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マッシュッシュ

「ほい、これで登録は終わりだ。そしてこれが冒険者証な。」


 受け取った薄い金属にはエノスと記載されていた。


「外から見ても名前しか見れねぇが請けてる依頼の情報とか履歴、ランクなんかも色々入ってるから今度は(・・・)失くすんじゃねぇぞ?」


 そう言いながら店主はカウンターの隅にある台座のようなものを指さした。

 これに載せてみろという事だろう。


 受け取ったばかりの冒険者証をその台座に載せると台座が淡く光り、空間に文字が投影された。

 周りには微かに燐光が漂っているので、これに投影しているのかもしれない。

 ゲート場で見た光の雰囲気に似ているがこの光を見ていても嫌な気分になったりしない。

 気分が悪くなるのは燐光のせいではないのかもしれないな、とウォルトもといエノスは思った。


「さて、突っ立ってても何も始まらん。請ける依頼も決めてるっていってたろ? 新米冒険者さん」


「ああ、おっさん。これだ」


 エノスは壁から一枚の依頼票を剥がしてカウンターに置いた。


 そこには<☆ランサ国まで馬車の護衛急募>と書いてあった。


「おっさんって……俺にゃガンツォっていう母ちゃんがつけてくれた立派な名前があんだ。これか? これがないからか?」


 ガンツォのおっさんはツルツルの頭を撫で、ブツブツいいながら依頼票を手に取る。


「あー、うん。これは止めとけ」


「なんでだ? これじゃなきゃダメなんだ」


 エノスは焦ってカウンターに身を乗り出す。


「おめぇゲートでこの街に来たんだろ? ならこれに関わるな。下手したらどこにもいけなくならぁ」


 ガンツォはなおも食い下がるエノスを手で制しながら冷静に諭そうとする。


「ゲートってのは使用する毎に履歴ってのが残りやがる。誰がどこからどこにいったか?ってな。この依頼はゲートを使わないで移動するって話だ。そうなると次にゲートを使う時に問題が出てくる。お前、どうやってそこにいったんだ?ってな。何を使った、それから何をした、なぁんて痛くもねえ腹を探られんだよ。それにこの依頼はキナ臭ぇ。自分で貼っておいてなんだがな」


