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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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絶望への入口・2

 真っ暗闇を抜けた先に、光を求めた。

 目も耳も機能しないこの場所で頼りになるのは感覚。伸ばす手が光を掴めるように祈祷し続ける。けれども、光は訪れない。そうここはーー、

「……暗い」

 ポツリと独り言が口をついた。

 ミズキは一日中、別邸の自室にて休息を取っていた。休息とは名ばかりの逃避でしかないのだが、そう自分を正当化し周りもそれを認めている。

 今日の今朝、恐怖で身体を支配されたミズキはすっかり怯えてしまい思考を放棄していた。周りに甘え自室に籠っている。解決策など何も講じていない。

 夢の中に逃避を求めたところで眠りにはつけなかった。ただただ瞼の裏の闇を見遣るだけ。そこに光が漏れることを祈って。

 ご飯の時だけ自室を出たが、それ以外はここにいる。アヤチからそうするように言われたからだ。

 ただ眠れないまま過ごしてきて、気分は今朝より悪い。それは精神的だけでなく身体的にも気だるさがきているものだ。

 昼食を終えてから自室で目を瞑り、久方を瞼を開けるとそこは暗闇だった。

 前に瞼を開けた時には陽の光が窓辺から差し込んで室内を明るくさせていたが、今それはない。すっかり外は夜で閉ざし、部屋もまた暗闇に落とし込んでいた。

 気怠い身体を起こす。冴えない頭が徐々に明瞭になっていく。そして、今一度フラッシュバックした恐怖感に震えた身体を諌めた。

ーーそうだ……私は今日……。

 死ぬ。

 どうやって死ぬのか。死ぬ瞬間は分からない。

 今までの死の経験から苦しくなかったことなんてない。全てが苦しく凄惨だった。

 今回の回帰はミズキの意識していない間に起こっている。眠るように死ぬ、なんてことがあったのだろうか。

 ミズキは自分の身体を無意識に抱きしめる。そして思考が巡る。

 今回もそのように死ねればいいのに。

 ミズキは後ろ向きに思慮を巡らせていた。

 と、コンコンとノックが鳴る。

 ミズキは反射的に怯えたように驚く。時間がわからないため、もしかしたら死の訪問の類だと勘繰ったのだ。

 だが、ドア越しに聞こえたのはそれとは正反対のものであった。

「ミズキ……起きてる?」

 極めて潜めた声。澄み切ったそれはリリィの声色だった。

 ミズキは安堵し彼女に倣って声を小さくして応える。

「う、うん……」

 返事をすると扉の向こうから小さな吐息が聞こえた。

「身体は大丈夫?」

「……ま、まぁ、ちょっと」

 萎え切らない回答をする。すると、扉越しにくすっとした笑みが聞こえる。

「そっか」

 リリィはずっと扉越しで会話をしている。部屋には入ってこない。

 どうしてと思ったが、ミズキにはちょうどよかった。今朝から眠れず精神共に疲労しきった面は心配を重ねることだろう。

 話題がつきお互い沈黙になる中、ミズキはふと発する。

「……交流会はどうだった?」

 ミズキにとっては回帰の経験から今日にそれがあることは知ってることだ。だが、今回でも朝食を取った際にアヤチから耳に入ってる。

 それを聞いた際、改めて今一度今日を繰り返したことを知り言葉を失ったが。

 リリィは扉越しで間を作っていた。惑っているのか、その沈黙はとても長い。

 ミズキが聞いちゃいけなかったかもしれない、と悔やみが込み上げる中リリィはそっという。

「あんまり面白くなかったかな、ミズキがいないからだよ」

「え……」

 それは思ったものと違った。

 ミズキの記憶では王女代行と談笑していたイメージがあったためその回答に違和感が生じる。

 しかも、そこにミズキの不在を織り交ぜたから余計だった。

「どうしてーー」

 そう訊ねようとした瞬間、堰を切ったようにリリィは話す。

「そうだ! 明日の予定なくなったから、明日は一緒に王都見て回ろうよ! ミズキも気分転換になっていいと思うんだ」

「リリィ、あ、あの」

 様子のおかしいリリィを止めようと震えた喉をいなして言葉を発すがリリィには届かない。

「今日は早く寝ようね。ミズキだって今日ちゃんと休まなきゃダメだよ? あ、だからってお寝坊はダメだからね。明日も私がちゃんと起こしにくるから」

 そこでリリィは正気に戻ったみたいに落ち着いて最後に啜った声で告げる。

「じゃあ、おやすみ、ミズキ」

 ミズキはそれを聞いて反射的にベッドから飛び降りた。

 くしゃくしゃの髪も関係ない。疲れ切った顔色も関係ない。ここで、リリィを呼び止めないとダメだと思った。

 扉の向こうにまだいるかもしれないのに、ミズキは扉を勢いよく開く。

「リリィ!」

 彼女の名を強く呼ぶ。今日初めてまともに言葉を発したのは彼女の名だ。

 リリィはすでに扉の前にいない。首を振って探すと、廊下の明かりに照らされたリリィが隣の彼女自室に入ろうとしている時だった。

 先ほどの声は聞こえなかったらしい。ここでもう一度叫べば……。

 そう思った口先は固く閉ざされた。

 なぜなら、部屋に入って行ったリリィの横顔には涙が伝っていたからだ。

 透明感のある瞳から一筋の涙が頬を伝う。静かな泣き顔。

 ミズキが発すと決めた名は代わりに扉が静かに閉まる音になった。

 余りにも静かな音だ。

 ミズキの言葉はリリィに届かない。そう思った口先は何度もリリィの名を告げていた。

 リリィとの別れが、この回帰の終わりが近いこと報せていた。

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