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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
32/107

夜中のクラク


 クラクの街は静謐を極めていた。

 天上に浮かぶ月が怪しく街を照らす。その街中は人気はなく、街の灯りも消えていた。

 不気味な様相を呈した街並みにミズキは身を震わせていた。

「街の人たちはどうしたのかな……」

 不安げなことを呟くミズキに反して、アメリアとヘレナは冷静に街を見渡しいう。

「おそらくメアリーやササキさんたちが避難させているのでしょう」

 アメリアは静かな口調でいう。

 どうしてわかるのか疑問を持つが、ヘレナがそれを解消してくれる。

「リリィ様の加護がお伝えした通り、彼女たちはすでに避難誘導に回ってくれているようですね」

 武器倉庫を出る際でも、ヘレナは言っていた。加護の伝達。イマイチ、分からずに首を傾げるミズキをヘレナは横目で確認し、その意図を察したのか悪態もつかずに教えてくれる。

「リリィ様は特定の加護は持ってないものの、幼い加護を扱う祈祷術は使えますのでそれで私たち使用人にそれぞれ意図を伝えてくれたのです」

 加護を使った技能のことは知っていたが、その技能を祈祷術と呼称するのら初めて知った。

 祈祷と冠する通り加護に祈り顕現するようなものだとイメージする。屋敷でリリィがそれらしいポーズや文言を言っていたのを思い出した。

 また同時に、あの変態的な口調の目立った祈祷師とも関連があるのだと推測する。

 ともあれ、リリィの祈祷術のおかげで街は安泰のようだ。アメリアもヘレナも一先ず安堵はする。けれど、目的は屋敷に一人残ったリリィの救出。それにはクラクでも優秀なルバートの手助けが不可欠である。

 ただルバートの行方はわからない。アメリアが言うには、ルバートの任はリリィを警護することでまたその安否をいち早く確認する立場だという。

 屋敷にはおらず、傭兵の住う離れにもいなかった。アメリアたちが先に街を訪れたのは他の傭兵やメアリーと一緒に避難誘導していたのではないかという可能性だ。

 ヘレナはそれを有り得ないと一蹴したが、それでも屋敷の敷地内や街への道中で遭遇しなかった不自然さを顧みてもその可能性は否定できない。

 しかし、もう一つ考えたくない可能性もある。すでに呪術師の手によって幽閉されている可能性。

 それが浮上したのは昨日アメリアが昼以降ルバートを見かけていないという証言からである。また呪術師の襲撃からも彼女たちにとって邪魔になる存在を事前に払った観点からもその可能性は捨てきれない。

 クラク周辺の結界の虚弱化。不在のルバート。あまりに用意周到だ。

 アメリアはそれらを踏まえた上で、街の確認、そして、メアリーや他の使用人と合流し対策を講じることと決めた。

 ヘレナは表情こそ変わらないが、少し焦燥混じった声色で賛同する。

「では、街の壕に行きましょう。民間を避難するにはそこしかありませんから」

 ヘレナは次の場所を提案する。

 アメリアはコクリとうなずく。

 彼女たちは横目でミズキの返事を急がせる。ミズキはついていけない、という風な様子だったが不安そうに首を縦に振った。

 ミズキもアメリアやヘレナのように頭を回せばいいが、そんな能力もなく彼女らの考えについていく他にない。

 ミズキはこの先の結末を知っている。けど、前とは違うためその結末は変わるかもしれない期待がある。

 タイムパラドックス、バタフライエフェクト。アメリアとヘレナと合流したことによって、どこが変わりどこが変わらないのか。そして、死を回避できるのか。

 ミズキが言葉少なくアメリアとヘレナに従うのはそういう側面がある。ひたすらに懊悩しているのだ。

 死の足音が脳裏で響くような、そんな錯覚を振って、アメリアとヘレナ、そしてミズキは街の壕へと向かった。



 

