屋敷での結末
メシアとの拮抗は続いていた。
お互い睨み合う状況。油断の許さない中、時間が訪れるのを待っていた。
「はあ、はあ……。もう貴様の信じた黙示録は終わる……」
息を切らして宣告する。
相手は不敵に笑う。面に嘲笑を刻んでいう。
「終わらないさ。黙示録は書き換わる。今回で熾加護が目覚めなくとも、また目覚めさせるための予言が、物語がかかれるだけだ」
「……貴様の思い通りにはならない」
「それはどうかなぁ」
ニヤリと笑うメシア。ルバートはそれを訝しげに捉えた。
次の瞬間、大きなガラス窓が音をたて割れた。
ルバートの後ろにあるそれに意識が取られる。ルバートの目は見開きガラス窓を割って入ってきた存在を注視する。
「カラス……?! 使い魔か?!」
カラスというにはあまりに大きな鳥。呪いのように黒い羽を纏わせ、鋭いクチバシが凶悪までに尖って見える。その図体の大きさから動物ではなく、使い魔であることは一目瞭然だった。
メシアの方を一瞥するが、もう遅かった。
使い魔の黒カラスが作った突風の中、メシアはルバートを過ぎ黒カラスの足を掴んでいた。
「ちっ……、メシア貴様は逃さないーー」
と、一歩足を動かしたところで違和感が生じていた。つまずいたような感覚で、足を折り曲げ膝をついてしまう。
不意な出来事に、緊張が解け身体の異常が思い出されたのだ。加護を使い、無理やり騎士時代の力を解放してしまった代償だ。急な眠気がルバートを襲う。
「くそ、このまま、貴様に……」
「シャクだがお前は成した。今回はお前の勝利だ」
黒カラスの足に掴み、外へと飛び出した黒カラスとメシアは不服な顔でいう。
「まだだ。貴様をここで仕留めなければ」
そういうが、身体は動いてくれない。何度もそう錯誤していたが、メシアを仕留めるほどの攻撃はできていないのだ。言葉は強くとも、身体は正直である。
無理やり身体を動かし、割れたガラスから飛び立とうとするメシアを捕まえようと走り出す。そのまま外へと身を投げるが黒カラスのもとにては届かず地上に着地する。
「無駄なことをお前とて阿呆ではないだろう。ここはお互い痛み分けでいいだろう」
片腕を失くしたメシアと、無理やり身体の能力を戻し代償を得たルバート。
ルバートは朦朧とした眠気に抵抗しながら黒カラスの舞う空を見上げた。
空にはルバートを無様だと言わんばかりのメシアが黒カラスの足を掴み飛行している。そして、その向こうの空には日が雲の隙間から覗いていた。
時はすでに早朝。ルバートは一応、最低限のことを成していたのだ。でも、目の前でメシアを逃すことは居た堪れない。彼女は世界の災厄であり、黙示録を頼りにしていることからーーのちの脅威になることは変わりがないのだ。
だが、今の自分は無力でありただただ唇を噛み締めるしかない。
空の上で嘲笑うメシア、その折にせせこましい足音が近づいているのに気づく。
「少女、帰るぞ!」
メシアが黒カラスに掴まりながら足音のする方に叫ぶ。
そこには定まらない面をした少女が、全身に傷を受けた状態でこちらの方に逃げていた。
その後ろには凛とした面差しで少女のことをギルバートが酒瓶を構え追いかけていた。
「ギルバート……」
ルバートは彼女の存在に気付き、一瞬安堵する。そして、相手の方もこちらに一度視線を向けて気づいた素振りを見せたが少女の方に集中する。
メシアの呼びかけに答えた少女がメシアの足を掴むよう手を伸ばす。その隙をギルバートは見逃さず、酒瓶を投げた。
が、黒カラスの雄叫びと共に少女と酒瓶の合間に黒い渦が発生し酒瓶は弾かれた。
「使い魔か……」
達観したようにいうギルバート。
「メシアぁ、メシアぁ、メシアぁ、メシアぁぁぁぁ。聞いてないぃ、こんなの聞いてないよぉ!!」
