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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
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弱気未熟の再出発


 三度目の夜。目が覚めたミズキは身体を震わせていた。

 恐怖や緊張、それらが混ざって体現している。自らの身体を抱いて震えを止める。

 瞳には涙を浮かべていた。けれども、そこにもう虚無はない。

 弱気で未熟なミズキは初めて決意を秘めたのだ。

 頼りない決意。弱々しい覚悟。

 ミズキはか細く呟く。

「リリィ……待ってて……」

 その言葉を自分を動かす糧として、ベッドの上から降りた。

 足元はフラついていた。瞳は潤み、面も歪んでいる。弱々しい決意だけが彼女を突き動かす。身体はまだついてこれていない。

 ふらつきながらも部屋の扉に近づきもたれかかった。額から寄りかかる扉を前にして一呼吸を置く。

 扉から出れば始まってしまう。怖いーーけど、それ以上に怖いことをミズキは知った。

 怖いのも恐ろしいのも考えるな。そう言い聞かせて戸を開く。

 三度目の夜は始まった。



 真夜中の屋敷には恐怖が潜めている。

 静謐に包まれた屋敷内を恐る恐る足音を忍ばせて歩く。

 ミズキは屋敷内を歩きながら、これからのことを考えていた。

 念頭に置くべきは呪術師二人の行動である。そして、屋敷の使用人やクラクの傭兵ら居場所などが打開の一手となる。

 この時間、呪術師ーーメシアはリリィの部屋でリリィを軟禁していた。もう一人の呪術師ーー少女は姿をヘレナに変えて屋敷の使用人であるヘレナとアメリアを武器倉庫に監禁また武器倉庫に魔寄せの魔石なる小道具を設置していたのを思い出す。

 後者については二度の経験ゆえの推測だ。一度目も二度目も、少女が武器倉庫に訪れることを確認している。一度目は武器倉庫で目にし、二度目は屋敷の玄関口にてそういった話をしていた。

 それらのことから、少女が武器倉庫へ行く目的は魔寄せの魔石を置くことにあることが推測できる。その真意はヘレナとアメリアを殺害することにあるとも考察できる。その考察は二度目の夜にて、リリィの中にある加護を醒ますことに関連して考えられたことだ。

 加護に乗っ取られている中、メシアは言っていたーー殺すなと言ったのに殺してしまったのか。また依代を移したとも彼女は言っている。つまり、リリィが死ぬことは加護を目醒めさせることと同意である。だが、それは他の依代ありきだと考えられる。メシアの前述の言葉から察するに、リリィを殺害することに躊躇がある。

 そのため彼女は別の策を立てていた。それがルナリアーー祈祷師の登場だ。

 祈祷師については大分学んだ。加護を崇高し、自身も加護になることを望んでいる人たちのことだ。

 彼女たちの役目は、死者を弔うことにある。そのための施設、教会がありクラクの街にもそれはあった。

 彼女たちは死を弔うのに、唄を歌う。歌詞のない唄で、賛美歌のようなものだ。その様子は一度目の夜にて、アメリアの遺体を前にしてルナリアが屋敷の炎を気にせず歌っていたことからもわかる。

 そして、ルナリアが唄うことこそがメシアのリリィから加護を目醒めさせる方法の一つだ。

 だから、メシアは少女の化ける力を利用し、ヘレナとアメリアを監禁した上でアメリアに化けた少女が王都に祈祷師を呼ぶ手立てを謀っていた。

 しかし、ルナリアは安易に唄を歌わない。そこに死者がいなければ彼女は唄を歌わなかった。二度目の夜に、その模様は伺えた。リリィが眠っている相手では彼女は唄わず、一度目におけるアメリアの遺体を前にして初めて彼女は唄うのだ。

 して、仮説が出来上がる。リリィの中にある加護を醒ますための工程の順序についてだ。

 加護を醒ますにはルナリアの唄が必要。だが、彼女は唄を唄うには遺体が必要。そのために、誰かを殺す必要がある。

 ヘレナとアメリアが監禁されているのは、転じてルナリアの唄のために必要な犠牲なのだろう。だから、魔寄せの魔石で魔獣を呼び出し殺害を試みている。だが、その方法は一度目でも失敗している。結局、ヘレナは片腕を失いながらも逃げるが少女の手によってアメリアは殺害されている。

 そして、二度目ではミズキが二人を逃しその策は封じられたと思われた。が、少女は今度はルバートを殺害しに現れる。それも失敗に終わるがーー総じて加護を醒ますには遺体が必要なのだと考えられた。

 しかし、それを越えたとてリリィが殺されれば加護は依代をミズキに移し醒ますことになる。加護を醒ますことは避けなければならない。加護はクラクを滅ぼしてしまう。

 リリィの中にある加護を目醒めさせない上で、この状況を打開しなければならない。

 その上で一番の問題と言えるのが、少女の存在だ。

 彼女は捕まったはずなのに、腕を失くしてまで追ってきた。彼女の狂乱ぶりは規格外である。

 思えば、ここまでの死はすべて少女が絡んでいる。ミズキは本能的に悟る。死を越えることは、少女に立ち向かうことに同義しているのだと。

 どうやって少女に立ち向かうのか。その考えは浮かばない。

 リリィを連れ出したとしてきっと少女は立ち塞がるだろう。それを越えるための手立てと勇気が必要だ。

 もうリリィを目の前で失いたくない。それがどんなに恐ろしいことかを知った。

 怖くても縋れ。無様だろうと、滑稽だろうと縋ってやる。

 そばにいられるように、願いのような決意が先にある恐怖に立ち向かうための行動力だ。

 きっと綺麗になんか乗り越えられない。主人公らしいことなんて出来ない。

 だから、リリィのそばにいる。その言葉だけを糧に突き進む。それ以上を考えれば進めなくなる。

 屋敷の玄関口に辿り着いたミズキは不意に、リリィの部屋のある二階を一瞥した。

 か細く呟く。

「リリィ……、私、頑張るから……」

 苦しく切ない声が出た。とてもこれから難関に立ち向かう者としては弱々しく未熟だ。

 屋敷を出て始まる。

 弱気で未熟なミズキの、今度は死から逃げるのではない新たな夜の再出発が。 

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