姫の交流会・3
集まった姫と近侍たちでしばらく立ち話をしている中、ミズキは違和感を覚えていた。
ここにいる姫はリリィ、カシュ、アリゼル。姫は四人いる話だが、いまだに後一人の姿が見受けられない。
名前は確かメイヘン・ユイ。おっとりとしてどこか抜けてる雰囲気のあった少女だ。
彼女との出会いは猫を追いかける少女というなんともメルヘンチックな出会いだったがゆえに、印象に残っていた。
そんな彼女の姿がここにまだない。
それを不思議に思ったのはミズキだけではなかった。姫たちが会話する中で、それが話題に上がっていた。
メイヘンの話題が上がったところで広間に新たな三者が登場する。
カコン、と床を鳴らす足音が他と違い姫と近侍たちが一様に視線をそちらに向けた。
「大変、遅れて申し訳ありません」
謝辞を述べて入ってきたのは美麗な白を基調とした礼服に身を包んだ女性だった。その後方に、思わず見惚れるような美貌を備えたベージュのドレスで着飾った女性が控えている。
どちらも高貴な雰囲気を漂わせている。大人びた姿に妖艶さを含んだその姿にミズキは生唾を飲み込んだ。
ただならぬ人ではないことはその姿から察した。
二人の姿を見て最初に口を開いたのはアリゼルだった。
「これは王女代行ルーバー様、並びにルフェルナ様。此度の交流会にご足労頂き歓迎致します」
丁重な挨拶を述べるアリゼルに、礼服の女性が小さくお辞儀をする。
その背後の女性が小さく笑みを作り、口を開く。
「いえ、姫との面会は本来王宮が取り仕切る努め。此度の開催をエステル教会のラマン様が主催を宣言されたようで、大変助かりました」
深く礼を尽くして語る彼女は青々とした瞳を辺りに向けた。
上げられた瞳には慈悲が宿っている。その彼女こそが王女代行ルーバーだろうとことはミズキでも直感できた。きっとその背後で謙虚に立ち尽くすのが従者のルフェルナということだろう。
王権の上に立つものとしての貫禄が彼女たちにはある。優雅さ、上品さだけではない王として民を慈しむ胆力が備わっている。
彼女たちの礼に見惚れている間に、この広間に愛の席が入ってくる。
静まり返った広間を見てどこか微笑を浮かべるが、すぐに顔を正して辺りに首を垂れた。
愛の席、ラマンの登場はフィロルドの別宅の屋敷で見たのとの変わり映えしなかった。前見た時と同じように二人の付き人を後ろに連れている。
相変わらずの登場にミズキは反射的に体をびくりとさせた。
「……で? まだ姫も揃っていない状態、それに皇女レイナ様もいないのに王女代行様が直々においでになったのはどうしてなのかしら?」
静寂の中、言葉を割ったのはカシュ・ミミだ。
言葉の端々に強かさを秘めた語調でいう彼女にルーバーは申し訳なさそうに視線を伏せる。
カシュは不意に面を顰めた。すると、目元を鋭くさせてルーバーの方を睨むとそのまま何も言わず彼女の横を過ぎ去って広間を出て行ってしまった。
ルーバーはそれを視線だけで追っていたが、従者のルフェルナの右手が不躾に伸びていたのを手で制した。それを横目で見るルフェルナの瞳に、ルーバーの影のかかった横顔が映った。
「私が行きましょう」
ピリッとした空間を意も介さず発言をしたのはアリゼルだった。
カシュとアリゼルの間に何かしらの確執があるのをミズキは知っていたため彼女の発言は意外に思えた。それは他も同様に思ったのか一瞬動揺が感じられた。
ただアリゼルの発言に一番反応を示していたのはカシュの近侍であるファルマだ。彼女は特に目線を強く仕向けていた。それは先ほどのカシュがルーバーに向けていたのと似ている。
ファルマの視線に気づいたアリゼルが横目でそれを伺うと嗜むよう笑みを作る。
「落ち着いて分かっているわ」
