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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
34/107

ルバートの行方


 クラクの街、その教会下にある壕での会議を終えて屋敷の使用人と傭兵たちはそれぞれの役割についた。

 役割は三つに別れている。

 一つは街の壕で待機し警護する役。住民の安全確保のため、ここに一番人員は割かれた。アメリア、ササキ、ササキの率いる傭兵二人が残る事になった。

 もう一つは結界の欠損の発見と補填を行う役。結界の欠損箇所と補填を行うのは屋敷の使用人であるハナしかできないが、現地に行って補填を行わなければいけない部分があるためにハナ以外も欠損箇所に向かう人員を確保する子になった。そのために、アルマとササキ率いる傭兵の中から気弱なツインテールの子が選ばれた。

 そして、最後にルバート捜索と屋敷に残ったリリィ奪還の任。それはヘレナの申し出により彼女が請負った。最も重要な任だ。

 その任に、ミズキも含まれている。

 ミズキ本人の意思としては、一番安全そうな壕に残るのが最善だという思惑があったわけだがヘレナの誘いの圧に逃げられず彼女に同行する事になった。

「気をつけてくださいね……」

 憂いた表情のアメリアに見送られ、再び地上に戻ったヘレナとミズキ。

 ヘレナは相変わらず無表情かつ淡々とお辞儀をして、ルバートを探しリリィを連れて戻ると言った。

 ミズキの中に不安を残したまま、ルバート捜索へと出たのであった。

 壕を抜け、教会から出ると月夜の灯りが出迎える。一瞬、眩むがすぐに目は慣れて街の方を見た。

 当然、住民のいない街は暗く静かで閑散としている。人気のなさを装うため外灯も消されており、より夜に沈むような没入感があった。

 ヘレナとミズキはこれからルバート捜索に乗り出すわけだが、当てなどない。

 会議の際に、ルバートの行動経緯を確認されたが彼女がミズキを屋敷に連れてきてからの行動はさっぱりだという話だ。アメリアや他の者が総じていうように、昨日から行方を掴めていない。

 ルバートが遠出している可能性もあげられたが、屋敷仕えの傭兵がその旨を誰にも伝えずに出るはずもなく手掛かりとなる情報は振り出しに戻った。つまり、手がかりはないに等しく、呪術師に捕まっているとしてもその場所を探す手立てがない。

 まさに八方塞がりの状況だ。街に出てきたとて、探すにも途方もない事だ。

 そんな難題に、ヘレナはミズキを指名したわけだがミズキ本人は役に立てそうにないと思っていた。

 ヘレナはミズキの直感を役に立つと言ったが、ミズキの直感は前回見たことをそのまま言っているため、今回のことでは彼女の期待に答えられそうにない。

 クラクの街の中心に入ったところで、ヘレナはミズキに訊ねて来た。

「どこか思い当たるところはありますか?」

「え……、えと……」

 彼女はミズキの直感を頼りにしているだろうが、ミズキはそう訊ねられところで答えに戸惑う。

 直感云々以前に、ミズキはこの辺りの地理をほとんど知らない。屋敷や街は何度か案内された記憶があるけれど、その何度かについては同一日における繰り返しに他ならない。そのため、案内された場所は似たり寄ったりで、買い物ついでの街案内という内容であったため行方を眩ませそうな場所なんて知るはずもない。

 チラリと彼女の顔を見ると、無表情のくせに瞳がじっと期待を乗せて見ているのに感じた。

 答えに悩むミズキ。考えに考え、ミズキは口走って思いついたことを言った。

「丘、とか?」

 疑問形で口走る。自分でも考えるより先に出た言葉は理解できなかった。

 当然、ヘレナは首を傾げる。

「丘とは?」

「えーと……」

 また思慮に陥る。丘という単語が自分の口から出た事に驚いていることもあって、思慮は難航する。が、再び考えより先にまるで口先が情景をフラッシュバックするかのように呟く。

