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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
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屋敷からの脱出


 睨む合うルバートと呪術師メシア。屋敷のエントランスは緊迫していた。

 その間で当惑するミズキと、マイペースで緊張感のかけらもないルナリアがいる。屋敷内は妙な雰囲気に包まれていた。

「ミズキ! リリィを連れて早くここから逃げろ!」

 戸惑っているミズキにルバートが叫び声がかかる。硬直していたミズキだったが、ルバートの声で覚されて無理やり身体を動かす。

「そのようなことをさせると思っているのかーー」

 と、顔を歪ませたメシアが右手に青白い光を纏わせてミズキの方に向けるがルバートがそれを遮った。

「貴様はこの私が相手すると言っているだろう!」

 ミズキとメシアの間に入ったルバートは、捉えきれない早口で詠唱する。すると、メシアの周りに金色の透明な壁が囲む。

「防護魔法ですか……」

 メシアはポツリと呟く。彼女はそれを確認して、ルバートと同じように通常の言語とは違う言葉で詠唱する。彼女の詠唱が終えると、ルバートの作り出した障壁はガラスのように砕けて失くなった。

「加護や剣技だけでなく魔術も使えるなんて、つくづく面倒な相手……」

 彼女は眠らせたリリィの方と、それに近づこうとするミズキの方を一瞥するが、ルバートの睨みがその余裕を奪う。

 メシアは一考し、ルバートの方に向き直った。

「お前は殺しておくべきだった」

「殺しておくべきだった? 殺せなかったんだろう?」

 ルバートの煽動的な言葉に、メシアは眉間にシワを寄せた。

「一々癇に障る……。冷静になるべきだろうが……、お前の挑発に乗ってやるよ!!」

 瞬間、メシアの周りの空気が凍てつく。彼女の周りだけ温度が変わり、空気中の水分は結晶になって床に落ちる。

 メシアの冷徹な眼差しはルバートの方だけを注視している。ルバートの思惑通りと言ったところだ。

 ルバートもメシアの熱意に当てられ、凜然とした面差しを向ける。剣を腰の鞘から抜き取り構える。彼女の周りに、赤白い明かりが舞い始め戦闘態勢をとった。

 それを横目に、ミズキはリリィの元へと急ぐ。

 リリィは正面玄関から見える彫像に縛り付けられている。見たところ死んでいるような感じではなく眠っているような姿だ。

 あの彫像、前回ではアメリアの死体が張り付けられていたのを思い出す。不意に、それが過ぎって胸が苦しくなる。それを振り払って、リリィの元へと近づいた。

「リリィ!」

 眠っているリリィの前で、彼女の名前を不安げに呼ぶが当然返答はない。近くにきて確信するが、彼女は眠っていた。小さな鼻息が聞こえていたのだ。

 揺さぶったり、呼び掛けたりするが起きる気配はない。

 ひとまず、彫像から下すために縛り付けている縄をほどきはじめる。かなりきつく縛られているようで、焦燥にかられているミズキは大分手間取っていた。

 そんなミズキを側から眺めている人物がいた。

「要領の悪い使用人ですねぇ」

 修道服を着ている女性、ルナリアだ。

 目はキラキラしているが、どこか退屈そうにミズキが必死にリリィを助けようとする姿を傍観していた。

「み、見てないで手伝ってよ!」

 ミズキは藁にもすがる思いで頼み込むが、ルナリアは面を歪め首を振る。

「どうしてそんなことをしないといけないのですかぁ?」

「どうしてって……」

 状況を見れば判断つく。普通の人なら、縛られている人を前にしてそれを解かない訳が無い。無論、それは普通ならばの定義である。ミズキはルナリアが普通の人ではないことを知っている。

 燃え盛る屋敷の中で、アメリアの死体を前にしてただただ賛美歌を唄う彼女の姿を。死を慈しむだけの姿を。

 不意に、背筋がぞくりと震える。彼女の言い様は、まるで自然の流れのままにと言いたげなそれだ。その姿勢は、まさに前回でおける死を自然に受け入れようとするルナリアと重なる。