 民間を匿う壕への入り口は街の隅にひっそりと佇む古ぼけた教会からであった。

 月夜の明かりがあるとはいえ、薄暗い中で見る教会はどこか不気味で教会正面の壁に飾られた花のようなエンブレムが妖しく光って見えた。

 どこか既視感のある模様だが、イマイチ思い出せないままミズキは先に教会に入る二人に続いた。

 教会は薄暗く、外からの月明かりも入らず天井から吊るされた少ない灯りだけが視界の頼りになっていた。

 整然と並んだ長椅子は正面の教壇に向かい合うように設置されている。教壇の背面には暗くて判然としないがガラス張りの絵が飾られており、いかにもな教会だ。

 ただ今が夜であることと、教会内がやけに埃っぽいことから気味悪く感じる。

「な、何ここ……」

 思わず不気味そうに呟くミズキ。

 アメリアは正面の教壇を見据えてミズキの疑問に答える。

「ここは死を弔う場所。祈祷師が死者に祈りを捧げる場所です」

「死を弔う……?」

 一瞬、背筋が凍る。前回、アメリアの遺体の前で両手結んで祈っていたあの祈祷師がフラッシュバックする。

「死者は魂となり行き場を失います。その行き場を祈り唄で紡ぎ導くのです。それが彼女たちの役目」

 アメリアは丁寧に教えてくれた。

 ミズキなりに解釈すると、葬儀みたいなものだろう。やり方は全然違うし趣旨も違うような気がするが、大体その認識で間違いないはずだ。

「……祈祷師は少々頭おかしいですけどね」

 そう皮肉を漏らしたのはヘレナだ。アメリアは無言で、やめなさい、と横目で伝えるがヘレナは気にせず続ける。

「死を崇高しすぎてる」

「…………」

 ミズキはあの祈祷師について思い出す。彼女は屋敷に閉じ込められ死ぬかもしれないのに、それも恐れずただただ目の前の死を祈っていた。それは使命というよりはもっと違う何かがあったのだと考える。

「仕方ないわ。彼女たちは死を崇拝しているのだから、そして、その先の加護を、ね」

 アメリアはため息混じりにそう言った。

 閑話休題。

 気まずい沈黙の中、教会内を進む。

 教壇の前まで来たとき、ミズキたちではない声が突如響く。

「だーれぇー?」

 教壇の向こうから気の抜けた声が聞こえた。

 教壇の奥の方で影が蠢く。それは気怠そうに蠢き、黒い長髪を揺らしながらこちらを見てきた。

「んー? アメリアさんにヘレナさん……、あと誰?」

 眠たげな眼差しがこちらに向く。黒髪の先も彼女の性格か不格好にはねてしまっている。

 アメリアが彼女に気付き彼女の名前を口にする。

「ササキさん……、メアリーはここにいますか?」

 ササキと呼ばれた女性に屋敷の使用人の一人であるメアリーの所在を尋ねる。

 ササキはミズキのことが気になって一瞥したが、先にアメリアの話を進めた。

「いますよー。アメリさんもハナさんもいまーす」

 危機感のない声色に思わず気が抜ける。

 アメリアとヘレナはお互い顔を見合わせる。他の使用人の安全を知ってお互い安堵しているようだった。

 しかし、ここから本題だ。ヘレナは前に一歩出て言った。

「ルバートさんは……?」

 重い口を開いていうと、軽薄な態度の目立つササキは表情を暗くさせて答えた。

「行方を掴めていません。ルバートさんは昨日から姿が見えてなくて……」

「やはり……」

 と、アメリアが悔やむように面を歪めた。

「話を割るようで申し訳ないんですけど、そっちの人は?」

 ササキは気になっていたミズキについて言及してきた。

「彼女はミズキです。心配しなくて大丈夫ですよ。彼女はルバートさんが連れてきた子ですから」

「ああ、ルバートさんが……」

 アメリアが丁寧に説明する。少々気恥ずかしさを覚える。納得した様子のササキはこちらをチラリと見た後に、言葉を続ける。

「とりあえず話は中でしましょうか。他の使用人や傭兵を交え今後の展望を決めましょう」

 真面目な口調でもっともなことを提案する。

 アメリアもヘレナも小さく頷く。

 ササキは一旦周囲を見渡した後、教壇前の床にある隠し扉を開き三人を誘う。

 ササキを先頭にし、教会内よりもさらに暗い壕へと入っていった。




 教会下に作られた壕は意外と広く、また明るかった。

 その入り口こそ暗いが、住民を匿う大部屋となる場所はガラスに入った灯りが所々に設置されておりそれなりの明るさがあった。

 辛気臭い場所だと思ったが住民たちに不安な心緒もなくこの騒ぎを静かに待っている様子が見て取れた。ここの傭兵やクラクの屋敷が信用されていることがうかがえる。

 ここにクラクの住民全員が匿われているといえばそうではないらしい。正門から魔除のついた馬竜車を使って王都へ逃げたものもいれば、自宅に地下があるものはそこに駆け込むものいるという話。それでも、ここにいる住民はクラクの人口のほとんどであり数えてみれば二十人くらいの規模である。

 それなりの数ではあるが、この壕の広さもあり圧迫感も感じられない。壕の倉庫に蓄えられている食糧なども充分にあり、しばらくの避難には困らないだろう。

 この大部屋に来たとき、メアリーが率先して住民一人ひとりに声かけして住民たちの不安を取り除いていたのは言うまでもない。だからこそ、住民が騒ぎを起こさずに彼女たちの指示に従っていられているのである。

