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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
40/107

その果てにある絶望・中


 焼けつくような熱気と、凍りつくような冷気が混ざり合った屋敷内は異質な空間に変わり果てていた。

 辺りは氷柱が散乱し、熱に当てられたそれが水たまりを作っていた。

 元騎士ルバートと呪術師メシアの熱と冷を交えた戦い。その戦いは終わりを迎えようとしていた。

「呆気ないな、騎士を捨てたルバートよ」

 壁際に追い詰められたルバートは、冷徹な笑みを浮かべるメシアに氷柱の剣を向けられていた。

 息を切らすルバート。頭部から血を流し、身体中に傷跡が残っている。どれもメシアから付けられた傷だが、メシアの攻撃はどれも致命傷を狙ったものではなかった。

 メシアは呆れたように面を歪めていう。

「騎士を捨てた加護持ちなど相手にならない。せっかく素敵な加護に愛されているのに勿体ない……、加護が悲しむね」

 嘲笑混じりに口角を歪める。

 傷だらけのルバートと違ってメシアの身体は無傷だ。

 この戦いはメシアにとってあまりにあっけなかったのだ。ルバートは自身の持つ炎の加護で、メシアの作る氷柱に応戦していたが逆にメシアから追い詰められる展開となった。

 その理由が加護の脆弱さだった。ルバートの持つ炎の加護は、加護の中でも主加護とも呼ばれ騎士ならばメシア相手でも善戦できたはずだ。だが、騎士における加護は大きな意味があるのだ。

 騎士にとって加護は受け継ぐものだ。家名と共に継承されるが、ルバートはその家名を捨てている。本来ならば、加護も消えるのだが彼女に憑いている加護は未だルバートのそばを離れていなかった。

 しかし、家名を捨てたルバートに本来ある加護の力は失われてしまっているのだ。

 持ち前の剣技がメシアを退く手立ての一つだったが、早々に手から剣は離れてしまっている。この剣もルバート専用の剣だが、家名を失っている今、その力も脆弱だ。

「くっ……」

 今の己の無力さを嘆くルバート。彼女の周りを漂う加護の光は徐々に弱くなっていた。

「騎士は他者を守るものだが、騎士でなくて良かったな」

 馬鹿にするように口角を上げて笑うメシア。そのまま続けて、氷柱の剣をルバートの首元にあてがっていう。

「傭兵など街や屋敷の入り口を見守るだけの存在ではないか。傭兵に成り下がりクラクでフィロルドの姫を守ろうとするには力がなさすぎる」

 哀れだと言わんばかりに、冷然とした瞳が細まる。

 白銀の長髪を靡かせ、黒色のワンピースを纏った姿はまるで魔女のような風貌だ。魔女だというのに、手に持つのは氷柱で出来た剣で、この戦いでも呪文を唱えたのはほんの僅かだった。