「分かっているなら貴方の出る幕ではないことを理解されているはずでは?」
ファルマの口調は至って攻撃的だ。アリゼルに向ける感情の模様はカシュに似ている。やはり姫と近侍で通じるものがあるのだろうが、彼女のそれはカシュを思ってのことだろう。
アリゼルに威嚇の姿勢を崩さないファルマに対して、アリゼルは小さく息を吐き捨て間を置いて口を開く。
「いつかは向き合わなければならないことです。ミミのためにも」
「…………っ」
ファルマはアリゼルの言葉に押し黙る。その先でアリゼルが真っ直ぐにファルマを見てるが、それを直視できていないようだった。
視線を逸らすファルマに対してアリゼルは至って冷静だ。苦悶するファルマに投げかける言葉を探すような面をしたと思えば、微笑みを刻んだ。
静かな調子でアリゼルは告げる。
「大丈夫、心配しないでいいわ」
そう言って彼女は広間を後にしてカシュを追いかける。その際に、ルーバーやルフェルナ、そしてラマンに一瞥の様挨拶をして出て行った。
その中でルーバーだけはずっと申し訳なさそう深く首を垂れていた。
残された中でミズキだけが事態を飲み込めずにいる。王女代行のルーバーが頭を下げる意味や、カシュ・ミミが抜ける意味もわからない。
ファルマの複雑な表情をただただ横目で伺うばかりだ。
またアリゼルの近侍であるアリマ・スレートは無表情でアリゼルを見送っていた。
すっかり沈痛に落とされた場で、場の空気感に厭わない声色が場を破る。
「今はパーティを楽しみましょ! せっかく王女代行様にもいらっしゃったのだから楽しまないと、交流会だし」
場の空気感とは裏腹に明るい声色が広間に行き渡る。
愛の席、ラマンはニッコリとした笑みを辺りに向けた。
ラマンの一言で交流会は再開した。再開したといっても、談笑を楽しむ程度のものでそれが始まるまでにぎこちない雰囲気は残っていた。
リリィもラマンの一言の後、すぐには談笑に入れずカシュのことを心配を漏らしていた。カシュの心配と共にリリィは物憂げな横顔をしていたが、ミズキは声をかけられかった。
その後、リリィはルーバーとルフェルナのところに駆け寄って談笑に切り替えていた。ミズキはというと、同じ近侍のファルマとアリマと固まって一緒にいた。
それも広間を出た中庭で三人、広間の方に視線を向けて話をしていた。
石垣の近くで背を預け話をする三人。アリマだけ手には広間から持ってきた飲み物を無言でちょびちょび飲んでいる。
話というのは先ほどのカシュとアリゼルの一件だ。ファルマはまだ不服な様子で、なんであいつがでしゃばるんだ、とずっと憤慨していた。
それを宥めているのがミズキで、アリマだけは目の前の飲み物に執心だ。
「なんで、アリゼルが……」
「まあまあ」
何回このやり取りをしたのか。この間に、アリマが何度広間に飲み物を取りに戻っていっていたか。その度に広間でルーバーたちと談笑するリリィと視線が合うのだが、リリィはどうしてか微笑ましそうにミズキを見ていた。
ファルマの小言を流すと同時に、リリィの思惑を考えていた。
その折、ファルマがふと口にする。
「はあ、今回も王位継承式は中止か……」
「今回も?」
急に飛び出した言葉に驚いて聞き返す。
あまりに素っ頓狂な聞き返しに、ファルマは驚いてこちらを目を見開いてみた。
「何? 知らないの?」
「……知らない」
素直にそういうと、ファルマは小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「な、なに、ここに来て日が浅いんだからしょうがないじゃん」
「まあ、そういうことにしてあげるよ」
と、ファルマは流す。
そのままミズキは話の続きを聞くと、ファルマは真面目に話を始めてくれた。
「そうだな……、それは二年前の話だ」




