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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
51/107

そう思えた時にーー。


 絶体絶命の窮地に、ギルバート・アリアが現れた。

 現れたというより、呼ばれた感じであるが魔術師少女とミズキの間に割って入ったその姿はまさに現れたという風であった。

 ミズキは意識を朦朧とさせている中、窮地に現れたギルバートを横目で確認する。

 以前に見た胡乱な眼はしっかりと定まって凛々しい光が宿っている。騎士、その役職に相応しい風体であるのは瞭然だ。

 朦朧とするミズキをリリィは支える。リリィは訝しげな眼差しをギルバートに向けるが、ギルバートは目の前の少女から視線をそらさずにいう。

「フィロルドのお嬢さん、その子を連れて逃げろ。あそこで隠れている祈祷師も一緒にな」

 ギルバートの言葉に、リリィは小さく頷く。

 リリィはすかさず、木陰で様子を伺うルナリアの方に視線がゆく。

 ルナリアは戸惑い気味ではあったが、ギルバートの話を聞いていたのもあり遠回りでリリィに近づいてきた。

 そのルナリアに、リリィは急くようにいう。

「あなたも逃げるの!」

「逃げるのはいいんですけどぉ。その人、大丈夫ですかぁ?」

 ルナリアは他人事のようにいう。

 リリィはそんなルナリアに、一瞬睨み付けるが諦めたように項垂れた。

 それに割って、感情のない嘲りを少女が発した。

「ナイフには呪いが塗れている。そこの女は半日も持たないね!!」

 少女の勝手な言葉に、ギルバートは酒瓶を向けて威嚇した。

「なぁにそれぇ、そんなんで戦えるの? 酩酊の騎士がぁ!?」

「お前にはこれで充分だーーそう加護は言っている」

「それは舐めた判断だよねええ。加護の誤判でお前は死ぬんだよ!!」

 少女は高圧的に語調を強くさせ、その面は少女ではない誰かの面に成り代わる。派手な青髪の粗暴な顔つきに代わり、左手の近くの虚空に黒い空間が現れそこに手を入れて出すと左手にはナイフが一本握られていた。

 取り出したままに、勢いよくギルバートに突っ込むが酒瓶に刃を弾かれよろけてしまう。

「早く逃げろ!」

 ギルバートは後方にいるリリィたちにそう叫ぶ。

 リリィは意を決して、朦朧として自立できていないミズキを背負う。表情は力み強張る。それでも力を振り絞り、ミズキを背負った。

 肢体はふらつく。ミズキの体重が全身にかかり、歩行もおぼつかない。

 それでも前を進もうとするリリィ。ギルバートが少女を抑えている内に、ここから離れなければならない。

 その様子を傍観するルナリアは大きな息を吐いた。

「ーーまぁ、その娘には借りがありますからねぇ」

 と、自分に前置きしてリリィが背負うミズキを後ろから支える。

 不意に軽く感じたリリィは後ろを一瞥しルナリアを確認する。彼女は面倒そうにキラキラした瞳を細めて、リリィにその意思を伝えていた。

 リリィは心の中で感謝を述べ、目を伏せた。

 馬竜は地面に倒れ意識を消失している。少女遭遇時に少女から攻撃を受けた衝撃だろう。馬竜の胴体には生々しく血の線が入っている。

 同様に、ミズキも少女から攻撃を受けリリィの背で朦朧とさせている。少女のいうことが本当なら、馬竜もミズキも呪いを受けてると見て間違いないだろう。

 まずはここから離れることが先決だ。これからのことはそれからである。

 ミズキにかかった呪いを解く事も重要だが、解呪かいじゅはルラの専門だ。どのみち、呪術師がクラクから退かない限り安全は望めない。

 逃げながらも、後方にいるギルバートを心配する。また屋敷でメシアと相対しているルバートを想起する。彼女たちが呪術師を撃退することを願いながら足早にこの場を離れていった。

 



 リリィは背中にミズキを抱え、その後ろを支えるルナリアがいる。三人は呪術師少女と遭遇した現場から、王都方面に逃げていた。

 当てもなく、ただ距離を開けるための逃走だ。

 リリィは呪術師たちが早朝には脱力することを知っている。知っているというよりは呪術師に対する最低限の知識なのだがーー早朝までに逃げるのが最善だと考えた。

 王都の方向に逃げているが、当然徒歩で向かったところで無事たどり着けない。そもそも徒歩では早朝には着かないだろう。もっと時間はかかる。それに結界が不安定な今、魔獣に出くわす可能性も考えなければならない。

