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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
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死からは逃げられない


 心音が高鳴る、早まるーーそんな気がした。

「ーーっ」

 屋敷出入口の前に止めてる馬竜の車の前でミズキは突如足を止めた。

 それを不審に思ったルナリアが、後ろでミズキを背負うリリィを支えながら問いかける。

「どうしましたかぁ?」

「い、いや、なんでも……」

 自分でもわからない。突然、心臓が締め付けれるような緊張が身体を襲った。病的なものではなく本能的なもののような、またどこかで似た経験があったように感じた。

 ミズキはそれを首を振って忘れようとする。今は、とかく目先のことを果たさなければならない。

「あのこれで本当に王都へ行けるの……?」

 ミズキは後方にいるルナリアに確認をとるようにいう。

「あなた馬竜を知らないんですかぁ?」

 普通に確認を取っているはずなのに、返ってきたのは嘲るような笑みだった。

 一瞬、腹立たしくなるがそれを抑える。

 馬竜を使って王都へ行こうと提案したのはルナリアだ。屋敷を出てから、行先として彼女が場所と手段を提案してくれた。

 王都へ行き直接救援を要請する流れを彼女は提案してくれたに関わらず、ミズキを嘲る様子は相変わらずだ。

 呆気に取られ見つめていると、仕方のない子供をみるような眼差しで質問の内容に答えた。

「馬竜はとても賢いのですよ。一度道を覚えさせれば自分一人で帰られるくらいは賢いですぅ。それにちゃんと人の指示も聞いてくれますしぃ」

「そうなんだ……」

 上から語る仕草が気になったが、気にしない事にする。

 ルナリアは修道服を着ていることもあって、教会の信徒であるのだろうがその態度は依然らしくない。こんな人を小馬鹿にする信徒がいるなんて、この世界ではその概念が大分崩される。

 ルナリアの態度には戸惑ってしまうが、今はここから脱出するのが先決である。

 二人でリリィを馬竜の引く車にゆっくり乗せる。乗車口は御者台の正面からしかなく、一度御者台の上に一人上がってそこからリリィを引き上げるように上げてから車の方に入れた。車の中は備え付けの椅子やランプとかなり質素であり、眠っているリリィを寝かすには不十分である。だが、贅沢は言っていられない。

 長椅子に丁度収まって横たわるリリィの寝顔を見てミズキは神妙な面差しになった。

 このまま何事もなく王都へたどり着けますように、なんて儚い願望を胸にひめる。

「それじゃあ行きますよぉ」

 拍子抜けの声が御者台から聞こえる。

 ミズキが返事をすると、馬竜は小さく鼻息を鳴らして車を引き始めた。初動にがたんと揺れる。ミズキはリリィが長椅子から転がり落ちないように見張りながら馬竜の車は王都へと進み始めた。

 王都への裏道は以前来た時と変わらず薄気味悪い道だった。

「……魔獣に襲われないのかな」

 ミズキは御者台に近い車内の椅子に座ってポツリと不安を呟いた。

「あなた何も知らないんですねぇ」

 外の御者台に座っているルナリアは必ず一言目には馬鹿にしたように話をしてくる。そして、その後に、彼女は簡潔に語ってくれた。

「馬竜自体に魔除の効力があるのですよぉ。魔獣たちは馬竜の足音や匂いだけで逃げるくらい苦手なんですぅ」

「そ、そう……」

 ルナリアは付き人として騎士を一人つけて来ていた。その騎士は頼りない酩酊の騎士たる忌み名を持つギルバートだが、彼女は今回も道中で落車している。その旨を聞いたところ、ルナリアが嘲笑を含ませて話していた。

