし、本は持ってないし。
失敗したな。さあ、どうしようかな。目の前に人の壁ができていく。
大宮駅に到着する。
どんと、人が増える。
その様子を葉子はぼんやりと眺めていた。
隣から、つんつんと突かれた。ん、なんですか?
「ヒマだったら読みますか?僕は、これ読み終わっちゃったので別の本に移るんです。良かったらどうぞ」
え、いいんですか?すみません、なにからなにまで。
ではお言葉に甘えて。
葉子はうっかり、本を受け取ってしまった。よく考えたら、私ったら結構図々しい。
本はミステリーだった。普段葉子が読まないジャンルだったので、新鮮でぐんぐん読んでいった。
気がつくと東京駅で、男性が、それ別に返さなくていいからね、と言うまで葉子は夢中になっていた。
あ、すみません。いってらっしゃい。思わず葉子は男性に声を掛けた。
男性は笑って、行ってきます、と言って東京駅で降車した。
新橋駅で降りる直前に、中に挟んであった栞とおぼしき紙を、読み終えたところに挟み直そうとして葉子は気がついた。あ、これただの栞じゃないぞ。美術展のチケットだ。私も行こうと思ってた。
これは早く返さないと、彼、行けなくなっちゃうよ。月曜日に返さなくちゃだ。
週が明けて月曜日の朝、葉子は隣に座った男性に、美術展のチケットを渡そうとした。
葉子は言った
「これ、先週貸して頂いた本に挟まっていて。観覧にいかれるのでしょう?お返しいたします」
雄介は、あっと思った。そうか、そうだったな。
雄介は言った。
「それ、あげますよ」
え、なんで? 葉子は思わず尋ねた。
雄介は、少し沈黙した後、苦笑しながら答えた。
「一緒に行くつもりだった奴に、振られちゃったから」
葉子はまずい、と思った、でも後の祭り。
「ええと、あの、すみません」というのが精一杯だった。
気まずい雰囲気が漂っている気がした。
ああ、どうしよう、なんか言わなくちゃ。思わず出た言葉は自分でも驚愕する様なものだった。
「あの、一緒に行きませんか、美術展?」
え?という驚きが脇から伝わる。
軽薄すぎたかしら。あわてて葉子は言った。
「えとえと、私も行こうと思っていたので、丁度いいかと思って」
よく考えたら、どこが丁度いいんだ、男性のチケットじゃない?!
と葉子はすぐに気がつき、余計にあわてた。
「ごめんなさい、あなたのチケットでしたね。すみません」
雄介は心の中で爆笑していた。
この子おもしろいな。そうか、じゃあ行ってみようか。
雄介は葉子に言った
「いつにしますか?」