 不安は募る一方。それでも、ミズキを背負って前に希望を抱くのはミズキのためである。

 彼女の中で、ミズキの言葉がずっと胸の中に残っている。あの時にかけられた言葉は深く刻まれていたのだ。

 一緒にいるーー、一度はミズキ自身によって裏切られたがミズキはそれを後悔したかのように再びリリィに声をかけてきた。

 リリィはミズキを信じたいのだ。

「絶対……死なせないよ……」

 決意は口をつく。

 ミズキを背に乗せて、ルナリアに支えられていようとも肢体に疲労がのし掛かる。

「……? ! フィロルドの姫様ぁ、これは大変ですよぉ」

 唐突に、危険を察知したルナリアは至って冷静に告げた。

 ルナリアは状況を見て、祈祷術で周囲を警戒していた。魔獣に遭遇しないように、隠密の祈祷術を使っていたが状況は悪い方向に傾いていた。

「ど、どうしたの?」

 恐る恐るその意図を尋ねる。

「魔獣の気配が近づいていますぅ。この気配はダークウルフのボスーーアビスウルフですよぉ」

「アビス?!」

 想定していないわけではなかった。魔獣は暗がりに発生する。結界の弱まっている現状を考えれば、魔獣の発生はもちろんそのボスが生まれるのは想像に難くない。

 だが、実際にそうなると事態は最悪だ。

 魔獣のボスは普通の魔獣に比べて数段に能力が高く知能もある。ボスを相手取るには、事前準備やある程度の能力がいる。ここにいるリリィやルナリアでは話にならない。

 ルナリアは自分で、攻撃向きの祈祷術はないと言っているため戦力にはならない。リリィも目眩しや瞬発的な発火くらいしか祈祷術を使えないため、戦力とは言い難い。

 そうこう考えたところで、アビスウルフを倒す手立ても、逃げる手段も浮かばない。その時、けたたましい咆哮が前方から聞こえた。

 青ざめるリリィ。ルナリアは瞳を瞬かせ、状況を達観していた。

「あー、来ましたねぇ」

 状況に反してふんわりした言い回しするルナリア。

 リリィは目の前を見据える。地を踏み鳴らし、木々をなぎ倒しながらこちらに来る存在ーーアビスウルフが姿を表す。

 猛攻な牙を剥き出しに、強大な図体をした魔獣。その毛並みは一本一本刺が生えたかのような硬い印象を受ける。

 一見すると、ダークウルフを一回り大きくさせた図体だが、燃えるような瞳や鋭く威圧的な牙がその脅威を数段強くさせている。

 アビスウルフはリリィたちと対面して、大口を開けて絶叫した。

 耳を塞いでしまいたくなるほどの絶叫に身が竦む。それでも、リリィは目の前から目を逸らすことはなかった。

 絶対にミズキは死なせない。その思いが勇気となっている。

 しかし、現実的なことをいえば共倒れが目に見えている。後方にいるルナリアはそれを察して、瞳をさらに輝かせていた。

 万事休すーーその時だった。

「リリィ……逃げて……」

 その声は、リリィの背で意識を朦朧とさせていたミズキだった。

「ミズキ……、でも、あなた全身に呪いが……」

「大丈夫、さっきより楽だから……」

 と、リリィはミズキを背からおろしたくなかったがミズキは無理やり背からおり地に足をつける。

 ルナリアが訝しげにミズキの方を見るが、ミズキの虚な視線を目にして一瞬見惚れた。

「彼女は……」

 ルナリアは自問自答するように呟く。一歩足を引いて、ミズキのすることを見定めた。

「ミズキダメだよ! 相手は魔獣のボスなの! 死んじゃうよ!!」

「うん、わかってるよ……」

 ミズキとて阿呆ではない。

 何度も、何度も、死は経験している。目の前の相手が、また死を生み出す恐怖であることくらい理解できる。

