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イヴの世界  作者: あこ
序章 無垢な少女
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クラクの宮殿・2

 広大な中庭を囲うように出来上がった宮殿、クラク。

 クラクってのは、この宮殿の名前でもあるし、この宮殿のある街の名前もその名前らしい。

 ここのお姫様の名前はフィロルド・リリィっていう話だけど、大体お姫様の苗字が街や宮殿の名に直結しているんじゃないのという疑問には判然としないに尽きる。それを宮殿内を案内してくれた使用人の女性に聞いたとこで、何か問題でも? と一蹴されるオチである。

「つか、ここ広いなあ」

 まるで、宇宙の広大さに気づかれた虚無感にかられる。主要な場所を転々と渡り歩いたわけだけど、つまるところ、この広さの権化は使いもしない空き部屋の多さだった。

 どんだけ客人をもてなすんだよ。なんていう突っ込みは凛然とした使用人の女性に対しては空回りで、この街には大きいかもしれませんね。なんていう普通の答えに、惑ったものだ。

 最後に中庭を紹介した後に、使用人の女性は自分の名前を名乗って去っていった。

 ――私の名前はアメリア・ルイスです。

「アメリア・ルイス、ね」

 思わず中庭の噴水の縁に腰掛けてその名を反芻した。

 なんとなくだけど年齢を聞きたかったかも。私の形と変わらない姿で、少しは仲良くなれるかもしれない。

 一応、お姫様の奴隷になってしまった身だけど、使用人として雇ってくれるみたいだし。きっとルイスとは何度も会う仲になることだろう。

 中庭で一人新生活に胸を高鳴らせていると、ふと草木の音が掠れていた。

 横目で背後を確認すると、二人の影を確認できた。

「誰?」と、視線と身体を捻らせて後ろを見た。そこには二人の使用人の姿があった。

「お姉さま、不審な人物が噴水眺めて物思いに耽っていますわ」

「ああ、そうだね。そうみたいだね」

 異色な二人。第一にそういった印象を受ける二人組みに目を白黒させる。

 気障ったらしい風体の女性、その風体に合った細目としなやかな長身はその含みを匂わせる。長く伸ばした黒髪を綺麗に撫で付けて使用人らしからぬ可憐さがあった。

 そんな彼女の後ろに隠れ勝手をいう女性――というよりは童女。長身の女性を隣にすれば、間違いなく彼女は娘で長身の女性を母と錯覚させる姿だ。純真無垢な琥珀色の瞳とプルプルと柔和な唇が母性本能をくすぐる。

 母娘の二人、と印象付ける前に童女のような使用人は気障風の女性をお姉さまと呼称していた。そこから見るに、母娘ではなく姉妹のような関係なんだろうか。

 などと、思案を巡らせていると気障風の女性が黒エプロンドレスを翻して前に出てきた。

「やあ、ごめんね。ここに他人が来るなんて珍しくてね」

「別に謝る必要なんて……」

 気障風の女性の平謝りに思わず腰が低くなる。彼女との体躯の違いもあって少し萎縮してしまう。

「ふふふ、その格好。もしかして新しい使用人さんってとこかな。これはまたあの騎士様の世話焼きがあったみたいだ」

 騎士様の世話焼き。似たようなことを聞いた気がする。あの騎士様ってのは多分ルバート・エリザベスのことだ。多分ってのは私が彼女以外に会ったことないからそう決めつけているだけだけど。

 初対面の使用人二人を前にしていうべきことは一つ。

「ミズキです! 記憶がないところをルバート……さんに拾われました!」

 勢いのままに自己紹介。これで大丈夫、だよね?

 先輩の面相を気にして深々と頭を垂らしてみる。数秒ほどの沈黙が心配になってゆっくりと頭を捻らせて黒目が真上の先輩の顔を見た。そこには呆気に取られた先輩の顔があった。

 素早く面を上げてその顔相を確認すると、呆然とした様子から変貌し、大きく口を開けて笑いだした。

「あはははっ、君面白いね」

 突然の破顔に困惑してしまう。

「悪いね。君の紹介が面白くてね」

 彼女の疑問が浮かぶ。客観的に考えても爆笑を促すような箇所はなかったと思うんだけど。

 そう逡巡していると、彼女は細目を若干開かせていう。

「記憶が無いというのに随分明るい態度で驚いたよ」

「あー……」

 彼女の破顔の行方を悟った。

 自分でも吃驚なことだ。記憶喪失なんて普通は慌てふためいて自分を見失うんじゃないかと思う。私の想像とは裏腹に、陽気かつポジティブな振る舞いをしているのだから案外私って丈夫な人格なのかもしれない。

 前途多難な人生、なぁんて思っていたけどそんなこともないカモ?

 こぉんな豪邸に住み込みで働かせてくれるんだからどちらかというと幸運な人生だ。私の、記憶を失う前に何があったかは知らないけど今は悪くない――まあ、姫様に奴隷にされたことを除けば。

 私の首に巻かれた輪っか。服従の首輪――ローヤルチョーカー。

 クラクの宮殿に初めて来たときに、初めて出会った美少女に付けられた宝物ほうもつだ。美少女ってのは言わずもがな姫様のことだ。フィロルド・リリィ、そうルバートが言っていた。

 彼女に服従の首輪を付けられて、その効力を試された。その後、ルバートが登場し効力を解いてくれた。それから、使用人として雇う話が出てルイスに付き添われて今に至る。あれからまだそれほど時間は経っていないけど、姫様はどうしているんだろうか。

「なに考えているのかい?」

「へ?」

 気障風の使用人の女性にふいに声をかけられて気づく。どうやらモノの数秒ほど意識を放り出して考えに耽っていたらしい。

「あ、ちょっと」

 と、障りのない言葉で誤魔化した。

「まぁ、いいさ。君が自己紹介をしたから私たちしようと思ってね」

 彼女の振りに応えるように向き直る。

「私はアルマだ。こっちのちっこいのがハナ」

「ちっこいは余計……」

 アルマと名乗った女性は微笑を刻み込んで二人一緒に紹介した。だが、アルマの紹介文句が気に入らなかったのか。ちっこいと言われたハナという童女は不満そうに頬を膨らませた。

「アルマ、ハナね。うん、よろしく――お願いします」

 つい敬語を忘れてタメで話す調子を正していう、とアルマはお得意の端正な笑みを浮かべた。

「普通でいいさ。使用人同士仲良くしよう」

 アルマは親身的だ。反対に、いつまでもアルマの後ろで私の姿を伺っているハナは排他的な態度を取っている。まるで、人を初めて見る子猫みたいだ。

 私はハナに向かって笑顔で手を振って友好的に示して見せたけど、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。

 こりゃ彼女と仲良くなるのは難儀なものだと、ふいに苦笑を浮かべるのだった。

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