「おっさん……見かけによらず親切だな」


 エノスは初対面で身分証もなく怪しげな自分に良くしてくれるガンツォに好意を抱いた。


「おう、じゃあ子犬探しにしておけ」


「いや、やっぱりこれに決めた」


 ガンツォはその返事に、はぁとため息をひとつ吐きながら手を出す。

 思わずエノスはその手を握り返した。


「おい、握手じゃあねぇ。冒険者証を貸せってんだよ」


「あぁ、そっちか。ならそう言ってくれればいいのに」


 エノスはポケットに入れておいたカードを取り出す。


「ったく……言葉を失うってのはこういうことだわなぁ。折角忠告してんのによぅ」


 なにやら文句を言いながら作業をするガンツォだったが、簡単に済むものだったのかすぐにカードを返してくる。


「ほらよ、これで依頼を受注したってことになる」


「ありがとう」


 エノスは礼を言ってカードを受け取った。


「……ちょっと待っとけ」


 ガンツォはカウンターの下から紙を取り出して何かを書き付けている。

 その様子を見ていると、しばらくしてようやく書き終わったようだった。


「依頼主はここの宿にいるはずだから詳しいことは直接聞けばいい」


 そういいながら紙を渡してくる。

 宿の名前に加えて、街に慣れていないことを察してか目的地までの地図まで書き込まれていた。


「だけどな。これは俺の勘だが、この護衛はロクでもねぇ依頼だ。仕事だから板に貼るくらいはするが、やっぱり勧められたもんじゃねぇんだ」


 説得出来なかったという悲観からか大きい身体を小さくしながら俯くガンツォ。


「おっさんがそこまでいうんだ、なんとなくそんな気はしてる。でも俺はどうしてもこれを請けなきゃいけないんだ……おっさんはやっぱりいい人だな」


 エノスがそういうとガンツォは見る見るうちに顔を赤くした。

 褒められるのが苦手なのかもしれない。


「うるせぇ、さっさと仕事振ったらあとは誰もいない静かな部屋ん中で昼寝でもするんだよ」


 手をひらひらと振って出て行けというジェスチャーをするガンツォを見たエノスは少し笑って店のドアに手をかけた。


「全部終わってまた来たときは酒でも奢らせてくれよな……ガンツォ」


 ドアをくぐりながら呟いた言葉はガンツォに届いたのか。

 それは、もう。


 誰にも分からない。



 ーーーーーーーー


 冒険者ギルドで依頼を受けたエノスは依頼主のいるという宿を目指していた。


 ガンツォのギルドでそれなりに時間を使ったため、太陽はちょうど頭の真上で輝いている。

 昼に差し掛かった街は人が増えてきており、その人混みに紛れて移動しようという考えだった。

 しかし道の角や路地の前に警備兵らしき姿があり、その度に道を戻ったり、回り道をしながら進んでいた。


「この街では普段からこうなのか、それとも誰かを探しているのか……だな」


 そこらの兵士に見つかったところですぐに捕まるとも思わなかったが、無用なトラブルは当然避けた方がいいと考え、エノスは建物と建物に隠れるようにして目的地を目指した。


「……それにしてもガンツォはあんなナリしてても仕事は細かいんだなぁ」


 お人好しでツルツルした巨漢を思い浮かべながら手元の紙を見る。

 そこには細かい道までしっかり書かれ、目印になりそうな建物もちゃんと書かれていた。

 おかげでエノスは裏路地とも呼べる細い道を通っても迷わずにいられた。

 心の中で次に会った時はエールを好きなだけ奢ってやろう、などと考えていた時だった。


「……や……くだ……」


 昼時だというのに薄暗い路地裏のさらに暗がりで数人の話し声がする。

 場所が場所だけにきっとロクでもないトラブルだろうと当たりをつけたエノスだったが宿はこの路地を通らないとまた大きく迂回しなければならない。


「いいだろう、ちょっと借りるだけなんだよ」

「そうだ」「そうだ」


「駄目です。このお金はご主人様から買い物を頼まれて預かった大切な……」


「うるせぇ!落としたとか失くしたとか……あぁ貢いじまったとか言えばいいだろうがぁ」

「そうだ」「そうだ」


 悪い予感は当たるものだ。

 関係ない、関係ないと呪文を唱えながら素早くその路地を通り過ぎようとした時、足元に何かが飛んできた。

 

「うぅ……」


 足元で呻いているのはどうやら人らしい。

 それも頭に可愛らしい耳を生やした女の子だ。


「はぁ……まぁでも女の子は助けないとな。きっと俺は昔からそういう性分だったはずだ」


 こうして、あえなくエノスはトラブルに巻き込まれるのだった。


「おい、そのへんにしておけないか?」


 エノスはまず自分でもよくわからない問いかけをしてみた。

 状況がうまく飲み込めていないため一旦時間を作る事にしたのだ。


「あぁ? 何いってんだお前。こいつと俺達ゃ仕事仲間(・・・・)さ。仕事の事でちいっと、なぁ。だから関係無い奴ぁ引っ込んでおけ」

「そうだ」「そうだ」


 エノスが本当か?という目で足元の少女を見ても少女は俯いているばかりでどうやらまんざら嘘、という訳でもなさそうだ。

 絡んでいる男達の方は、と視線を向けると向こうは三人でリーダー格であろうガタイのいい男と、小姓のような取り巻きが二人。

 見る限り帯剣はしているが、エノスから見れば大した事がないように感じられた。


 この状況はどうしたもんか……とエノスが思案していると。


「……けて……助けて下さいっ」


 足元に蹲る女の子が上を見上げて懇願している。

 どうやら先程までどうしようか自分なりに考えていたのだろう。


「おい、彼女はこう言っているわけだが」


 エノスは多少の威圧感を出して男達に問いかける。


「う、うるせぇ。お前そんな事いってこの後どうなるか分かってんだろうなぁ?」


 足元でビクっと身体が震えたのが分かった。

 あぁ、そうだろう。そういう事もあるだろう。

 報復、仕返し。

 だがこの少女はそんなものを飲み込んで尚、助けを求めたのだろう。


「……応えなくちゃな」


 エノスは左の手に握っていた鞘から剣を抜く。


「お、おい! お前! 剣を抜いちまったらこっちも容赦できねぇぞ!」

「そ、そうだ」「そ、そうか?」


「ああ、俺もだ」


 エノスがそう呟くと同時に風が巻き起こり、リーダー格の取り巻きが二人同時に倒れた。

 

「は、はへっ?」


 リーダー格の男は目を瞬かせる。

 先程まで自分の眼前に居たはずの男がそこに居ないのだ。


「おいおい、よそ見をしている余裕があるのか?」


 後ろから掛けられた声に慌てて振り向くが遅かった。

 エノスからすればごくごく軽く剣を振り、リーダー格の男の首筋を打った。


「おい、これに懲りたら女の子なんかに手を出すんじゃねぇぞ……って聞いてないじゃないか」


 しまったー……と頭を抱えるがそれは後の祭りだ。


「あの……どうもありがとうございます」


 いつの間にか起き上がっていた女の子がこちらを向いて頭を下げている。

 さっきはよく見ていなかったが……猫系か?ピンと立った可愛らしい耳をしている。

 女の子はエノスの視線に気付いたのか顔を赤くして耳を隠そうとする。


「あ、あぁごめん。懐かしかった(・・・・・・)んで、つい」


 エノスは下心があって助けたと思われてもよくないだろう、と慌てて謝った。

 確かに目の前の少女は可愛かった。可愛らしいと言うべきか。

 栗色の髪から覗く灰色のもふもふとした耳。

 クリクリとした髪と同じ色の目は猫らしからぬ……猫ではないかもしれないが。

 服装は町娘、といった装いで特に目を見張る部分はないがまだ発達途上であろう身体と妙にマッチしており、それが可愛らしさをまた引き立たせているのかもしれない。

 などとエノクは視線を動かさずに観察していた。


「お礼は……何も出来ないんですけれど……」


 俯き加減になった女の子が申し訳なさそうに言う。


「俺は俺に突っかかってきた馬鹿どもを撫でただけだから……それに」


「それに?」


「君にはやらなくちゃいけない事があるんだろう?」


 今からやることはご主人様という人物から頼まれた買い物、これからやらなくちゃいけない事は報復、仕返しへの覚悟だ。

 その覚悟はさっきの段階で済んでいたのかもしれないが。


 エノスの言葉で「あっ」っとした顔をした少女はその手に握って離さなかった革袋を握り直した。


「そう……でふね。でも、でも本当にありがとうございました。このご恩はわしゅ……忘れません!し、失礼しまっしゅ」


 ……去っていく少女の見送ったエノスは足元に転がったままの三人をとりあえず道の端に寄せながら思っていた。

「ひたすら噛んだな……まっしゅって……」


 ようやく男達を重ねて置いて道幅を確保したエノスは目的の宿に向けて歩きだした。

 やはり地図の通り、すぐ近くまで来ていたようで他には何事もなくたどり着いた。


「さて、鬼が出るか蛇がでるか……」


 エノスは宿の扉をくぐった。

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