 ルバートは彼女が魔法を多く使わずに、また剣技においての戦いでも敗北を喫している。それも圧倒的にだ。

「皮肉なものだな。騎士であれば守れただろう姫は、ヘルメスの矜恃で害することになる。騎士ならば、姫の近侍になれたかもしれないのになぁ」

 嘲笑うメシア。

 ルバートは力なくとも、鋭く彼女を睨んだ。

「その名をいうな……」

「なんだ? お前にあった家名を聞くのはいやか?」

 と、不適に笑みを浮かべる。

 ルバートは不意に顔を横むけて、虚勢を張るような笑みを刻んだ。

「ヘルメスは関係ない。それにお前は勘違いしている」

 メシアは面を恐べて首を傾げる。

「リリィを守るのは私ではない」

「は?」

 相手はきつく瞳を細めた。

 メシアを誘う怒りが隙を生んだ。構えた氷柱の剣は緩み、ルバートはすかさずその横からすり抜けるように転がり相手から逃げる。

 その方向に落ちていた自身の剣を回収し、ふらつきながらも立ち上がり構えた。

「だから、お前だけはこの私が倒さなければならない!」

「あはははっ、そんな状態でよく言えるなぁ」

 呆れたような物腰で、こちらに悠然と振り向くメシア。彼女は随分な怒りを面に刻んでいた。

「殺してあげるよ、その気に入らない面をさぁ!!」

 メシアの周りに冷気が纏い、その背後の空に無数の氷の刃が顕現する。氷の刃はルバートに標的を合わせて、メシアの持つ氷柱の剣が構えられたのを合図にして飛び出した。

 その時、ルバートの瞳が怪しく光る。周囲に紫色の光が舞い始め剣を構える。すると、飛んできた氷の刃を直進しながら斬り落としていった。

「急に動きが……」

 茫然とするメシア。飛ばした氷の刃全てを斬り落とされた姿は、傷だらけの状態からは想像出来なかったのだ。それに動きが先ほど戦っている時とだいぶ違っていた。

 ルバートは間合いを詰める。

 メシアはすかさず呪文詠唱を開始するが、ルバートの攻撃に間に合わず腹を裂かれた。

「ーーーーっ」

 声にならない叫びが上がる。彼女は前半の戦いにおいて有利であったために油断をしていた。その油断ゆえに、機敏な動きになったルバートの攻撃に防御策を出来てなかった。

 腹を抑え、治癒の魔法をかけようと試みるがそんな余裕はない。すでに背後にはルバートが剣を構え下から振り上げようとしていた。

 一度目の攻撃から学び、メシアは詠唱なしで魔法を発動させる。二度目の攻撃までの間隔があまりないため発動させた魔法は薄い壁だった。

 カキン、と金属が擦れる音が鳴り響いてメシアへの致命傷は避けられる。

 そのまま、メシアは氷のつぶてを空に生み出しルバートにぶつけながら屋敷外へと脱出を試みる。

 背後を一瞥すれば、氷のつぶてを見ずもせずに、こちらを定めて突進するルバートが見受ける。

 メシアが圧倒だと思っていた力の立場は逆転したのだ。

 ルバートにとって、メシアが有利に思う状況は好機だった。相手は永い時を生きる呪術師である。半端なことは出来ない。

 ルバートは騎士としての力は失っている。それと同時に、残った自分の剣技や加護の力を最小限まで封印していた。その理由は決別した家名、ヘルメスの矜恃にあるのだがーーその封印を解くのに多少時間が必要だったのである。

 逃げるメシアを追って、背を斬りつける。その衝撃で、鮮血を散らしながら前のめりに彼女は倒れた。

 倒れたメシアは苦悶を浮かべていた。そして、悔やんでいた。

 仮にも百年以上生き戦ってきた呪術師が、数十年の人生しか過ごしていない騎士でもない者に気圧されるなど屈辱だ。

 彼女がルバートに気圧された要因は彼女自身の慢心と油断。騎士であった者が騎士を捨てた時、どれほど力を失うかを知っておいての失錯だった。ルバートは元騎士だが、騎士時代、騎士の最高位である聖騎士の資格があるほどの実力差であることを失念していた。

「はぁ……騎士崩れがぁっ」

 口調は悪くなりルバートを非難する。

 ルバートの優勢かと思われたが、彼女自身未だ油断せずにいられなかった。

 メシアの油断と慢心がこの状況を作り出しているに過ぎない。それに、封印を外している時間は長くいられない。また前半にメシアから受けたダメージが疲労に直結してそう長く保たないだろう。

 息を切らしながら倒れたメシアの元に近付く。

 メシアは近くルバートに気づくが、うまく立てずにいた。彼女に出来た傷は加護を込められて斬られたものだ。まるで、毒でも塗り込まれたような焼けつく痛みが全身にあったのだ。

 騎士崩れだからと舐めていたメシアは後悔する。が、その瞳に敗北するなどという意志はなかった。

 ルバートが近付く中、彼女は不敵に笑っていたのだ。

 その最中、ルバートは足を止めた。同時に、メシアさえも不敵な笑みを止め疑いある面になる。

 メシアは思う。ルバートは迷わず止めを刺してくるのだろう、と。だが、それを躊躇したのは不自然である。

 メシアが動けない身体にイラつく中、ルバートは震えた声でいった。

「ミズキか……?」

 ルバートの前に、突如ミズキが現れたのだ。

 屋敷から出てミズキを視認した瞬間、ルバートは周囲の異変に気づく。正面の森が燃えていたのだ。

 それだけではない。この場所に現れたミズキの姿、その様子が変だった。

 ミズキは素朴な顔つきで自身なさげな面が特徴的だ。瞳も弱々しく後ろ向きなそれは、今は冷徹な瞳になっていた。

 彼女は衣服を着てなかった。裸足のままここまで歩いてきたのだろう。

 裏道の方へ馬竜の車に乗ってルナリアとリリィと共に逃げたはずだが、彼女は裸でここに戻ってきた。だとしたら、燃えている森の方から歩いてきているのに彼女の身体はどこも焦げていない。

 雰囲気からして別人のミズキ。ルバートは真っ先に彼女の正体を察した。

 その要因として、ミズキの首元にあるはずのローヤルチョーカーがないことが決めてだった。

 ルバートは一瞬だけ悲しそうな面差しをする。そして、小さくか細く呟く。

「リリィ……」

 唇を強く噛み締める。

「ああ……、熾加護しかごが目覚めているじゃないか。フィロルドの姫に憑いているものだと思っていたが……いや、依代を移っただけか」

 メシアが地べたに這いながら嬉々としていう。望んでいたものが目の前にいることで彼女の目はぎらついていた。

「殺すなと言ったのに殺してしまったのか。まあいい、近くに依代がいたのなら結果的に、な」

 メシアは呟くようにいって、ゆっくりとふらつきながら立ち上がる。痛みを極限まで我慢し、無理やり立ったのだ。

 息が荒くなる。それでも、目の前には自分の求めていたものがいる。そこに望みがあるから身体の痛みを無視できていた。

 だがーーそれは望み通りになるものではなかった。

 神々しいと思えたそれは右手をこちらに向けてきた。メシアは答えるように、両手を差し出す。すると、それは屈託に吐き捨てた。

『おまえじゃない』

 呆気に取られたその瞬間、メシアの身体が発火する。

 熱は感じない。だが、手のひらを見ると溶けて黒くちりになっているのがわかった。

 メシアは裏切られた気持ちでその相手を見据えた。相手は無表情で、赤い瞳を向けている。まるで、自分に何の興味もないような無垢な瞳だ。

 メシアの身体は溶けて黒くちりになっていく。まだ生きているかもわからない状態だ。思慮だけが残り、彼女の周囲に氷柱が作られその相手に攻撃する。が、その最後の攻撃さえ相手に近付くことなく消滅した。

