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イヴの世界  作者: あこ
二章 王都招来
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愛の席の訪問

 人が夢から醒める瞬間はどこからだろう。

 夢から醒めた時、人はまだ目覚めていない。夢から醒める事と脳が起きる事は同義ではない。そう思う。それは逆に脳が起きたとてまだ夢の中にいる。そうとも言える。

 だからーー、

「ねえ、起きて」

 誰かが語りかけてくる。

 夢の中の住人だろうか。心地の良いビブラートを耳朶が受け止めていた。

 か細い吐息が中に含まれている。くすぐったい感覚、でも心地が良い。このまままた深い夢の中に潜り込みたいと訴えかけてくる。

「ミズキ!」

「……へっ」

 心地の良いビブラートは強いクラクション音に様変わりし夢から無理やり引き起こされた。

 間抜けな声と共に、口元から涎がこぼれ落ちる。有体に言えば、今のミズキは全くだらしのない姿だ。

 その様子を見ているのはリリィだ。

 カジュアルな純白なワンピースに身を包んだリリィは静かな微笑みを傾けていた。悪戯な口元をして、瞳の中に慈悲が含まれている。純な少女、そう思うほど可憐な姿がそこにいた。

 自分のだらしなさに気づいたミズキはよだれを拭うと、照れた笑みを零して誤魔化した。

「ミズキったら、ふふ。今日はね、アヤチに言って起こしに来たのよ」

「そんなわざわざ……、私の寝顔なんて見ててもつまらないと思うけど」

「つまらないことないわ。だって、私の近侍だもの」

 思わず照れてしまう発言にミズキは視線を逸らす。横目で見る彼女の表情は澄んでいた。

 彼女の言葉に偽りはない。ミズキを側に置くことを真に思っている。その素顔が物語っている。

 対してミズキはそんなリリィの素顔を直視できず、恥ずかしさを言い訳にした。

 リリィの率直な姿に悶えていると、部屋に扉を叩く音が響いた。

 朝の訪問に、ミズキは正気に帰って扉のほうを見る。この部屋の主のミズキが返事すべきなのだが先に返事をしたのはリリィだ。

 リリィの返事に反応して扉が開く。その訪問者は獣人のアヤチだった。

 アヤチは獣耳をピンと立てて怪訝な様子だ。入って開きかけた口元は一瞬惑ったようで、ミズキと一緒にいるリリィの姿を逡巡していた。

 少しの間を置いてアヤチは思い出したように口を開く。

「リリィ様、おはようございます」

 先に口にしたのは主人に対する挨拶だ。

 リリィの軽い会釈を一瞥して、その視線はそのままミズキの方に向けられる。

「ミズキ、いつまでも寝ぼけていないでさっさと支度して下に降りてきなさい。客人がいらっしゃってるわ」

 アヤチは端的に要件を述べる。

 ミズキは一瞬ハッとして自らの立場を自覚する。リリィの近侍で、現在オルファナスの別荘にて居候の身がこうも上司の面前でだらしのない姿を見せるのは恥ずかしいと気づく。

 言い訳がまなこの奥で彷徨う中、リリィが口を挟む。

「客人? こんな朝早くに?」

「ええ、リリィ様。少し常識外れの方がいらっしゃったのです」

 アヤチの言葉を聞いて、リリィは察したように目を見開き呆れる。

「あら、それはとっても迷惑な方ね。私も伺った方がよろしいのかしら?」

「勿論、常識外れな方とはいえ相手は高名です。主が拝見するのは当然かと」

 そう言われたリリィは、ミズキに一言、先に行くね、と残して部屋を出て行った。

「ミズキも早く支度なさい」

 アヤチもリリィを追って足早に部屋を出ていった。

 二人が部屋から出て一人残ったミズキはため息を吐いた。

 朝から騒々しい。うつらうつらとしていたのにすっかり目が覚めてしまった。

 ベッドから抜けると、アヤチに言われた通りさっさと支度を済ませて下に降りることにした。

 支度を終えてエントランスに向かうと、談笑しているのが聞こえた。

 あまり人と接するのが得意ではないミズキは緊張する。このままわざと遅く向かえば、とっとと屋敷を出て行かないかな、なんて思う。逃げ癖がまだ彼女の中に残っているが、アヤチに言われた手前そうもいかず急いでいるつもりでエントランスへ降りた。

 降りると、先に気づいたアヤチがこちらへ手招きしてきた。

 エントランスで談笑していたのはリリィとその相手、客人と思しき人物たちだ。

 どうやら客人は一人ではなく三人。その中で二人は背格好のよく似た修道服を着た長身の人たちで、その間に小柄な少女を挟んで立っていた。ただ談笑していたのはその小柄な少女を中心としているみたいで、両隣の長身の二人はじっと小柄な少女とリリィの間の虚空に視線を彷徨わせている。