少女はメシアの足を掴みぶら下がって子供のように駄々をこねる。
「ああ、そうだね。お前はよく頑張ったよ。大丈夫、黙示録はちゃんと導いてくれているさ」
「本当? 本当なの?! これで私、愛されるの?!」
「ーーきっとね」
メシアは、冷徹な眼でギルバートとルバートを一瞥した。
「さようなら、七星の騎士崩れと呼応の騎士よ」
「ま、待て……」
疲労の中、かすれた声で制止を促す。
制止も虚しく、黒カラスの雄叫びに反応して黒い煙が彼女らを纏い次の瞬間に消えた。
「ルバート! 大丈夫か!?」
彼女たちを見届けたあと、ギルバートがうずくまるルバートを心配して駆け寄ってくる。
「大丈夫だ……、眠れば治る。だが、眠る前に……」
ルバートは身体を震わせながらも、その場を立ってギルバートを見据える。
「ギルバート、目覚めたのだな」
「自分でも不思議な話だ。ルバートがあの子に言ったのか?」
ルバートは小さく頷いて見せた。
「一種のかけみたいなものだ。だが、彼女を信じて良かった」
と、安心する一面を見せ途端にルバートは瞼を重くさせ眠りについてしまう。
唐突な睡眠に身体は倒れるが、ギルバートはそれをすんなり支える。
「……信じるだけでは呼応の加護は応えなかった。あの子は、どれほどの思いを持って……」
その疑問は虚しく空に溶ける。
「珍しい加護の気配がするなぁ。ギルバートの加護は消えた、と思っていたのだけれど」
不意に、三者の声が割り込む。
ギルバートは冷静に振り向き相対する。後ろには長い金髪をサイドに結んだ童女が端然とした様子でいた。
「ルラ、今までどこに?」
金髪の童女をルラと呼ぶギルバート。彼女がクラクの魔術師であることは知っていた。
「メシアの罠にかかってね。閉じ込められていたのですね。まあ、まさか魔力の一番弱い日を狙われるとは……」
「……メシアは黙示録と言っていました。もしかしたらーー」
ギルバートの言葉に、ルラは神妙に頷いて見せる。
「予言か……」
ルラは重く呟いた。
「一体、彼女たちの目的は何なのでしょうか? それに予言って……」
「目的は私の知るところじゃないのですね。ですが、呪術師は世界の変革を望む者ーーイブの復活を目論んでいるのかもしれないのだけれど」
「どうして、そう言えるのですか?」
敬語で真意を追求する。
「予言はいくつかあるのですね。その形も様々だけど、メシアは黙示録と言っていたのでしょう? 黙示録はイブに関する記述があるのです」
「そう、ですか……。ルラはそれを見たことあるということなのですか?」
不意に浮かんだ疑問を口にする。
ルラは一瞬、言葉を詰まらせたような素振りをするがそれを誤魔化して話す。
「見たことあるというより、教えてもらったのですね」
と、内容までは具体的に知らないと補足していう。
緊張が場に走る。ギルバート自身、ルラは掴みにくい人物であることは熟知している。彼女の生きた年数もそうであるし、魔術師としてクラクを守る身の彼女の素性を知るなど無謀である。
深くは追求しない事にした。これ以上は藪蛇である。
「私はこれから王都の方に戻ります。報告もありますので」
「ご苦労なのですねーーああ、一点いいかい?」
ルバートを抱き抱え立つ、ギルバートにルラが問いかける。
顔を傾け、聞く姿勢を向ける。
「黙示録の話はしない事なのですね。特に、エステル教会の《情の席》の彼女には」
どうしてと疑問をすかさず口にすることもできたが、童女ならぬ威圧感のある眼光を前にして有無を言わさなかった。
ギルバートは多少動揺を見せながらも、深く頷く。
疑惑を残しながらも、ギルバートはルバートをルラに任せ王都方面へかけていった。