 にしても、とミズキは考える。

 これはミズキの中では推測でしかなかったし、夢の中で死の加護がほのめかしていることでしかなかったことだが。これだけの住民がいて、男は一人もいなかった。

 全員が女性で、親子と思える家族も三人とも女性で、全くの女性だらけの世界だと確認する。

 つくづく変な異世界だと思う。自分にも嫌な能力? かは定かではないが嫌なものもあるし、入り込みにくい世界だ。

 ミズキが驚嘆を顕にしているところ、ヘレナから声がかかった。

「ミズキ、今から会議しますよ」

「会議?」

 そう疑問する。と、住民が集まる大部屋から隣の部屋に移動するササキや他の傭兵の姿が視界に入った。

 それを一瞥するヘレナがミズキに説明する。

「はい。これからのことを話しますよ」

 そういうヘレナがササキたちが入っていった部屋へと移動する。ミズキも足を急がせヘレナの後ろをついて行った。

 その部屋は住民を受け入れるほどの広さはないものの話し合いをするには充分な広さがあった。

 部屋の中央には木箱のテーブルがあり、その机上には真っ新な羊皮紙が広げられている。家具といえばそれだけで、天井から吊るされた灯りがあるくらいだ。

 ヘレナとミズキが中に入った時には、ササキと他の傭兵三人がすでにいた。またアメリアも静かに待機しており、屋敷の使用人の一人であるアルマがその隣にいた。

「アルマ、ハナは?」

 ヘレナは冷静にそう尋ねる。

 アルマは黒い長髪を撫でて端的に答えた。

「ハナは別室で結界の解れを探しているところですよ。幾分、数が多いみたいで、見つけたところで補修にも時間かかっている次第でして」

「仕方ないです。結界を補修できるのはハナだけですし、ルラ様は呪術師に封じられおります」

 ハナに責務を押し付けてしまっている申し訳なさを含んだ言い回し。アルマもそれは承知しているようで、神妙に頷いて見せた。

「それで君は屋敷から出られたんだね」

 アルマはミズキに気づいてそう言った。

「出られたというか、なんていうか……」

 歯切れ悪くいうと、ヘレナが代わりに言ってくれた。

「リリィ様がお一人屋敷に残って逃してくれたのです」

「ああ……君もか」

 アルマは気難しそうな顔をした。

「リリィ様は今もお一人で呪術師と対峙しておられるはず……、早く助けに行かないと……」

 と、アルマの隣で静かに会議の瞬間を待っていたアメリアが苦渋を噛み締めるように言った。

 沈黙が流れる。ミズキは複雑だったが、他の使用人たちの気持ちは同じようだった。

 そんな中、この部屋にメアリーが入ってくる。これで今ここにいる使用人と傭兵たちが揃う。

 メアリーが屋敷の使用人たちとミズキが集まっている場所へと真っ直ぐに来る。

「アメリア、ヘレナ無事で何より!」

「ええ、ありがとう。メアリー」

 アメリアは一礼をしていう。

「私たちが無事なのも、ここにいるミズキのおかげです。彼女がいなければ今頃……」

 ヘレナがミズキを優しく褒める。その面は褒めているような朗らかな微笑すらない表情だが、声色は極めて優しい。

 ミズキの面に照れが出て赤くなるが、心境は複雑だった。

 メアリーがミズキの元に近づいてくる。彼女は八重歯をニカっと出して笑うと、ミズキの手を握った。

「ミズキ。ありがとう……」

 彼女は口角に笑みを作っているのに涙が瞳の中から覗いていた。

 うるうるとにじませた涙は徐々に抑えきれなくて頬を伝って地に落ちた。

 メアリーは涙を隠すように背を向けた。彼女の姿に、ミズキは当惑する。

「メアリーは呪術師襲撃の時に、呪術師の捕縛から逃れていたのです。それで捕まっていた私たちのことを心配していたのでしょう」

 メアリーの心境をアメリアが代弁した。

 呪術師襲撃の時系列についてはミズキはよくわかっていない。アメリアとヘレナが捕まった経緯なども知らないため、ミズキは神妙に頷くしかなかった。

 それを側から見ていたヘレナが、呪術師襲撃の際にミズキが寝ていて尚且つ呪術師がミズキの存在に気づかなったことを言及してきた。それゆえに、ミズキが捕まっていたアメリアとヘレナを助けられたことも補足して。

 ミズキは使用人たちの再会に、ただただ頷くことしかできない。ミズキの心境的には微妙な立ち位置であったからだ。

「感慨深くなるのもいいけどー。そろそろ、始めるよー」

 重苦しい空気を割って入ってきたのは傭兵のササキだ。空気感を気にもしない軽い口調で割って入り、会議の開始を言ってきた。

 使用人の代表であるアメリアがいう。

「ええ、わかりました」

 彼女の返事と共に、中央にある木箱のテーブルを囲むように使用人が集まり、ササキを筆頭とした傭兵たちも集まる。ミズキも出遅れないように、使用人に混ざって集まる。

「じゃあー、とりあえず、会議の議題は、ルバートさんの所在とリリィ様の奪還、そして呪術師を打ち倒す事の三つ。会議、始めましょうかー」

 ササキの緩い口調での開催宣言。彼女の言葉にみな頷く。

 この苦境を乗り切るための会議が始まった。

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