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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
44/108

武器倉庫での決意


 ミズキは息を潜めていた。

 武器倉庫の裏手でに隠れて息を潜める。

 屋敷から出たミズキはまず武器倉庫に来ていた。武器倉庫に監禁されているアメリアとヘレナを助けるためだ。

 裏手に隠れているのは呪術師少女との遭遇を避けるためだ。

 記憶上では、屋敷から出て一直線に武器倉庫に向かうと倉庫の入り口で少女と遭遇していた。また屋敷内でリリィを連れ去ろうとした時は屋敷の玄関口で遭遇し、少女自身武器倉庫を訪れていた事をほのめかせていたため、ここで待っていれば少女は必ず武器倉庫に来る。

 今回は屋敷からすぐにここへ向かったため、少女がここへ訪れる瞬間に遭遇する可能性が高い。

 面を向かわせるより、少女がここを訪れ去った後にアメリアとヘレナを助ける。それがリリィを助けるための第一歩であった。

 鼓動が早くなっている気がする。遭遇しないための行為とはいえ、少女を目にするのは心臓に悪い。

 緊張しながらも、少女の訪問を待つ。しばらくして、遠くの方から足音が近づくのが聞こえてなお息を潜めて目を見張った。

 一瞬だけ、紫色の発光がチラつく。すると、物陰は明瞭になりヘレナの姿をした人物が武器倉庫に向かっているのがわかった。

 手には紫色の発光物。おそらく、魔寄せの魔石だ。彼女はそれを手に持って武器倉庫へと歪な笑みを浮かべて入っていった。

 ミズキはひとまず安心する。正直、少女はここに訪れることには疑心があったのだ。だが、少女はここに再び訪れた。それは死の加護の力をしかと裏付けるものだった。

 改めて同じ出来事が起こっている事を再確認する。これからリリィを助けるには、こうした利点を生かさなければならない。そして、慎重にならなければならない。

 ゴクリと喉をならす。恐怖はいまだに止まない。時は待ってはくれないのだ。

 武器倉庫に入っていたヘレナの姿をした人物ーー少女は手を空にして出てきた。先ほど手に持っていた紫色の発光物はない。前回の通りだと、武器倉庫内にそれを置いてきたのだろう。

 彼女は周囲を確認する事なく、屋敷の方へと帰っていった。

 それを見計って武器倉庫の中へと突入する。

 武器倉庫内は相変わらず、外装の大きさと違って狭狭しい印象が見受けられる。だが、左方向の壁を一瞥すればそこの向こう側に隠し部屋がある事をミズキは知っている。そして、その中にヘレナとアメリアが捕まっていることも。

 隠し部屋の方を一瞥した後、正面に置かれている紫色に怪しく光物体を注目する。

 魔寄せの魔石だ。無造作に置かれた武器や防具の中で、とりわけ主張してその怪しさを燦然と照らすそれはすぐに見つけられた。

 先手と言わんばかりに、魔寄せの魔石を掴み床に叩きつける。戸惑うことなく、鮮やかな手捌きで魔寄せの魔石を除去した。床に叩きつけたそれは無残に崩れ去る。魔石が案外脆い事は前回のことで知っていた。

 その音が聞こえたのか。隠し部屋の方から、音が鳴る。ヘレナかアメリアが反応したのだろう。

 ミズキは隠し部屋の壁の方に近づいて、二つノックをして問いかける。

「アメリアさんいますか?」

 ヘレナの事は言わずにアメリアがいるかどうかを問いかけた。この時点では本来ミズキはヘレナと対面していないからである。

「ええ、います……。ミズキですか?」

 アメリアの冷静な声が返ってくる。彼女は声の主を確認して聞いてくるので、ミズキは小さく返事をして答えた。

「下がってて……」

 弱々しく壁から離れるように指示する。

 隠し部屋の向こうから音が離れるように聞こえるのを確認して、近くの手ごろなサイズの斧を手にとって構える。

 そこが隠し部屋であるなら隠し扉があって然るべきなのだろうが、探す時間はない。先手で魔寄せの魔石を破壊したとはいえ、魔獣がやってこない保証はない。破壊した後に魔獣がやってきた例は最初の夜、裏道で経験している。