「一本木……」

 急に震えがする。身が竦む思いがする。丘と一本木。その場所は……。

「……丘、一本木。教会とは反対側のところですね」

 ヘレナがその方向に視線を向ける。

 丁度、街のひらけた場所にいたヘレナたちはここから丘の上にある一本木が月夜の灯りもあって遠くにあるのが見えた。

「あ、あそこは……」

 ミズキは途端に怖くなる。なぜなら、あの場所は何度も死んだ場所だからである。

 ヘレナはミズキの恐怖に戦いた表情を気になったが、それを手がかりだと踏んだ。

 これもミズキの直感だと信じて、ヘレナはいう。

「何かあるんですね?」

「い、いや、あそこは……」

 戸惑うミズキ。ヘレナは一瞬、考えフリをしてから決断する。

「行きましょう。少しでも気になる場所には行くべきです」

「え、いや……」

「大丈夫です。ミズキは私が守りますよ」

 ヘレナにそう言われ抵抗は弱くなる。そのまま彼女に手を引かれ丘の方へと向かった。




 丘にくると月の灯りが一層強く感じる気がした。

 二つの月が丘とその上にそびえたつ一本木を怪しく照らしていた。

 ミズキにとって死の感じる場所だ。何度もここで殺された記憶が残っている。唐突に思い出された時より発狂することはないが、気味の悪いところであるのは間違いない。

 ミズキは今、再びその場所に来ていた。

 ここに来たもののルバートらしい気配はない。ミズキはおどおどしていて上手く周りを把握しておらず、ヘレナは丘周辺を捜索していた。

 ミズキは一本木の方を見ていた。この一本木は何度も殺されたあの日において、身体を縛られた場所だ。ここで痛ぶられとてつもない苦痛を味わった。

 一本木を見ただけで身が凍るようだ。ここは最悪。恐怖の権化でしかない。

 虚になりそうな瞳が、一本木の幹に鎖が巻かれているの気づいた。巻かれているというよりは巻かれてあったような、鎖は切られてそこにあった。

 なぜだか違和感のある鎖。この鎖はミズキを縛っていたものとおそらく同じだ。けれども、今回ミズキは一本木に来たのは初めてだ。

 誰かを縛るために鎖があるとしたならば、切られているのはおかしい。ミズキの瞳は徐々に覚醒して、思慮が定まっていく。

 ここにミズキが縛られていなければ、他の誰かが縛られていた事になる。それは、つまり……。

「なぁにしてんのさぁ!!」

「ひっ……」 

 考えに耽っていたせいで後ろの気配に気づかなかった。狂った叫びと共に襲い掛かる第三者に。

 叫びと共に、振り下ろされた短刀。その獲物の姿を目にする事なく死期が過ぎる。と、叫びの次に金属の擦れる音が響いた。

「なんだぁ、居たんだぁ。とっくに逃げたのかと思ったよぉ!!」

「あいにく、張っていただけだよ。君の気配を感じたからね」

 凜然とした声。それでいて冷静だ。ミズキが振り向くとそこには騎士のような風格を纏った女性が金色の髪を靡かせていた。

 ミズキは恐る恐る呟く。

「……ルバート」

「悪いね……ミズキ……」

 ミズキの瞳に、ルバートの物憂げな横顔が映る。

 瞬間、ルバートは相手の刺突を一瞥だけで身体を交わして相手の持つ短刀を手で弾き落とした。

 相手の怯みを逃さず回し蹴りで退る。相手はかろうじて、よろけながらも倒れずにルバートの方を睨んだ。

「なんで、なんで、なんで、なんで、なんでぇぇぇぇ、お前はぁ、動けているんだよぉぉ!!」

 定まらない情を面に広げる相手。その相手はルバートのような顔をしているが、溶けたように歪んでいる。

 彼女は名前のない少女と自ら名乗っていた呪術師だ。その素顔は情というものを取り払った仮面のようなものだ。

 素顔でない時は、一切定まらない口調で子供のように叫び狂う。

 その狂いようは、ミズキのイメージする呪術師にぴったりであるが実際に対面するとどれほど恐ろしい存在かがわかる。

 ミズキにとって、名前のない少女は何度も殺された相手でもあるからだ。

「全く品がない。こんなのが私に化けていたのか……」

 本物のルバートが嘆くように言い放つ。そして、悔やむように言葉を続ける。

「とはいえ、それを許してしまった私も情けない話だが……」

「ルバートさん!」

 一本木から離れた場所でルバートを探していたヘレナがこちらを見つけて駆け寄ってくる。

「ヘレナ……無事だったか」

「はい! 屋敷の使用人も傭兵たちもクラクの町民も皆無事です」

「良かった……」

 と、ヘレナの報告に安堵を見せるが彼女の報告にリリィがいない事に気付き少し難色を示した。

 リリィのことを聞こう考えるが、ヘレナに目でそこから動かないように示唆する。今は、呪術師と対峙している状況。もうルバートは油断を許さなかった。

「愚かな呪術師、貴様たちの目的はなんだ?」

 銀色に輝く剣を相手に向ける。武器もなく狼狽している相手は恨めしそうにルバートの方を睨んでいる。先ほどの回し蹴りがかなり効いているようで、足はフラフラとしてもはや気力だけで立っていると言える。

 相手はルバートの問いに嘲笑した。

「はぁ? はあああああ? あははっはっはっは……」

 笑殺である。嘲笑である。丘の上で響き渡る気味の悪い笑い声に、ミズキは身震いする。

 しばらく笑って気が済んだのか。彼女の崩れていた面は素顔である淡白で誰にでも見えるような面が顕になる。その顔は無表情というよりは情という概念のない作られたお面のようだった。