 不思議な事に、身体は震えてない。息苦しさもない。それが呪いの影響なのか、死への諦めなのかわからない。

 ミズキは思い出すように、太腿に隠していた短刀を取り出し手に持つ。手に持った短刀は、ヘレナに教えられた通り震えをいなし目標を定める。

 相手の図体はとても大きい。ミズキと比べれば頭数個は飛び抜けている。とてもなく大きな犬を前にして、ミズキは震えを忘れ短刀を構えた。

 魔獣アビスウルフは大口を開けて、ミズキの目の前で猛々しく吠えた。

 ミズキは怯まない。むしろ、前に出て見せた。

 自分でも不思議な気分だった。過去の自分ならば逃げていたと思う。全てを投げ出して、苦しみも痛みからも逃げ出していたーーけど、ミズキは虚な瞳を見上げて対峙していた。

 かなう筈ない。倒せる分けない。理性はそう訴えかけている。だが、本能はリリィを守らなければと留まっている。

 ふと、ミズキは思う。

 身体は呪いが蝕んでいる。リリィには大丈夫と言ったが虚勢だった。息苦しさも震えもないが、身体がやけに重くなっているのを感じていた。

 虚勢がミズキの思慮をおかしくさせていた。

 恐怖は抜けない。死は怖い。それだけは変わらない。

 短刀を構えてみても振りかぶるにはそれなりの勇気が必要だ。だから、その勇気を奮い立たせる言葉を考えていた。

 主人公ならどういうだろう? 自問が浮かぶ。

 自分で、主人公とは縁遠い人間だということは理解しているつもりだ。自分とは似合わない力だ。死にたくないと思う人間が、死をやり直すなんて滑稽だ。

 死をやり直し、世界を最善に導く物語なら宮崎瑞季を選ぶ必要がない。死の加護も、全く不相応な人物を選んだのだと皮肉が浮かぶ。

 ミズキは虚な視線を上げて、その皮肉に答えるように叫ぶ。

「リリィは殺させない……! 獣畜生に終わらせない!!」

 瞳に僅かな光が宿る。まだまだ弱々しいが決意と覚悟が秘められていた。

 襲い掛かる魔獣アビスウルフ。

 短刀を構えようとも、当たらなければ意味がない。身は引けない、目をそらしてはいけない。ミズキは雄叫びを上げて突っ込んだ。

 魔獣アビスウルフは牙を剥き出しにして頭で襲う。ミズキはそれを直近でかわし、アビスウルフの頭は地面に勢いよく埋もれた。

 辛うじてリリィとルナリアは魔獣から離れて避けていた。ミズキはそれを横目で確認して、アビスウルフの隙を逃さない。

 地面に頭を突っ込み嵌ってしまったアビスウルフの目を狙い短刀を定める。

 ミズキは瞳をしっかりと見開き、アビスウルフの目を突いた。

 アビスウルフは叫び声をあげる。甲高い声に、ミズキは一歩身を引くが目を突いた衝撃で黒色の血が虚空に舞い上がる。その中の一部は黒い霧に変わり消えていったが、残ったものはミズキの顔面についた。

 強く目をついたため、短刀はそのままアビスウルフの目に刺さったまま持っていかれる。

 短刀を突き刺したのはいいが、この先の動きを考えていなかった。

 身体は重みを思い出したかのように、その場で蹲ってしまう。

 虚な瞳が魔獣を見上げる。魔獣は狼狽てその身体を暴れさせている。

 たかだか短刀ひとつきでこうなるとは思えない。きっと魔道具であるその能力が働いたと考えて間違いないだろう。

 このまま絶命して黒い霧に変わるのが望ましいーーけど、うまくいかないのが現実だということを知っている。

 片方の視界を失った魔獣アビスウルフは無策に暴れ回っている。この場から早く離れなければ巻き添えをくらってしまう。が、離れようと意識する前に魔獣アビスウルフの前右足があげられ振り下ろされた。