 前回、魔獣の衝突で壁を破壊し隠し部屋へ行けた。それを考慮し、自分の手で壁を壊すには斧を使うのが一番だという判断である。

 深呼吸をする。持ち手の部分をしっかりと握って隠し部屋の方向の壁に思いっきり振りかぶる。

 木造の壁が木屑を散らしながら割れた。精一杯力を入れて振り下ろして見てものの、手に伝わった感触からしてそこまでの力は必要ない事を察する。

 壁の裂け目を見極めて、人が入れるほどの入り口を斧で割って作る。一分もかからない内に、少し屈んだだけで入れるほどの入り口が出来上がりそこから隠し部屋へと侵入した。

 入ってきたミズキを目を白黒させて迎えるのはアメリアだった。その後ろで、少し疑心な眼で見遣るヘレナがいた。

 彼女たちは口元と手を縛られてそこにいた。

 斧を手放して、小型のナイフを手に取る。ここが武器倉庫ゆえに状況によって機転が利いている。

 先に二人の口を塞ぐ縄を解く。そして、手に取ったナイフで、ヘレナの縄を切る。彼女の縄を先に切るのは前回、ヘレナがナイフの使い方に長けているのを見ているためだ。切るのにもたついてヘレナから怒られていたのを思い出した。

 だが、今回は前回のこともありまたヘレナが実際ナイフで縄を切っていたのを見ていたおかげもあってすんなりとヘレナを縛る縄を切れた。

「手際がいいですね」

 鉄仮面なヘレナが淡々と褒める。

 ミズキは無意識に視線をそらして謙遜の言葉を漏らした。前回のおかげ、とは言えない。

 苦笑を浮かべながら誤魔化して、次にアメリアの縄を切って解いた。

「あなたどうしてここが?」

 開放されたアメリアがポツリと疑問を漏らす。

 途端に動揺するが、数秒考えた末に答える。

「え、えと……、呪術師が話していたのを盗み聞いていたんだ……」

 それらしい答えに、アメリアは一つ返事をした。

「そうですか。それにしては、よくここへ来れましたね」

 アメリアは難しそうな表情でそういう。

 その意図が分からず、ミズキは首を傾げる。アメリアはミズキの顔をじっと見て率直に口にした。

「昨日のあなたはとても怯えていて……、とてもこういう事をするような子とは思わなかったので」

 凛とした面差しで口にしたのは直球だった。

 だが、彼女の言葉は的を得ている。人を助けるなんて、自分でも驚いている部分がある。

 しかし、ミズキはもう知っている。アメリアが死んでいた。ヘレナが片腕をなくしていたーーリリィが殺された。ミズキしか知らないもう一つの未来を。

 ミズキは唇を引き締める。怖いのは変わらないけれども、ミズキを突き動かすのは後悔があったからだ。

 恐怖を含めた表情、してその瞳には弱々しいが決意と覚悟が秘められている。

 何かに立ち向かおうとする信念。アメリアは密かに感じ取れた。

「何を思っているかは知りませんが」

 アメリアは神妙に前置きしていう。

「自分一人で悩まず頼ってください。私はあなたの上司なのですから」

 彼女の優しげな言葉に、涙が出そうになる。いい上司だ。前の世界では考えられない人だ。

 小声でありがとう、という。多分、聞こえてはいない。肩を震わせているミズキを気遣って、ヘレナが抱き寄せるようにして身体を抱きしめた。

「全く頼り甲斐があるのかないのか分からない人ですね」

 と、微苦笑していうヘレナ。確かに、彼女のいうように助けにきたミズキはとてもそのような柄は似合わない。けれども、そこに懸命さは感じられた。

 見上げると、無表情の中に隠れた柔らかさを秘めた瞳がミズキを見つめていた。

 また涙が出そうになる。わずかに漏れ出た涙を、ヘレナの長く白い指先が拭った。

「涙は取っておいてくださいーーここへ来たという事は屋敷の状況をある程度把握しているのですね?」

 本題へと移り進めるヘレナ。彼女の問いかけに、コクリと頷いた。

 ヘレナはアメリアの方を向きいう。

「アメリアさん、これからーー」

 と、話を進めようとした時に武器倉庫の外から魔獣の遠吠えが聞こえた。

「魔獣?! こんなところに……」

 驚くヘレナ。ミズキはヘレナにくっついたまま、やはりといった表情を浮かべこわばる。

