表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
31/107

武器倉庫での戦い


 締め切られた屋敷の扉の前で、ミズキが立ち尽くしていた。

 脳裏に、リリィの寂しげな面差しが焼きついている。それを見て手を伸ばせなかった自分に嫌気がさす。

 どんなに自分のことを卑屈に思っても虚しいだけだ。それをわかってなお彼女に再び掴めなかった空の手が物悲しく瞳に写った。

 自分がどんなに愚者か。所詮、目の前の恐怖に立ち向かう事のできない凡庸な人間なのだ。

 初めからわかっていたはずだ。自分が人を助けられるような人間じゃないくらい。異世界に来ただけで、空想物の主人公になれるはずない。もしも主人公なら、きっと死に立ち向かうなんて格好つけるだろう。けれど、自分はそれが怖くて仕方ない。死の加護を恨めしく思っているくらいだ。

 ミズキは自分の所在を失ってしばらく扉の前で立ち往生していた。

 屋敷には戻れず、これからの行方を思案する。

 いつまでもここにいても仕方ない。虚しさが募るばかりである。

 ふと、ミズキは思い出す。

 アメリアとヘレナはどうしているか、だ。

 途端に冷静さを取り戻す。屋敷に入れない以上、別の策を講じる必要がある。自分一人でどうにもならないならば他を頼るしかあるまい。

 しかし、頭に浮かんだ二人はこの時どこにいるのかハッキリと覚えていない。

 前回では裏道から戻った時に、すでに炎上している屋敷の敷地内でヘレナと遭遇しその時にはアメリアは亡くなっていた。そして、アメリアの遺体は……。

 脳裏に凄惨な光景がフラッシュバックする。こみ上げる嘔吐感を手のひらで抑え込んで状況を考える。

 考えろ、考えろ。アメリアとヘレナはこの時どこにいたのか。前回、不自然に思ったところがあったはずだ。

 すると、ミズキはヘレナのある会話の一部を思い出す。

「どうして、ヘレナはあの時戻ってきた……って?」

 呟くような確認。ミズキはその瞬間こそ武器倉庫で出会ったヘレナが化ける少女と思っておらず、炎上した屋敷の側で再び出会った本物のヘレナの言葉に疑いはなかった。が、今思えばおかしな台詞だ。

 ミズキが王都へ行く話を聞いていない限り引出される台詞ではない。

 しかし、ミズキがそれを口にしたのは武器倉庫でのことだ。武器倉庫に大人二人部分隠せるようなところなんてなかったような気がするが、手がかりはそれしかなく、とかく武器倉庫へと向かった。

 屋敷から離れた場所に位置する武器倉庫。疑念を抱え訪れる。

 武器倉庫は相変わらず年季の入った木造の建物だ。外から見る限り大きく見えるが、中を覗けば様々な武器や防具が雑多に置かれ外の印象と比べ狭狭しい印象を受ける。

 中に入ると埃っぽい空間に思わず手で口と鼻を覆う。中には明かりはなく、カンテラなどを持たないミズキは扉を開けたままにして月の光を頼りにしないとよく見えないのだ。

 して、異変は見当たらない。以前見た時と変わらない。

 そして、唐突なラップ音もまた前回と変わらなく響いていた。

 ラップ音に似たそれはあの偽ヘレナ曰くネズミらしいが、ミズキはその音が気になって音の所在を探った。

 偽ヘレナは煩わしく壁の方を一瞥していたが、この辺に何かあるのかとミズキは思い出しながら壁際に立てかけられた武器をどかしながら探る。

 確かこの辺だと壁を叩いてみたりする。すると、返事をするかのように壁の向こうから先ほどのラップ音と似た音が聞こえた。

 今度は声を出して確認する。誰かいるの?! と、いうと再び音が反応したように聞こえてきた。

 やはりこの壁の向こうには誰かがいる。こんな狭い場所に人を隠せるなんてと疑ったが、武器のせいで狭く見えていた倉庫は本当は建物大きさ通りの広さがあると思って間違いないらしい。隠し部屋という要因を加味すれば。