 その場所に、リリィが逃げ遅れていた。

 ミズキは本能的に動いてた。今度は逃げるのではなく、彼女のそばにいるために。

 振りかぶる前右足を頭上に捉えたリリィ、だが逃げられる間も無くまた祈祷術で防ぐ間も無く目を瞑る。次の瞬間にリリィ自身に衝撃があった。

 身体を押される感覚。そのまま地面に突っ伏す。

 視線は地面に押し倒された衝撃からすぐさま後方を探る。すると、地面にもう一つ投げ出されたような音が聞こえる。

 ゆっくりと横を見ると、背を真っ赤にさせ縦に傷口を作ったミズキがいた。

「ミズキ!? どうして……」

 ミズキを心配しながら、祈祷術の構えをとる。祈祷術は両手を結び祈りを込める事によって扱える力だ。リリィがその仕草をすると、青色の小さな加護がミズキの傷口に集まる。

「な、なんで、どうして……」

 ひたすらに、悲痛な叫びが口をつく。涙を流しながら、傷口から溢れる血を止めようと懸命だ。

 ミズキはリリィを庇ったのだ。自分でも驚いていた。背に魔獣の爪先の攻撃を受けながらもリリィを庇ったという事実に。

 痛いし苦しい、でも心はどこか喜んでいるようにも感じた。

 不思議な倒錯に、ミズキはゆっくりと視線を上げてリリィの瞳を見る。

 リリィの瞳は純白のように澄んでいる。それはまるで穢れを知らない少女のように無垢だ。

 その面差しの彼女が流す涙は、天使のように美しい。自分が死にそうな筈なのに、ミズキはまるで最初に彼女と出会ったときの感動を受けていた。

 ミズキは手を伸ばす。その手は震えていて、不意にリリィの頬を伝う涙を指先で拭った。

「わ、私のために泣いてくれているの……?」

 口先を震わして問いかける。

「当たり前だよ! だって、……ミズキは私の大切な人だから」

 彼女の言葉に反応して、ミズキの首元にある首輪ーーローヤルチョーカーが淡く光り出した。

 ローヤルチョーカー。宝物の一つで、付けられた人物は付けた人物の命令に従うというもの。ミズキはそう説明を受けていた。

 実際、その効果はいくつか試されいて効力も知っている。けれども、このような状態は初めてだった。

 だが、二人の意識はそこを向くゆえはない。リリィはミズキを心配し、ミズキは痛苦の中、死の迎えを待っている。

 ミズキは指先で彼女の涙を拭ったあと、力なく指先を地に落とす。

「ミズキっ!」

 強くミズキの名を叫ぶ。目は閉じ、反応がない。

 祈祷術での回復を怠らないままに、ミズキの鼓動を確認する。鼓動は僅かに動いていた。

 希望はまだある。だが、絶望がそばにいた。

 リリィは目を細めて、その絶望を睨んだ。

 魔獣アビスウルフの目に刺さっていた短刀はすでに取れていた。取れてはいたが、その目は青く腫れ上がり潰れている。そこの視界は完全に失われている。

 けれども、少し動きが鈍くなっただけで脅威は変わらない。リリィは唇を結んでミズキを抱き抱え、魔獣に対して叫ぶ。

「ミズキは死なせない……絶対に!」

 その叫びに、答えたのかどこから突風が吹いた。

 辺りの森林がざわめく。突風は目の前の魔獣を狙ったように、まるで殴ったみたいに魔獣は地に倒れ込む。

 突然の事に、リリィは目を見開く。すると、聞き覚えのある声が聞こえた。

「リリィ様! ご無事ですか!?」

 焦燥しながら駆けつけてきたのはアルマだ。

 いつもはクールな彼女だがその顔は焦っていた。

 アルマの後ろから、遅れてヘレナがナイフを魔獣に目がげて飛ばしながら来た。

「リリィ様! ミズキ! 申し訳ない、遅れた」

 謝罪を交え、ヘレナはリリィとミズキを庇うように、前に立つ。

「アルマ、ヘレナ……あなたたちどうしてここに?」

「私たちは結界の補填をしてました。それが完了し、リリィ様の声が聞こえたので」

 と、アルマが簡潔に説明した。

「結界の補填……、それってハナも?!」

 リリィはハナの存在に希望を抱く。

 アルマは、血に塗れリリィに抱えられているミズキを一瞥していう。

「ええ、もうすぐここへ来るでしょう」

 彼女の予測通り、アルマとヘレナが来た方向からかなり遅れてハナが来る。

 ハナは息を切らして、その場の近くで呼吸を整える。

「はあ、はあ、早いです……みんな……」

 と、視線が上がり状況に目を通す。

「魔獣アビスウルフ……、リリィさん、それにミズキ……祈祷師まで」