「やっぱり魔寄せの魔石を壊してもくるんだ……」

 ミズキは項垂れる。

 ミズキの言葉に、ヘレナは床の方に目線が動く。散乱した武器の他に紫色のガラスの破片が辺りに散らばっているのがわかる。

「あなた魔寄せの魔石も壊してくれたのですね」

 彼女の問いにミズキは小さく頷く。

 ヘレナは驚いた表情でミズキの方を見るが、ミズキは魔獣の登場にすっかり怯えている。

 思う事はあったが、ヘレナはそれらを呑み込んで紡ぐ。

「街の結界が弱くなっていたので魔獣が入ってきても不思議はありませんが……。アメリアさん、ミズキをお願いします」

 抱きつくミズキを引き剥がし、アメリアに預ける。

 ミズキはか細くヘレナの名を呼ぶが、ヘレナは大丈夫だという。

「ヘレナなら大丈夫ですよ」

 アメリアが念を押すようにいった。

 正直、ヘレナが魔獣を相手取ることについては心配してなかった。ヘレナは片腕でも魔獣を多勢相手にしても易々と切り抜けていたのだから。

 ミズキが寂しそうにするのは、優しげに抱きしめてくれたヘレナの温もりが遠ざかることにある。ミズキにある弱虫な本能が人肌を恋しく思っていたのだ。

 ヘレナは武器倉庫から出て、魔獣数体と対峙する。

 武器倉庫から出てきたヘレナに魔獣たちが一斉に赤い目を鋭く光らせた。

 口元から牙を剥き出し、地面に爪を突き立てる。魔獣たちはすでに戦闘体勢を取っていた。

 ヘレナはスカートを翻し、太腿に装備してある短刀を取り出して構える。

 月夜の下に銀色の刃が顕になり輝く。そして、魔獣たちの前に向けられて狙いが定まった。

 それが合図となって、魔獣は同時に襲いかかってきた。

 ヘレナはその動きを見逃さない。飛び上がった魔獣を一瞥して、ある程度距離を確認してから身体を捻らせる。くるりと回り短刀に遠心力を加えた上で魔獣に斬りかかる。

 彼女はまるで、そこが舞台であるかのような舞いを披露する。舞いであるのに、襲い掛かる魔獣の急所を的確に突いていく。

 襲いかかってきた魔獣たちはヘレナの攻撃をかわすこともできずに、落ちた先で無様にその血に塗れた姿を晒す。そして、魔獣たちは姿を黒い煙に変えて空気に溶けて消えていった。

 ヘレナを追ってアメリアとミズキは武器倉庫から出てきたがすでに事は終わっていた。

「ヘレナ上出来です」

 アメリアは当然だといった様子でいう。

 ヘレナを見上げると返り血一つ浴びていない。血がついているのは短刀の刃の先だけである。

 彼女が魔獣を蹂躙する姿を見るのはこれが三度目である。何度見ても鮮やかな手捌き。使用人の服装を着ている手前、ギャップがある。

「アメリアさん、これから他の使用人と合流しませんか?」

 ヘレナは先ほど魔獣に割り込まれ途切れた会話を続ける。

 彼女の淡々とした提案に、アメリアは顎を引いて同意する。

「ええ、そうですね。相手は呪術師……、ルバート様の力が必要です。けれど、ルバート様は……」

 アメリアは憂いていう。

 ルバートはこの時点で行方がわかっていない。だが、呪術師を相手にするためには彼女の力は必要不可欠。

 ミズキは早急な動きが必要だと考えている。

 この先の展開は街の壕へ向かい使用人や傭兵たちと合流することになる。そこでの会議で今後の展望を話し合うことになる。

 そこでルバート探しなど役割が振り分けられ、ミズキはヘレナと一緒にルバートを探すことになる。

 アメリアが言葉を紡ぐのを遮るように、割ってミズキが話す。

「わ、私がルバートを探してくる!」

 ミズキの一言に、二人して目を丸くさせこちらに驚きの表情を向けた。

「ミズキが?」

 アメリアが不安げにいう。

 彼女はじっと澄んだ瞳でミズキを見据える。

 アメリアの回答を前にして、ヘレナが先んじていう。

「私がミズキと一緒に行きましょう。アメリアさんは先に使用人たちと合流してください」

 ヘレナが提案してくれるが、ミズキは一人でいくつもりだった。

 ミズキは言葉なくヘレナの方をチラリと見る。ミズキは思い出す。ヘレナと一緒に、ルバートのいる丘へいった時に、不意を突かれて少女からの攻撃を受けてヘレナが腕を無くす場面があった。