 側から緊張感を持って見ていたルバートが息を呑む。

 次はルバートだと言わんばかりに、その相手はこちらに赤い双眸を向けてきた。

「ミズキ、目を覚ませっ!」

 声を大にして叫ぶ。だが、目の前の相手は答えない。

 姿はミズキだが、その様子は全くの別人。ルバートはすでに脅威を感じ取っていた。

「君はリリィのそばにいると決めたのだろう?! 加護に乗っ取られてどうする!?」

 説得するような言葉。それは目の前にいる相手、その中にいるミズキに語りかけているものだ。

 加護とは思い。亡くなった人物の思いから生まれるものだ。思いが強い加護ほど、生者は乗っ取られる。

 そもそも加護自体、取り憑く相手を選ぶ。それこそ選ばれた人物にしか取り憑かない。ミズキに取り憑いた加護が、ミズキを選び取り憑くことは想定していた。

 ミズキは異人だ。異人は多くの強い思いを引き付けるという話をルバートは知っていた。だから、彼女がフィロルドが持て余す加護にさえ愛されるのは想像の範囲内だった。

 しかし、悩ましい。精神論で訴えかけるが、ミズキ自身が出てきそうな気配はない。想定していたとはいえ、状況を改善させる策はない。

 ルバートに加護を相手取る器量はないのだ。クラクの屋敷でいえば、ルラならば相手できるだろうが彼女は扉の中に封印されている。

 メシアが消えた今、封印は解除されるだろうがある程度の時間がかかるだろう。

 それまで持ち堪える自信はない。ならば、次にかけるしかあるまい。

 ルバートの中で方針が定まり、面に微笑を刻む。

「ミズキ、君にしかできないことだ……」

 聞こえているかどうかはわからない。それでも、伝わっていることを信じるしかない。

 彼女にしかできないこと。正直、死の加護の力などルバートは未だ半信半疑である。その力の詳細は曖昧で、憶測の域を出ないものだ。

 だが、本当に次があるのならばその憶測にかけ確認する必要がある。

「……もし君が再びこの場所に戻ってきたら私に言ってくれ」

 緊張を張り詰めさせていう。

「私はマリアを永遠に愛している、と」

 次の瞬間、ルバートの身体から発火が始まる。

 燃えているのに、熱いという感覚はなく死ぬというよりは眠りに近しい感覚だ。

 いつ眠りにつくのか。最後に、ミズキに言い残せるくらいの余力はあるのか。

 そう思っていると、自然と言葉は急ぐように出た。

「死から逃げようと思うな。後ろ向きになるな」

 もはや願いに近い語りかけだ。目の前のミズキの見た目をした加護は冷徹な瞳をしている。

 それでも、言葉が続く限り続ける。

「怖いと思う。君はずっとそういう顔をしている。だが、怖くて当たり前だ」

 眠気が強くなる。それは死期が迫っていることを意味している。せめて、この言葉の終わりまで持ってくれと願う。

「人は怖くても進もうとするものだ。でも、孤独だと思う人間は恐怖が枷になって進めないのだ。進むには誰かの思いが必要だ……」

 もうじき消える。目の前の相手はじっとこちらを見ている。まるでこの言葉の終わりを待っているかのようだ。

ーー聞こえているだろうか、ミズキ。

 ルバートは消える瞬間、最後に儚い笑みを見せて言いおさめる。

「リリィを信じろ。私を信じろ。私もリリィも君を信じている」

 そう言ってルバートは塵となって消えていった。

 ルバートが塵となったのを皮切りに、辺りは火の海に様変わりする。

 火は伝播していき、このクラクの街を塵としていく。

 たった一人がクラクを崩壊させていった。一人というよりは、クラクが隠していた強大な加護一つ。

 加護に取り込まれたその顔は無表情で、まるで世界を俯瞰したように見下ろしていた。

 だが、ルバートが消えた瞬間だけ、その瞳に涙が流れほおを伝った。一瞬だけ、加護の顔は消え恐怖で支配された面が刻まれたのだ。

 ミズキは身体こそ乗っ取られたが、意識はそこにあった。目の前で知っている人物が塵となって消えていく姿を目撃している。

 怖い、怖い、その思いとルバートから語りかけられた言葉から一瞬だけ自分を取り戻した。

 けれども、すぐに加護はミズキの身体を支配する。

 加護はクラクを焼き尽くそうとしている。屋敷も森も、街までも。

 ミズキは絶望の中で、この終わりを眺めることしかできなかった。

いつも閲覧ありがとうございます!

ブクマもありがとうです!


誤字報告ありがとうございました!

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