王都の街並み・2
フィロルドの近侍の衣装に袖を通し、身なりを整えたミズキは緊張しながら別荘の門前に立っていた。
今日は王都の街へ出て見て回る日だ。クラクの街で買い物をすることはあるが、王都の規模ともなると否が応でも緊張する。地方から都会に行くようなもので、緊張しつつもワクワクしていた。
正装はいつもよりビシッと着こなしたつもりで、確認してくれるアメリアがいればいいのにな、なんて思った。懐にはこの一ヶ月で貰ったお給料の半分を入れて、万端である。
そわそわするミズキの隣には、あくびをする派手な様相のササキがいる。
「はぁー遅くないぃ?」
「準備が長引いてるんだよ」
と、フォローを入れるがササキは不貞腐れたように装備している剣の柄を弄ぶ。
「お姫様は遊ぶのにも入念にしなきゃいけないなんて面倒だねぇ」
盛大な皮肉かつ失礼な言葉に、ミズキは弱々しく睨んだ。
ササキは一応クラクの傭兵で屋敷に所用があれば付き人として警護する身だ。雇われの身でありながら、その主人であるリリィに敬意を見せない。
なんで、今回の王都招来に彼女を選んだのか。ルバートの判断には頭をあぐねる。
実際ミズキ目線でも、彼女のことはよく知らない。
例えば、
「ササキって名前あるの?」
沈黙を嫌って、険な視線を送ったまま思いついた疑問を投げかけた。
「へ? なんよ、急に」
「いや、剣の家系? って家名と名前があるんでしょ? ササキって多分家名だよね」
ポカンとするササキにそう言う。ミズキのイメージではササキは苗字だが、この世界においては違うのかもしれないと尋ねる。
剣の家系と言ったのは、傭兵は大概騎士崩れだからだ。きっと彼女もその筋だと思ったのだ。
ササキは納得したように頷くと、パッと答えた。
「フツーに名前だけど」
「そうなの? じゃあ家名があるんじゃ」
「家名なんてないよー。それにササキは私が自分で付けた名前だし」
「え、どういうこと……」
「そーいうことだよ! だから、そんな難しいこと考えないでササキって呼びなっ」
「はぁ」
なんだかはぐらかされた気がした。
「あっ、可笑しな会話している内に来たよー。お姫様とメグチちゃんが」
可笑しな会話と決めつけられ、リリィとメグチの姿に気づいたササキが二人の方に向いて手を振り出した。
スッキリしない中、ミズキもササキに遅れた手を振る。向こうもこちらの姿に気づいてリリィが小走りで近づいてくる。
「ごめん、待たせたね!」
「うんや、そんなことないよ」
というミズキに対してササキは歯に衣を着せずに発言する。
「結構待たされたけどねー。ミズキがつまんない話するしさー」
「ちょ、つまんないって」
失礼だと思って横入りするが、リリィがそれを気になって聞いてくる。
「ミズキはあんまり話上手じゃないからね。二人は何の話をしてたの?」
リリィはササキの話に乗った上で切り返す。リリィまで失礼だと思った中、ササキは笑みを含ませ答える。
「本当につまんない話だよー。獣人の耳と尻尾は性感帯なのかってさぁ」
「はぁ?!」
獣人のメグチを横目にいうササキに困惑の声があがる。
そしてすかさずリリィとメグチのほうをチラと見ると、一歩物理的に引かれていた。
「いや、違うから。私はササキのーー」
「垂れ耳で短い尻尾の獣人は感じやすいんだよって教えたげたよ」
言おうとした瞬間、横から口を掴まれ言葉を遮られた上にあられもないことを続けられる。
「そうそうそんな感じで、私の獣人講座を話してたわけさー」
リリィとメグチから向けられる非難の目を挽回しようと、必死に否定を口にしようとするが、ササキはそこで耳元で囁いてきた。
「さっきのは私以外には言うなよー」
「な、なんで……」
としたところで、パッと離されてササキはけらけら笑っていう。
「ま、これからもっと面白い講座になるとこだったのに残念だったねー、ミズキ」
「ミズキあなたが獣人に欲情しても信じているから」
「い、いや欲情とかしてないけど。とりまそこは信じてほしくないかも」
リリィは慈悲の目をしていたが、ササキの冗談だと気づいて微笑を浮かべていた。
獣人のメグチも呆れたように息を吐いた後、盛大に笑った。
ミズキは二人の姿を見て安心する。これのせいで変態のレッテルを貼られるのは勘弁だ。
ササキも先程のことなどなかったかのように笑っている。
彼女の意図は判然としないが、変態のレッテルを貼られることがなくなった安堵感から本意が薄れていった。
ササキは場を収めるように告げた。
「そんじゃ、いこっか!」
四人は王都の街へと向かい始めた。




