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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
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始まりの場所・前


       エピローグ


ーーあの場所で再び……。

「……はっ」

 突如、頭で誰かの声が響いて目が覚める。

 以前のように、苦しみの中や痛みの中からの目覚めではなく単純な驚きからの目覚めだった。何より、目を開けた瞬間に窓際から差し込む光に眩む。

 微睡むが徐々に覚醒していって、事の次第に気づく。

 どうやら、あの夜を越えたらしい。目覚めの違いがそう教えてくれた。

 感動が押し寄せる。しかし、それよりも気づくべきことがあった。

「リリィはっ!」

「お前の隣でぐっすり眠っているのですね。お姫様は」

 不意にその声に目を白黒させる。

 声の主の方を見るより先に、ベッドの隣を見下ろした。そこには小さな寝息を立てて眠るリリィが横たわっていた。

 すやすやと眠る彼女の姿に、安堵を面に浮かべる。

「良かった……」

「良かった、ね。心配すべきはお前の事自身なのですね」

 皮肉ぶるように呟く彼女の存在に気付き、彼女の方へ振り向くそこには面倒な面持ちで椅子に座る童女、ルラがいた。

 彼女の存在にミズキは目を見開いて驚く。一瞬恐怖が面に出る。けれども、すぐに正気を戻して首を振った。

 ルラはミズキの素振りに訝しげな様相を見せる。だが、口には出さず首を傾げたまま言葉を続けた。

「お前は酷い呪いを受けてここへ帰ってきたのですね。しかも、二重の呪い。一つは魔獣から、もう一つは呪術師からというところでしょうね。まあ、私に掛かれば解呪は造作も無いのですけどね」

 と、得意げに話す。

「とは言え、二つの呪いを受け生還するなんてお前は元から呪いに対する耐性があったとしか思えないのですね」

 彼女の言葉に、ふと自分の身体を確認する。

 傷を示すような包帯はない。一見、御体満足に見える。

 呪いについては死の加護の効力だということを察する。推測にすぎないが、宝物の力を無効にしたりするところから、自分に受ける負の効力をはねのけていると想像できた。

 ルラは苛立ちを見せるかのように、足のつかない椅子に座って足をバタバタと動かしている。

「……えと、何?」

「お前の呪いを解いた相手にお礼の一つも言えないのですか?」

 頬を膨らませて悪態をつく。

 そう言えば、前にも彼女から同じように叱られていたことを思い出す。彼女は童女のような見た目に反して、礼儀を気にするタイプだ。

「あ、ありがとう……」

 困惑気味にお礼を述べると、ルラは満足したように頷いて椅子から飛び降りた。

「それでいいのですね。さて、私は自室に戻りますーーあ」

 部屋を出ようとするルラは思い出したように、くるぶしを返して再びこちらに向き直った。

「ルバートから伝言あるのですね」

「ルバートから?」

 ミズキは疑問を浮かべながらルラの方を見る。

「目が覚めたら屋敷の玄関口に来い、とのことです」

「何その伝言……ルバートは私の目が覚めるまで待っててくれているの?」

「ルバートのことです。お前の目の覚める時くらいわかっているでしょう」

「……?」

 意味がわからなかったが、とりあえず首を縦に振って了承を示した。

「そこにお前の新しい服がかけられているそれを着て向かうといいのですね」

 彼女の言葉と視線に動かされ、服のかけられている箇所を目視する。そこには以前から着ていた使用人の服ではない、ロングワンピース風の制服がかけられていた。

 落ち着いた蒼色を基調とした制服だ。自分には派手なように感じるが、服を変える意味はあるのかと思った。

 その疑問に答えるように、ルラが補足する。

「それはフィロルドの近侍が着る服なのですね」

「近侍……」

 それは何度も聞いて、何度も疑問した言葉だった。

「まだ正式というわけではないのですけど、外に出る時は一応その服を着て出るのですね。お前はクラクの顔ではなく、フィロルドを背負う身としてーーですね」

 そう言われ身が引き締まる。

「そうですね。そこで眠っている姫様はここに使用人に見てもらうように言っておくのですね。お前は安心してルバートのところへ向かうのですね」

「うん……、あ、あの、なんでリリィが私の隣に……」

 ミズキは気になったことを問いかけた。

 ルラは面倒そうに眉をあげるが、端的に答えてくれた。

「お前が眠っている間、ずっとお前のそばにいたのですね。それだけ心配で、大切だったのでしょうね」

「……!」

 ミズキはすやすやと眠るリリィを見る。

 感慨深くなる。そこには平穏があった。

 思えば、血生臭い経験ばかりしてきた。屋敷に来てからの実日数は少ないが、ミズキにとって濃厚でここへ来る前とは違う最悪な経験をしてきた。

 それは死を怠惰に望むミズキが死に対する恐怖と自分の本心と向き合う経験だった。

 自分の嫌な部分と向き合いながらも、必死でリリィとそばにいられることを望み願い恐怖に対峙した。そして、ここに得たものがある。

「リリィ、ありがとう……」

 ミズキはそう静かに口にする。

「早くルバートのところに向かうのですね。きっと待っているのですね」

「うん」

 一つ返事をして、ルラが出て行ったのを見て支度をする。

 リリィと次に話す時は全てが終わった時だ。ミズキは本能的にそう思っていた。

 全てーーとは、まだ終わっていないことがあることをミズキは覚えている。

ーーこの死を乗り越えて会いにきて。

 誰かの言葉に答えるように、またこれからルバートが連れて行ってくれるような気がしていた。

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