クラクの宮殿・1
瞳は小さな顔に綺麗に収まるほどに大きく、鼻も高い。唇なんかは薄紅で彩られ鏡で見ている私でさえ見惚れるほどだ――あれ? 私ってナルシストなのかな。
ミズキ――は甲冑が標準装備のイケメン女のルバート・エリザベスがつけた名前。記憶喪失に苛まれた私は鏡を前にしてにらめっこしていた。
鏡の中にいる美少女。絵に描いたような美少女。それも童顔で、背丈も、雰囲気も女の子らしい風体でこれが私であることさえ信じられない。正直、鏡を見ている感覚というよりは絵画に魅了されているじ。
純朴そうな瞳が自分の身体を鏡をじっと見て確かめるが自覚とはそう簡単にいかないものだ。
とりあえずと言われ着替えさせられた使用人の服装が実に似合っている。いわゆるエプロンドレスなるもので、膝丈まで垂らしたスカートが奥ゆかしい美少女を演出させている。
何より、
「……これ、外れないんだ」
鏡の中の私は自然と手先を首元に伸ばしていた。首に巻かれている首輪もといチョーカー。
確か『ローヤルチョーカー』なんて言っていたか。人を強制的に従わせる宝物。宝物っていうのは特別な力を持った道具のことらしいけど、あの姫様初対面相手にこんなもの仕掛けるなんて……。
記憶がないにしろ。姫様の勝手な態度には惑うばかりだ。できれば反抗因子を見せてやりたいところだけど、この首輪の手前きっともうかなわないことなんだろう。
めいっぱい大きなため息を吐いた。
前途多難な私の人生――といっても記憶がハッキリしていない現状じゃまだ一日もない人生に多難もないんだけど。
記憶を失くし、初対面の美少女に奴隷にされる人生って、
「どんだけ面白い展開なんだか……」
軽い本でもかけそうな内容だ。もっとも私に文才があればの話なんだけどね。そもそも、文才があればこんな展開になってないだろうけど。
と、肩透かしになって憂いているところで部屋のノックが三度響く。
短い返事をすると、部屋の戸から人が入ってきた。
「失礼します」
丁重な様相で入室来たのは清潭な振る舞いをした使用人の女性だ。
確かクラクの宮殿に最初来たときに迎えに来た女性が彼女だった気がする。その時は気にしていなかったけど……。
(十七歳くらい……?)
非常に若い風貌だ。こんな絢爛な宮殿もといお屋敷に勤める使用人にしてはギャップがありすぎる。なのに、長年勤めたような貫禄を黒目が伝えてくれている。
「どうかしましたか?」
「え、いや、別に……」
思わず見蕩れてしまった視線を隠すよう逸らした。なに、女性相手に見蕩れてるんだ……。多分、このチョーカーのせいだ。
そう自分を言いくるめ、しっかりとした眼差しで凛とした使用人の彼女へと向き直った。
「はあ……」
呆れられたようなため息。凛然とした様相からは、なんだか罵られているような錯覚を覚える。……いや、あの姫様の足舐めたせいでMプレイに注意深くなっているだけだ、のはず。
微笑を刻んで誤魔化すと、すっと彼女は凛々しい黒目で視線を合わせてきた。
「まあいいです。ミズキ、あなたの話はフィロルド様から伺ってます。これからフィロルド様の奴隷を勤める前に、この宮殿に住まうのだから使用人として働いてもらいます」
「は、はい」
事前にルバートから聞かされたことだ。奴隷がどういった役目かは分からないけど、ここに住まわせる以上使用人として雇ってくれる話だ。
記憶もなく、身元も不明な私にこうした優遇をされるのは願ってもないことだ。なんだか上手すぎる話でもあるんだけど、人の厚意を素直に受けるのも必要なことだ。何しろ、私には一人でどうこうできる要領も器量もない。
「ですので、まずクラクの宮殿を中をご案内します」
そういって彼女はくるぶしを返して私を誘ってきた。
一つ返事で彼女の後ろを追っていく。早速、このバカでかい宮殿を拝見できることにワクワクしていた。