皇女レイナ
王都オルファナスのクラク別宅に戻ると、何やら急く様子のアヤチが別宅の入り口前でミズキたちを見つけるなり駆け寄ってきた。
「あなたたち遅いわ」
駆け寄ってくるなり、眉を寄せ罵ってくる。
ミズキは素直に謝るが、メグチは獣耳を畳んで苦笑いで返していた。
その後、メグチはいう。
「ちょっと王都を見て回るのに楽しくなっちゃってぇ」
言い訳をするが、アヤチは呆れたように息を吐く。
「全く……、メグチには伝えたはずなんですけどね」
「ん? 何かあるんですか?」
アヤチの含みのある言い様に、気になって訊ねる。
「今日は皇女の訪問があるのですよ」
「皇女?」
「王位を継ぐ方です」
無知なミズキに対してアヤチは怪訝になる。
それを他所にメグチは首を傾げ疑問していた。
「皇女の訪問は明日になるかもって言ってなかったっけ?」
姉相手に敬語を使わずに疑問する。
アヤチはため息混じりに言い返す。
「今日か明日です。王宮の方の都合で変わると言ったでしょう」
「そうだっけ」
生真面目なアヤチに対して能天気なメグチ。二人は獣人で見た目も目元以外は似ているけど、性格は全くの逆だ。
アヤチは追及するのも無駄だと悟ったのか、ミズキの方に向き直っていう。
「すでにリリィ様は皇女と面会しております。あなたも近侍として一度面会しておくべきかと」
「はあ」
いまいちぴんと来ていないミズキ。ただ皇女の手前、少しだけ緊張する。
呑気なメグチを置き去りに、ミズキはアヤチに連れられて屋敷へと入る。その玄関口に入るなり、高慢な声が聞こえた。
「もういいでしょう! 顔合わせだけなんだから長居は不要でしょう!」
エントランスには不満を紛糾する少女の後ろ姿があった。
その少女を囲うように二人がいて、その二人は困ったように面を歪めていた。
一人は巨躯な女性。全身青黒いローブを着た者で、床につきそうなくらい長い髪を従えている。印象的な巨躯な魔術師。頭に魔術師がかぶるような帽子までつけられているとそう思わずにはいられない。
そして、もう一人は青白い瞳をした幼なげな女性。顔つきは幼なげだが、キリッとした佇まいから清廉な様子を伺える。服装はまるで騎士のような純白な制服を着ており、隣の巨躯な魔術師と反したイメージを受ける。騎士の見た目と違わぬ剣を腰に携えており、騎士の風格が見られる。
その二人に糾弾する少女だったが、それを受けた二人は困惑とともに呆れた息を吐いていた。
その三人の前に、リリィとササキがいてリリィは当惑したように笑みを作っていた。が、ササキは面白そうに笑っている。
そんな状況を前にしたミズキはこの中に入りたくないなぁ、なんて考えていると奥にいるリリィがミズキを見つけて嬉しそうに笑みを刻むと名前を呼んでくる。
「あ、ミズキー!」
その声が、少女一行を振り向かせる要因となって一斉に瞳がむく。
すると、高慢な声を発していた少女がミズキに気付いて少々怯んだように目を一瞬伏せた。
少女に代わって巨躯な魔術師が不敵な笑みを作って発す。
「お前がフィロルドの近侍か。思ったよりも地味だねぇ」
巨躯な魔術師が嘲るようにいう。
フィロルドの近侍にどんな想像を抱いているが知らないが、ミズキは複雑な思いをする。拍子抜けだと思われたのは彼女以外にもエステル教会の怒の席、アンクライムも同様のことを言われた。
巨躯な魔術師は興味ありげに近づいくる。
そばまでくると彼女の巨体をマジマジと感じられる。彼女の足元は踵の高いブーツまで履いておりその背丈は非常に高くなっている。この天井も高く広いエントランスでさえ、その圧迫感があり圧倒される。
ミズキと半分くらい差の背丈を少し下がめて彼女はいう。
「初めましてお前の名前は伺っているよ。ミズキ」
「はあ……、あなたは?」
緊張と慄きを押し殺して問う。
「ああ、そうだね。ついでにこちらも紹介しておこう。きっとお前にとっても覚えておくべき人だからね」
含みのある言い方をして、彼女は一歩下がって紹介を始めた。
「私は皇女レイナの、まあお見附役ってとこかな。クリシュだ」
と、クリシュは仰々しく帽子を取ってお辞儀をした。
「そして、皇女レイナの従者、メルナ・ルフェルナだ。まだ仮だけどね」
と、くくくと笑っていう。
そう言われたメルナは心底面倒そうに面を歪めながらも青白い目だけで礼をする。
そして、クリシュは最後の少女については少し勿体ぶる。
その空気感を感じた少女が身体をウズウズとさせて、クリシュの腰部分を小突いた。
クリシュは少女にわかってないなぁ、なんていう表情を見せて少女を苛立たせると、頷いてついにその口を開く。
「ここに居られる高貴なお方、皇女レイナ、オルファナスを継ぐお方です」
丁寧な物言いだが、どこか嘲笑が含まれている。所々、笑みが見え隠れしそれに気づいた皇女レイナは嫌そうに面を歪めた。
皇女レイナはため息を吐いたが、クリシュに険な視線も向けず淡々とした顔つきでミズキの方に向き直る。
「私がレイナよ。よろしくね、フィロルドの近侍さん」
さっぱりとした口調で、あまり皇女といった品格は感じられない。ミズキは思わずうなずいて答える。
高慢だけが取り柄の彼女。ミズキの印象はそう受け止められた。