 ギルバートがいなくとも裏道を通ってきていることを考えると、馬竜に魔除の効力があるのは本当だろう。

「でもぉ、裏道とはいえ結界張られている思いますからそんな心配しなくていいと思うんですけどねぇ」

 ルナリアは呑気なことをいう。

 ミズキは知っている。裏道で魔獣に遭遇したことを。そして、結界が弱くなっていることを。

 彼女の言葉が逆に不安を煽った。正面の椅子に寝かせているリリィの寝顔を見る。つくづく綺麗な顔立ちで、姫と呼ばれるのに相応しい面持ちだ。

 リリィは眠っているがいつ目を覚ますのだろうか。リリィが眠っている状態は、前回もそうだった。その時、ルナリアが呪術師の魔法にかかっていると説明していたが。

「リリィはどうして目を覚まさないの?」

 ミズキはルナリアに前回と同じようなことを問う。

 返ってくるのは相変わらずな嘆息であったが、彼女は答えてくれる。

「これは魔術の類でしょうねぇ。魔法薬や宝物の可能性も考えられますけど、微かに魔力を感じますからぁ」

「ルナリアって魔法使えるの?」

「いいえ?」

 と、彼女は否定する。

 前回において、真っ先に魔法の力が掛かっていると断言していたのは魔力を感じる力ゆえのことだと合点がゆく。だが、魔力を感じるのと魔法が使えるのは別のようだ。

 肩透かしを食らったみたいに、項垂れる。彼女が魔法を使えればなんて考えたが、そもそも前回でも魔法が使えるようなことは言ってなかった。

 落ち込むミズキを御者台からこちらを覗き込むルナリアがいう。

「あなたが使えばいいじゃないですかぁ」

「え? 私が? む、無理だよ……」

 この世界に来て魔法を教えてもらったことないし、魔法の使い方、概念すら判然としない。そんな状態じゃ当然魔法を使うなんて無理だと思う。

 しかし、ルナリアは純粋なキラキラとした瞳を向けて率直に言ってきたり

「無理かどうか試したらわかりますよぉ。魔法は適正ですからぁ」

「で、でも、どうすれば……」

 そう悩むルナリアが微笑を刻んでいう。

「イメージですよぉ、後はイメージしやすいように呪文を口述するのですぅ」

 と、彼女は対象に手のひらを向け唱えて見てくださいと促してくる。

 そう簡単にうまくいくものか。疑心になるが、ルナリアの言った通りにまず手のひらをリリィのほうにかざした。

「え、えと、呪文は?」

 肝心な呪文がわからない。

 ルナリアは悩むふりをするが、瞳だけが笑った風をして誤魔化した。どうやら振るだけ振っといて肝心な部分を知らないようだ。

 そこがわからないとどうしようもないんだけど、と言いたげな眼差しをするミズキ。と、ミズキはふと天命が降りてきたみたいに思い出す。

 ミズキがリリィに命令され足を舐めさせられていた時に、その解除のためにルバートが魔法らしき呪文を唱えていた。

 確か、とリリィが目覚める姿をイメージする。そして、その文言を口にした。

「サバー」

 すると、淡い光が手のひらとミズキの間で生まれリリィの中に吸い込まれる。

「う、うーん……」

 その効果は即効で、リリィはうわごとを口にした。目を覚ましたようだ。

「や、やった! ルナリア、目が覚めたよ!!」

 その時だった。嬉々としてリリィが目覚めたことをルナリアに報告しようとした時、突如馬竜の車が大きく揺れた。

 揺れる車内でミズキは体勢を崩した。リリィを庇う余裕もなかった。長椅子で横たわっていたリリィも揺れの影響から覚醒するが、揺れに対処できず椅子から転げ落ちた。

「何なの?」

「リリィ……! 良かった……」

 と、車内の揺れを確認する前にリリィの安否を伺う。リリィは目の前にミズキがいるのが驚いたのか目を白黒させていた。

「どうしてミズキが……、それにここは……?」

 戸惑うリリィ。

 今すぐに状況を説明しなければならないだろうが、ミズキは今一番車内の揺れが気になった。

「リリィはそこにいて……」

 不安な声色で指示を仰ぐ。リリィは当惑気味であったが、上体を起こして長椅子に座った。

 さて、先ほどと突如襲われた車内の揺れ。ミズキは御者台にいるルナリアに確認をとるために、出入口となっているカーテンを引こうとした。

 すると、ポツリ。頬に生暖かい水滴がかかる。

 カーテンの隙間、その外からその水滴はかかった。

 ミズキは本能的に青ざめた。指先が震えながらその水滴に触れる。そして、目で見る。指先についた水滴は赤い血だった。

「どうしたのミズキ?」

 リリィが真っ青になったミズキの顔を心配していう。

 ミズキは声を震わせていう。

「そ、そこにいて……」

 そう言って一人御者台へと出た。そこには胸元を貫かれたルナリアが空に浮いていた。

「ああ……私は、尊き加護になれますかぁ?」

 か細く消え入りそうな声が祈りを込めて呟く。その呟きに、彼女を貫いた奇妙な両腕をした者が吐き捨てるようにいった。

「知らないねぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 その者は長く伸びた腕で貫いたそれを素早く引き抜いた。

 ルナリアはびくりと震えながら宙から地へと叩きつけられる。地に吐血をぶちまけるが、彼女の目は白目を剥いてすでに生気を失っていた。

 ミズキは嘔吐感を手で抑える。そして、突如馬竜の前に現れた者をしっかりと見る。その者はミズキの知る人物だった。

「な、なんであなたがここにいるの……」

 その者は変わり果てた姿をしていた。

 名前はない。ただ少女と認知された少女。その面持ちの素顔は以前見たものと変わらない。目はそれほど大きくなく、鼻も整っているわけではない。紫色の唇と手入れされずに伸びきった白い髪。それだけでも不気味なのに、無表情だったのが彼女だった。なのに、彼女は憤怒を装った情を面に広げていた。

 それだけではない。両腕は失くなり代わりに黒に近い炎のような靄が腕のように呈している。それは伸ばすことも鋭くすることもできるようで、強力な凶器と化したそれでルナリアを貫いた。

 少女は憤怒に笑みを混えていう。

「どうしてだろうねぇ??????????」

 少女の圧にミズキの震えは止まない。

 怖くて怖くて、少女の顔をまともに見れない。

 辺りは血の匂いがする。むせ返るようで気持ちが悪い。

 馬竜は首を跳ね飛ばされ目の前で転がっている。ルナリアは胸を突かれ辺りに鮮血を撒き散らして死んでしまった。

 たった一瞬の出来事で、今この場は狂気と化していた。

 少女がどうやって一本木の場所から抜け出してきたのかわからないが、目の前にいる事実にミズキはただただ戸惑い恐怖するしかない。

 そして、自覚する。

 死からは逃れられないのだと。

 少女は狂気と憤怒を織り交ぜた笑みでミズキを見据えていた。

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