「ハナ! お願い! ミズキを診て!」

 切羽詰まったリリィの声を聞いて、ハナは小さくうなずきミズキの元に近付く。

「ハナ、ミズキは……?」

 恐る恐る状態を聞くリリィ。

 ハナは気難しい顔をしながら、手でミズキの身体を確認するように傷口の上で手をあおぐ。

「傷は少し癒えていますが、呪いが酷いです」

 ハナは率直に告げた。

 傷に関してはリリィの祈祷術もあり和らいでいる。だが、少女から受けた呪いが効いているのだ。

「呪いの解呪はルラさんしかできません。私では少し弱くさせることしか……」

「それでも負担を減らせるなら……」

 リリィの言葉に、ハナは頷いて呪いの力を弱くさせるように手に力を込めた。

「ヘレナ、魔獣を相手にできるか?」

「ええ、手応え的にもかなり弱っているようです。結界の完成もそうですが、私が渡しておいた短刀をミズキが刺してくれておいたのでしょうーーよくやりましたミズキ」

 アルマの問いに、ヘレナは冷静にいう。

 魔獣の近くにヘレナの知る短刀が落ちているのを見て、ミズキの活躍を察する。

 のけ反った魔獣はぬるりと立ち上がり、ヘレナの方を睨む。魔獣はすでに息絶え絶えになっており、先ほどヘレナが打ち込んだ数本のナイフが傷を作っている。

「魔獣風情が調子に乗るなよ。ここにいる誰もを死なせはしない!」

 ヘレナはナイフを構えた。それを合図に、魔獣アビスウルフが襲い掛かる。

 その後方でアルマが風の魔法でサポートをしながら、接近戦で仕留めるヘレナ。それは実に圧倒的な戦いだった。

 素早い動きで相手は翻弄され、ただただナイフで肉を削ぎ落とされる。肉は次々に黒い霧に変わり、一分もない戦いの終わりに魔獣アビスウルフは黒い霧に変わり消えていった。

 そしてーー、森林の木々の隙間から光が差し込んでいた。

「もう朝ぁ……」

 そう呟くように言ったのはルナリアだった。

 リリィは不意に空を見上げる。その瞳は希望を得たようだった。

 降り注ぐような光。天からの祝福のように思えた。

 ミズキは小さく瞳を開く。身体は未だ重く、身体中に痛みはめぐっている。

 ミズキは光を目撃して、か細く呟いた。

「私……夜を越えたの……」

 涙が出てきた。目から出て、頬を伝って地に落ちる。

 散々、怖い思いをしてきた。痛い思いも苦しい思いも、葛藤だってあった。

 死にたいと思い続けた。自分で死ぬ勇気などない傲慢ーーそんなミズキは今初めての感情を抱いていた。

 リリィは優しく自分を抱きしめてくれている。自分のために涙を流してくれている。

 ヘレナが自分を褒めてくれた。前に立って守ってくれた。

 他にも、みんながーーミズキの周りにみんながいた。

「リリィ、私ね……。みんなに会えて、リリィに会えて良かった……」

「何言ってるの……。私だってミズキに会えて良かったよ」

 彼女は本当に嬉しそうにいう。涙を流しミズキを抱きしめながら。

「怖い夢をいっぱい見たんだ。先の見えない闇の中にいるような夢」

 ミズキの訥々と話す言葉を、リリィはしっかりと耳を傾ける。

「怖い闇の中でたった一人で歩いていた。でも、声だけを頼りにしていた」

 その声はリリィ、そしてルバートのことだ。

「私は声を信じて歩いていたの。そしたらーーここに来れた。光があった」

 ミズキは儚い眼差しで、木々からもれる光を見上げた。

 声は涙声だ。面も涙でグシャグシャに崩れてしまっている。

 リリィは優しい面差しで胸を貸すようにギュッと抱きしめた。

「光はあなただよ……」

「リリィ……」

 ここで、ミズキは眠るように目を瞑ってしまう。

 力が尽きたのか。このまま死んでしまうんじゃないかと思った。けれども、前よりも恐怖感はない。

 みんなが自分を見ていた。だから、安心があったのかもしれない。

ーーああ、心地いい……。みんなに見られて死んでしまうのかな……。

 リリィは死に近い眠りの中、こう思う。

ーーそれは嫌だな……。まだ一緒にいたいよ……。

 死にたいと思っていた少女はこの世界を、自分に与えられた運命を呪っていた。

 逃げて、逃げて、逃げ続けて、死が誘ってくれるのを望んでいた少女。

 少女がーーそう思えた時、世界の光が輝いて見えた。

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