 一瞬にして不気味な雰囲気を感じとる中、アヤチが一声かけてくる。

「ほら、ミズキ。フィロルドの近侍としてご挨拶を」

「あ、はい……」

 促されて、おどおどした態度で重たい足取りを向かわせる。

 リリィと相手方に近づくと、リリィが反応を示す。

「ミズキ! ラマンさん、こちら私の近侍のミズキです」

 と、相手のラマンという人に紹介した。

 ラマンって誰だろうと視線を惑わせていると、長身の二人の間にいる小柄な少女が口を開いた。

「くすっ、君が噂の近侍? どうにも愛らしくないんだね」

 純な赤い唇から悪戯な言葉が発せられる。

 ミズキを初対面で貶してくるのは慣れたが、同時にそんな嘲笑される印象なのかと怪訝になる。

「はあ……」

 煮え切らない表情で返事をする。と、ラマンは突然落胆した。

「つまらない反応ね。フィロルドの近侍ならもっと面白い反応をしてくれればいいのに」

 素振りを非難されて面白い反応と言われても、とミズキは思ったが表情に陰りを見せるだけで口には出さなかった。

 ラマンはたった一言で興味を無くしたミズキから視線を切ってリリィに戻す。

「つまらない近侍も来たから要件を伝えるね」

 ミズキのことをつまらないと言われ、リリィの面を顰めるが瞬時に抑えてしかと構える。

 ラマンはリリィの様子を可笑しそうに見ては、横目で側に仕えるように佇んでいる長身の女性一人に指示を出した。

 一人の長身の女性は懐から一枚の封書を取り出してラマンに差し出す。まるで、ラマンのおつきのような仕草だ。

 リリィは訝しげに面を歪めた後、ラマンが手渡そうとしてきた封書前にして苛立って発言する。

「まだあなた様の自己紹介をお聞きしていませんが」

「そうだったかな? ああ……でも、確かにそこの近侍にはしてなかったかもね」

 ラマンは封書を再び長身の女性に預け、紅色に彩ったジャンパードレスの裾を掴み会釈する。

「紹介遅れて申し訳ありません。エステル教会、情の席、愛に座するラマン。ラマン・シズクと申します。以後、お見知り置きを、つまらない近侍、ミズキさん」

 唇をペロリと舐める艶のある素振りに、ミズキはぞくりとする。

 ラマンは少女、というか幼女と表現した方が近しい姿をしている。全身を紅色に染めたドレスを着用していて、黄金色の長髪が気品を漂わせている。

 上品な育ちをした幼女。して、その振る舞いや仕草は幼女とは程遠い色気を纏っている。

 まるで、ミズキを品定めのように口元を濡らす彼女の姿は妖艶だ。幼女にしては倒錯的だが、彼女がエステル教会の者だと聞いてなんとなく納得していた。

 エステル教会、情の席に座する者は異質だと聞いていたからだ。

「横の二人は気にしなくていいよ」

 ラマンはそういうが、ミズキ的には気になる。視線をそれらの空間をチラチラと見ていると、ラマンがそれを察して言及する。

「……ま、端的にいうと私の信者だよ」

「信者……」

 違和感が口元を纏わりつく。信者にしては影が薄いように感じる。

 彼女は嘲るように口元を歪め、瞳に艶さが宿る。意図的とも思える素振りに困惑する。

「紹介はこれでいいよね? お姫様」

 と、慇懃無礼に首を垂れるラマンにリリィは不服そうに頷いた。

 それを鼻を鳴らして一蹴するラマンは、先ほどの封書を受け取りリリィに手渡す。今度はそれをリリィは手に取って中身を拝見した。

「……招待状?」

 リリィは中身を見て驚愕を示していた。隣にいるミズキも同調するように驚いた。

「先の王位継承式を前に、姫様をちょっとした交流会にご案内しています。姫同士の交流は巡礼が始まれば希薄になりますし、せめて同郷の姫同士で結束を固められればと思いまして」

「主催はあなたなの?」

 怪訝に訊ねるリリィ。

 ラマンは含んだように笑みを刻むと言う。

「私だと問題が?」

「いえ……、でもこういうのって王宮が主催すべきではないの? 姫同士の面会は確かにないけれど、何もエステル教会が介在するようなことかしら」

「それはわかり切ったことをおっしゃいますね。今の王宮にそれを先導できる器量があるとでも?」

 すぐさまに返されリリィは押し黙る。

「エステル教会は姫を補助するのは当然の使命です。不出来な王宮になり変わって、王位継承式の後、本来の姫のあり方のためにも私は交流会を申し出ているのです」

 教会の存在の意味は元来姫に由来している。だが、姫は国の存在があって巡礼できる。そうした背景から王宮をすっ飛ばして教会の意を借りるのはどうにも不義理極まりない。

 とはいえ、リリィは複雑な立ち位置にいるため強く論じ得ない。

 通常の姫とは違うし、まだ国から認められてなかったからだ。

 微妙な面持ちをするリリィに、見透かされたような視線が突き刺す。

「参加は自由ですよ」

 スカートの裾を持ち上げ会釈する。こうして見ると上品な幼女だ。ただ端々に見え隠れする下品な色気が質を落としている。

 ラマンは要件が済み踝を返す。それに続いて二人の信者も追っていく。

「あ、そうだ」

 と、ラマンは思い出したように振り向いて悪戯な笑みを作った。

「そこの近侍のミズキさんもぜひいらっしゃってください」

 心にもないようなことを言う。ミズキは視線を逃して首だけ垂れる。

 去るラマンは横顔に不敵な面持ちをする。信者の二人は何も言わず、去るラマンについていく。

 ラマンがいなくなって、リリィは大きくため息を吐いた。

「姫同士の交流……ね」

「リリィ大丈夫?」

 ミズキはリリィに近づく。

「うん、大丈夫よ」

 リリィは元気なさげに頷く。

 姫についてはわからないことばかりだ。そればかりか、この世界に関しては理解していないことが多い。ただリリィの側にいるというだけで、何もできていない自分に嫌気がさす。

 リリィに取り巻く問題。

 ミズキはまだそれに近づく度胸がなかった。

一年ぶり……?

待っていた方申し訳ありませんm(__)m

本日より再開です!

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