 物憂げに、ヘレナから視線を逸らすと彼女はミズキの心緒を不審に思ったのか近くに寄ってくる。

 ヘレナの身長はやけに高い。女性にしては、という表現は女性しかいない世界では表現的にどうかと思うがミズキと比べても頭二つ分は高い。

 先ほど抱き寄せられた時は母性を感じたが、こうやって寄ってくると威圧を感じる。

 身長の高い彼女に見下ろされ、圧を感じる中、ヘレナが確認するように言ってくる。

「もしかして一人でいくつもりだったのですか?」

 ミズキはオドオドした表情で小さく頷く。

 あまりに頼りない姿だ。ルバートを探すという事は、この状況を打開する手段である事と同意だ。

 アメリアはヘレナの後ろからその様子を眉をひそめて見つめていた。

 だが、ヘレナがすぐに何も言わない様子から水を差そうと口を開くが彼女は背後のアメリアを一瞥して制した。自分にまかせろ、と言った具合の顔だった。

「正直、あなたに任せるだけの器量を感じられません。身体は震えてますし、瞳も惑って、頼りないです」

 ヘレナはピシャリという。最もな事だった。

「そ、それはわかってるよ……」

 ミズキも承知のゆえだ。ミズキ側から彼女たちのことを如何様か知ってようとも、彼女側から見てみれば不安に怯え先ほどまでベッド上で寝ていた外からの部外者だろう。肩書きはリリィの従者だが、そんなもの信用の面からすれば事足りない。

 わかっていようとも、彼女たちを納得させるだけの言葉は出てこない。

 表情は強張り、言葉をいつまでも探って優柔不断な態度が目立つ。ここで何かを言わないと、また同じような結果になってしまう。

 懊悩していると、ヘレナは短い嘆息を漏らした。

「あなたの事はよくわかりません。けど、私たちを助けにきたあなたです。きっと、あなたでなければ助けられない事があるのでしょう」

 彼女は言い様に解釈した。けど、それは彼女が納得するための文句ではなく、後方で見守っているアメリアを納得させるための文句のように聞こえた。

「一人で行かせる、には不安は残ります。けど、そうですね」

 そう言って、彼女は手に持っている銀色の刃を輝かせる短刀をミズキの手に差し出した。

「これは……」

 短刀の持ち手の部分をミズキに差し出し、受け取れと言った動作。反射的に受け取ると、短刀が思った以上に軽く少し戸惑った。

「魔法効果の宿った短刀、魔法具です。これをあなたに持たせておきます」

「あ、ありがとう」

「素人が扱えるものではありませんが、まあ、ないよりマシでしょう。いいですか? それを使う時は持ち手をしっかり握って目標を定めてください。震えていたら使えるものも使えませんから」

 彼女は優しく説明し、魔法具をミズキに預けてくれた。

 ヘレナの優しさ、機転を嬉しく思い。思わず、涙が出そうになる。だが、ヘレナの手前それは我慢しないといけないと思った。

 アメリアが彼女の後ろの方で、ため息を吐く。けれども、彼女はそれ以上水を差す事はなかった。

 ヘレナに助けられた。深く事情を聞かずに見送ってくれる彼女の姿勢に。

「詳しくは聞きません。ですが、これからどこに行くか場所くらいは教えてくれますか?」

 アメリアは一通り会話を終えた二人の間に、そう割り込む。それが彼女のなりの譲歩だった。

 ミズキは答えるのに、一瞬戸惑ったが呟くように答えた。

「あの、丘、です……」

 指先を立ててその方向をさす。

 アメリアとヘレナが一緒になってその方向を確認する。その後に、ヘレナが小さくうなずきいう。

「私たちは一度、他の使用人と合流しに街の方へと向かいます。それから丘の方へ行きます」

「うん……」

 会話も終えて、アメリアとヘレナと別れる時がくる。

 手にはヘレナから授かった魔法具の短刀。このままではみっともないという事で、ヘレナがいつもしまっているように入れ物まで渡された。ヘレナと同じように、太腿に隠すように巻かれるがヘレナのように身長はないので太腿より下の方に巻いてしまうことになった。

 これこれでみっともないと思ったが口にはしなかった。

 最後に、アメリアとヘレナが健闘を祈るように、使用人らしい気品あるお辞儀をしてきた。

 自分もそれを真似てお辞儀する。

 ミズキは意を決して丘の方へと向かうのだった。

いつも閲覧ありがとうございます。

次回更新は九月になります。

しばらく更新はありませんが、お待ちいただければ幸いです。

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