過去の王位継承式
ファルマは訥々と言葉を紡ぎ始める。
それはどこか忌々しい思いを込められ、また悔やむように告げていく。
「二年前に王位継承式の話が持ち上がった。レイナ様が二十歳を迎えた節目にな」
昔話にそっと耳を傾けるミズキ。不意に意識がなんの気無しに飲み物を啜り続けてるアリマに取られるが持ち直す。
「本来は先代が死去した時点で即位すべきだったが当時は幼くてな。時期も相まって代行を臨時で王位に就かせて王都は時期を伺っていたんだ」
「代行? さっきの人だよね」
ミズキは確認で訊いてみる。先ほど、広間に謝辞を告げに入られた清廉で高貴な女性だ。代行とはいえ、物腰の低いお姿に印象を覚えていた。そのような彼女に控える従者も似たような印象を得ていた。
ミズキの問いかけにファルマ頷いて答える。
「ああ、そうだ。先代の遺言でルーバー様が代行を務めるようになった。
代行とはいえいずれは正統な王位をレイナ様が引き継ぐ必要がある。それまでの代行だ」
正統な王位、それはレイナでなければ務まらないものだ。
「レイナ様でなければ聖域は開かないからな。そもそもオルファナスの加護はレイナ様しか継承できない」
その辺はミズキには予備知識があった。とはいえ、ふわっとした認識だ。
「だというのだがな。レイナ様は二年前の式典前にして逃げたんだよ」
話の本筋に入り思わず固唾を飲み込んだ。
相変わらずアリマはクールな様子でいるが、反対にミズキは話にのめり込んだ。
ミズキが話の抑揚に疑問を投げかける前にファルマは続ける。
「王位をつくことに恐れたのか。理由は定かじゃないが、レイナ様は当日雲隠れした。当然、中止になって、王都中が大騒ぎさ。他国から使者も訪れてたし、多くの祈祷師もいたからな。で、騎士団が捜索してレイナ様を見つけたのはその翌々日。そのいた場所っていうのが恋人のメイヘンの家の地下に篭っていたというのだから大きく顰蹙を買ったというわけさ」
その結果が王都の民衆の支持を下げたということが理解できた。信用のない話を耳にしていたが、レイナ自身の振る舞いが問題とは如何にもし難い。
ただミズキはうんうんと頷きながら、聞き覚えのある単語に触れた。
「あれ、メイヘンって」
「ん? 姫だよ。まぁ、ミミやミズキの姫様と同じで巡礼はまだの姫だけど」
「え、あの人ってレイナ、様と付き合ってるの?!」
「な、何をそんなに驚いてる。周知のことだ」
久しぶりにこの世界に女性しかいない事を享受した。改めてそういうことが当たり前だと認識する。
「あーそうかぁ」
「なんだ、一体……」
困惑するファルマを他所に一人納得するミズキであった。
「はぁ、まぁ、そういことがあったから今回も王都はレイナ様を王位につかせるのは消極的だったんだよ。本人にその意思が薄弱だしな」
「でも、王位継承式は開かれるんだよね」
「その予定を王都は決めたが、実際レイナ様だけでなくメイヘンの姿が見えないのは前回を想起するのは当然だろう」
それがカシュ・ミミがこの場から去った苛立ちの正体だろう。結局王都は今日までレイナ様を懐柔できなかったのだ。
カシュが巡礼にどんな思いがあるかは判然としない。けれども、王都の優柔不断さはあまりに空虚だ。
「まだわからないけどな。もしかしたら当日まで戻ってくるかもしれないし」
期待してない風にファルマは吐き捨てる。
「そうだといいね……」
ミズキは力無くそういった。
辺りが神妙な空気に沈んだ時、虚を突いて大声が中庭に響いた。
「てめーらお目付け役は何やってんだ!!」
ここが王宮であることを忘れるほどの豪鬼な怒声だ。中庭にいる三人はストレートに受けた。
それは石垣の背後から浴びせられたものだ。
驚いたミズキとファルマは声を潜めそっと石垣のてっぺんから覗き込んだ。
そこには黒い衣装に身を包んだ巨躯な女性が、二人を相手に怒り目を向けていた。
「あ、あの人どこかで……」
ミズキがポツリというと、ファルマが答えてくれる。
「大魔術師だよ、クリシュさまだ」
それを聞いて屋敷に訪問に来た人だと気づいた。