 だが、それがわかったとて隠し部屋への行き方がわからない。当てずっぽうに壁を叩くが、向こう側からの返事だけで壁が抜けたり開いたりする部分が見当たらない。

 次第に焦りが出てくる。向こうに誰かいるのはわかっているのに隠し部屋の道がわからないもどかしさ。こうしている内に、ヘレナに化けた少女がここへくるかもしれない。

 そんな恐怖もあって焦燥にかられていると、ミズキの身体は硬直したように固まってしまう。

 それは耳に信じがたい音を捉えたからだ。

 魔獣の呻き声だ。こんな近くで、どうして、と思いながらも入り口の方に視線を恐る恐るとやるとそこには魔獣ダークウルフの赤い目がこちらを睨んでいた。

「な、なんでここに……」

 恐怖で震える。魔獣は牙を剥き出しにて、爪をたてこちらに近づいてきていた。

 どうしてここに魔獣がいるのか。すでにクラクを守る結界が破綻しているのか、それとも……。と、ミズキは武器倉庫内に怪しく光、紫色の物体の存在に気づく。

 見たことある色だ。その色はまるでアメジストのような宝石だ。それは、確か前回偽ヘレナから貰ったもので彼女は魔除の魔石と称していたが、騎士ギルバートが魔寄せの魔石だと見抜いたものだ。

 なぜここに置いてあるのかと思ったが、屋敷に入ってきた偽ヘレナがそのようなことを言っていたことを思い出した。

『魔寄せの魔石、設置終わりました』

 あの意味を今理解した。前回渡されたそれは本来ここに設置する目的があったようだ。

 それを理解したところで入り口を塞ぐ魔獣を前にして逃げることができない。

 怖くなり尻餅をつく。後退りするが逃げ道はない。壁際に寄ったところで無意味なのは目に見えている。

 吠える魔獣。それに驚いて、手の近くにあった小さめのオノを魔獣に向けて投げた。が、うまいこと当たらない。魔獣は避けもせずにただ突っ立ってるだけだ。

 自らのコントロールのなさを嘆く暇もなく、再び投げられそうな武器を無策に投げるが、全然当たらない。弾数打てば当たるというが、ミズキに弾数は無駄なだけのようだ。

 恐怖のせいでまともに射程を見られていないというのもあるが、ミズキは耐えかねて今度は少し刃先のかけた剣を手にする。

 魔獣に対峙するのは怖い。けれど、このまま死ぬのも怖い。足を震わせながらもその場を立ち、剣を構える。

 素人の剣の構え。魔獣は剣の先を見て敵意を感じたのか牙を剥き出しに唸り出した。

 小さく悲鳴をあげたミズキは不器用に剣を振り回して魔獣に対抗する。襲い掛かる魔獣、剣で魔獣を斬りつけるよりも反射的にその場を避ける。

 魔獣は勢いのままに壁に激突し、牙が壁に突き刺さった。

 今のうちに逃げられると思い入り口の方を見たが、外の方で魔獣数匹が待機しているのが見えた。

 逃げ道もなく、魔獣が自身の牙を力尽くに引き抜くのを待っていることしかできずに立ち尽くす。

 魔獣は壁に刺さった自分の牙を無理やり引き抜く。魔獣の口元はわずかに赤い血を滲ませ、木片が口内に残っている。

 牙の刺さっていた箇所は穴ができている。そこには向こう側が見えるくらいには広がっていて、隠し部屋が確認できた。

 隠し部屋への行き方はわからないが、この木造が古いのもあってもしかしたら壊せるかもしれない、という思惑は浮かぶ。

 問題は、身体一つで突入するには怪我をしてしまうということだ。魔獣を天秤かけてなお自分が傷つくことを恐るミズキ。そのため思いついた手段が武器倉庫に転がっている鉄製の盾を持って体当たりするという手法である。

 ミズキは手ごろな鉄製の盾を拾い魔獣と距離を取りながら、牙で穴の開いた壁を目掛けて体当たりする。すれ違うように、襲い掛かる魔獣をかわしながら見事、壁への体当たりは成功し隠し部屋の向こうへといけた。

 そこにはロープで口元と手を縛られた二人の女性が驚いてこちらを見ていた。

 一人はアメリアだ。まだ生きている事に思わず安堵する。

 もう一人はこのような状況でも淡々とした面差しを崩さないヘレナだ。

 ミズキは急いで二人のロープを解こうとする。口に巻かれたロープはすぐに解けたが、手に巻かれたロープはなかなか解けず手間取ってしまう。

 話せるようになったアメリアが驚きながら口にする。

「どうしてここに?!」

「そんなことより、魔獣が来ています! は、早く逃げないとっ」

 そう言って必死にロープを解こうとするが、焦れば焦るほどロープの結び目が難解になる。

 焦るミズキを見て、ヘレナがいう。

「ミズキ、ナイフを使ってください! 早く!」

 彼女も魔獣の気配に気付き、道具を使えと示唆する。ミズキは近くに落ちていたナイフで削るようにロープを千切ろうとするがそれでもうまく行かない。

「ミズキ、先にヘレナのロープを切ってください」

 そういうのはアメリアだ。ミズキは先にアメリアのロープを切ろうとしていたが、アメリアに言われてヘレナのロープを切る。そして、焦りながらもヘレナのロープを切ると、ヘレナはミズキからナイフを奪い隠し部屋に入ってきた魔獣一匹をナイフ一本でいなした。