 戸惑いながらルナリアを無視するように視線をそらす。再びリリィを縛る縄に手をかけ解こうと錯誤する。

 不器用ながらも錯誤した結果、縄は解けたが、そのままだとリリィが倒れることを想定できておらずリリィは縄の支えがなくなると同時にうつ伏せで床に倒れてしまう。

「あ、リリィ、ごめん……」

 と、意識のない相手に謝るミズキ。この衝撃で起きてくれればなんて無粋なことが一瞬過ぎったけれど、リリィはそれでも目を覚ました様子もなく小さな鼻息を立てていた。

 なんとなく安堵するミズキ。すると、側から傍観しているルナリアが嘲笑していた。

「あはは、あなた本当にここの使用人ですかぁ? 動きは鈍いし、要領も悪く見えますけどぉ」

「し、仕方ないよ! だって、入ったばかりなんだからっ」

 最もらしい言い訳をする。入ったばかりなのは事実だが、使用人としてまともに動いていないためその姿勢がたどたどしいのは仕方がない。

 ルナリアの洞察は的を得ている。キラキラした瞳をしていながら人を見る目はあるようだ。

 しかし、今はここで狼狽ている場合ではない。

 すぐそばでは、ルバートとメシアが戦いを始めている。

 不意に、そちらに視線を向けてみればその状況の激しさが垣間見える。

 メシアは氷の力を使い、ルバートは炎の力を使っている。お互い反する力を使いぶつけ合っている。またルバートが剣を構え振りかざせば、メシアは氷の剣を作り出して対抗していた。そうやって、彼女達はこちら側に目もくれる暇もないほど戦いに熱中している。

 ルバートが作ってくれた隙だ。不器用でもなんでも、とにかくリリィをここから連れ出さなければならない。

 ミズキは床に倒れたリリィをおぶる。肩に手を回して、踏ん張ってリリィを背負う。

 思った以上に重く、ミズキはふらつきながら歩き出す。だが、思うように距離は進まない。屋敷の扉までの距離が遠く感じてしまう。

 でも、ミズキは頑張ろうとしていた。

 耳元にリリィの鼻息が当たる。リリィの温もりを全身が感じていた。

 リリィの寂しそうな顔が脳裏でチラつく。クラクの話をしていた時も、屋敷から逃してくれていた時もしていた寂しい顔を。

 ミズキの顔から恐怖は消えない。死ぬのは怖い。かと言って自分でどうにかする勇気もない。そういう矛盾を抱えた少女だ。自らが為そうとしなかったことを他者の責任に転換するような難儀な性格である。

 ミズキは自覚こそないが変わろうとしていた。

 ルバートに糾弾し思いの丈を吐いた今、変わろうと錯誤している。人はすぐには変われない。そう思っているからこそミズキが無自覚にも変わろうとする姿は不器用である。

 すでに変わっているのならば、きっと物語の主人公のように勇敢に立ち向かうだろう。恐怖の面などしないはずである。

 ミズキはそうではないから、今の状況はとても怖いし、足は震える。怖さは隠せない。それでも動こうとする足が変わろうとする片鱗なのである。

 とはいえ、体力のないミズキはこのままリリィを背負って屋敷の出口にたどり着くのに時間がかかる。それどころか体力ないあまりに、途中で倒れる可能性だってある。

 必死な心境とは裏腹に身体は思うようにいかない。リリィを背負って歩けるほどの体力がない自分を恨む。

 体力の無さに懊悩としていると、途端にリリィが軽くなった気がした。

 視線だけを後ろにやると、ルナリアが瞳を面倒そうに細めながらもリリィの身体を支えてくれていた。

「ど、どうして……?」

 彫像に縛られていたリリィを助けることはしなかったのに、突然の心変わりに当惑する。

 ルナリアは呆れたように息を吐いていう。

「見てられないのですぅ。手助けするのはエステルの信仰に反するのですけど、フィロルド相手ならエステルも見逃してくれるかもしれませんしぃ」

 彼女は心底面倒そうな口ぶりでいう。

 けれども、態度は悪くとも手伝ってくれるそうだ。ミズキが小さくお礼をいうと、返ってきたのは嘲笑だったがこれで屋敷を出ることができる。

 屋敷内で、壮絶な戦いを繰り広げているルバートとメシアを横目に、ミズキはルナリアに助けられながらリリィを背負い屋敷を脱した。

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