「死んじゃえ……」

 顔に表情はないのに、声色はどす黒く私怨に満ちていた。

 その時、ミズキとルバートだけがその気配に気づいた。気づいたというよりは勘付いたの方がミズキにとっては正しく、その気配に気づいたのはルバートだ。

 ミズキはそれを悪寒として感じ取り、ルバートはその少女の背後にまるで何かがいるように瞳を凝らした。

「ヘレナ! 逃げろ!」

 ルバートはすかさず遠くで構えているヘレナに叫ぶ。

 ヘレナは少女の狂気に気づかないある程度距離を取っているが、少女の背後にいる狂気はヘレナも狙う範疇にあった。

 間に合わないと踏んだルバートは呟くように祈る。祈祷術のように両手を結ぶような仕草はせず、祈る呟きが彼女の周囲から淡い光が現れヘレナを守るように動いた。

 そして、ルバートは自分の後ろで尻餅をついているミズキを庇って守る。

 誰かが大声で笑っている。あの少女ではなく、背後にいる何かがおぞましい雄叫びをあげたのだ。

 ミズキは庇ってくれているルバートの腕の隙間からその恐ろしい光景を目にしていた。少女の後ろにいるのはおぼろげで黒い霧のようだが、確かにそこに誰かがいた。

 おぞましい雄叫びが終わると、黒い霧は一瞬に霧散し、少女は白目を剥いてうつ伏せになって倒れた。

「大丈夫か? ミズキ……」

 ミズキの顔を心配そうに覗くルバート。彼女の額には汗が流れ、口元から僅かな血が流れていた。

 何が起こったのか判然としない。ルバートから出てきた淡い光は徐々に弱くなって消えていった。

 ルバートは上体を起こし立つ。少女の方を一瞥したが、ヘレナの方へと駆け寄った。彼女の身体を見るなり、ルバートは悔やむように面を歪めていう。

「やはり守れなかったか……」

「いえ……充分ですよ。ルバートさん」

 そう心配させないようにいうヘレナの身体は、右腕を失っていた。

「ヘレナ!」

 それに気づいたミズキが涙ながらに駆け寄る。ヘレナが腕を失っている姿を見るのは二度目だった。

「ミズキ心配しなくていいですよ」

 と、痛苦を我慢するような表情でいう。彼女の腕は失い。その付け根から血が絶えず流れている。このままでは失血死となるだろう。

「ヘレナじっとしていろ。今応急処置する」

 ルバートは取り乱した心緒を整えて、冷静に対処する。

 彼女は両手を祈るように結び呟く。呟いた内容はとても早い口調で聞き取れなかったが、呟きを終えると碧色の光がヘレナの身体を覆った。すると、付け根から流れていた血は止まった。

「どうだ?」

「はい……ありがとうございます。少しだけ痛みが和らぎました」

 淡々というヘレナ。

「加護の治療は一時的だ。腕の切れた箇所は縛っておこう」

 ルバートはそう提案し、自らの着ている衣服の一部を千切りその箇所を強く縛った。

「な、なんだったのあれは……」

 ミズキが気絶した少女をチラと見て戦いていう。

 ルバートは少し難しそうな表情をした。ミズキに手でちょっと待て、と言った仕草をしてヘレナの方を先に案じた。

「ヘレナ、アメリアと合流し彼女に診てもらえ」

「……ですが、リリィ様を救助しなければ」

「それは私がやる。私がやるべきことなんだ」

 ルバートはヘレナを諭す。

 ヘレナは少々意固地になっていた。使用人としてリリィを助けなければいけない義務と、使用人として前に出られる気質がありながら傷を負ってしまったという不覚。

 けれども、状況を客観的に見れていないわけではない。ルバートのいう通り、このままリリィを救助に行くのはあまりにも愚策だ。

「ルバートさん、ミズキを頼みます」

「ああ、もちろんだ」

 ヘレナは名残惜しそうにこの場を去った。

 丘にはルバートとミズキが取り残され、しばらく沈黙が続いた。

 ミズキはルバートに聞きたいことがいっぱいあった。どうして自分の記憶を消そうとしたのか。どうして、ミズキの首元に巻かれたローヤルチョーカーなる宝物を使おうとしたのか。疑問は募る。

 ルバートは気絶している少女を担ぐと、一本木に巻かれておいてあった鉄製の鎖で彼女を捕縛する。

 その後ろで見ているミズキはこの間まで何も言わないルバートのことが不安になってついに口を開く。

「ねえ! ルバートはどうして……」

「イブに愛された者……」

 彼女は不意に忌々しく呟いた。

 ミズキは本能的に、戦く。

 ルバートは少女を縛り終えて、スッと立ち上がってこちらに凛々しい面差しをむけてきた。

「あの場所はそういう者が祀られた場所なんだよ。そこにいた君はその加護を授かっているはずだ」

 あの場所とはどこなのか。ミズキはすぐには思い出せなかった。

 そして、ヘレナは冷淡にそれを口にする。

「死の加護、いるんだろ? 君の中に」

 ミズキは怖くて、ただ怖くて逃げ出したかった。けれども、彼女の眼光から逃げられなどしなかった。

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