 不器用に剣を振り回してミズキと違い。無駄のない動きで、襲い掛かる魔獣をひらりと避けて魔獣の首元を裂いた。魔獣は鮮血を流しながら黒いもやに変わった。

「アメリアさん! ミズキ! 早く逃げますよ!」

 そう言って、手際良くアメリアのロープを切り解き、自らが先頭になって魔獣を切り裂きながら武器倉庫を出る。

「ちっ、なんで魔獣がこんなところに……」

 武器倉庫を取り囲むようにいる魔獣を見て、ヘレナがそうぼやく。

「た、多分、あれじゃないかな……」

 そういうヘレナに武器倉庫の奥で怪しく光、魔石を指さしていう。

「魔寄せの魔石? ミズキ! 早くあれを壊してください!」

 急くようにいうヘレナに気圧され、ミズキは少し足をもつれさせながらも魔寄せの魔石を手に取る。手には取って見たものの、前回で見たギルバートのように握って壊すことはできず惑ってしまう。

 ヘレナはナイフを片手に次々と魔獣を払って、アメリアも微力ながら武器倉庫にあった剣を片手に魔獣をいなしている。

 手間取るミズキを一瞥したヘレナが怒気を込めた声で叫ぶ。

「早く壊せ!!」

 強い命令口調で叫ぶヘレナ。丁寧口調の彼女から珍しい言い草に、一瞬怯むがミズキは迷った挙句勢いよく地面にそれを叩きつけた。

 すると、魔寄せの魔石はパリンと音を立てて割れた。

 戸惑っていた割りに、あっさりと壊れた魔石に驚くミズキ。その間に、ヘレナがここいらの魔獣を一掃した。

 ナイフ一本だけで、襲い掛かる魔獣はひらりとかわしそれをカウンターで切り裂く。まるで蝶のように舞う姿で鮮やかに魔獣を打ち倒し、武器倉庫前からその気配が消えて一息をつく。

「これで魔獣はこないでしょう。よくやりました。ヘレナ、ミズキ」

 息を切らすヘレナと呆気に取られているミズキに、称賛の声をかけるアメリア。

 アメリアは手から剣を落とし、ヘレナの元に駆け寄った。

「ヘレナ大丈夫ですか?」

「はい……。でも、魔寄せの魔石まで置かれて呪術師は一体、何を?」

「わかりません……」

 考えをあぐねる二人。

 そんな二人を他所にミズキはふと思う。

 ヘレナは片腕を失っておらず、先ほどの魔獣との戦いでも五体満足である。そして、アメリアもちゃんと生きている。

 思わずミズキは感極まって、アメリアの元に駆け寄った。

「アメリアさん! 生きている!」

 そう言いながら彼女を抱きしめる。ほのかな温かみが生きている証拠だった。

「いきなりどうしたんですか? 当たり前でしょう」

 冷静に彼女はいうが、その面はどこか安堵を込めた優しい笑みをしていた。

「ミズキが来なければ今頃私たちは魔獣の餌になっていたでしょう。助かりました」

 ヘレナは相変わらず面を崩さぬ表情で淡々という。けれども、その声色に朗らかな印象があった。

 前回ではヘレナはいつもクールな面差しを崩すほど怒りをミズキに向けていた。今の印象は屋敷を案内してくれていた時の優しさがある。

 とはいえ、ヘレナとはこれが初対面になる。彼女がミズキの名も姿を知っているのも事前に知らされていたからだろう。

 ミズキは繰り返しているゆえにヘレナとは自然な接し方をしているが、状況が状況だけにその違和感についてはヘレナは感じなかったようで、自然な溶け込み具合には触れず彼女は屋敷の方を見た。

「リリィ様……」

 彼女は主人の名を儚げに呟く。

「ミズキ、あなた屋敷からどうやって出てきたのですか?」

 アメリアが思い出したようにミズキにとう。

「出てきたというか……追い出されたというか……」

 正直、後腐れのあった話だ。屋敷からは呪術師の圧迫やリリィがミズキを逃すような態度を取ったことから逃げ出したという表現の方が正しい。

 曖昧な言い回しに、アメリアは一人考え呟く。

「やはりリリィ様一人残ったのですね……」

「そうでしょう。先ほど、リリィ様から加護を使った伝達があった通りです」

 ヘレナがそう言って同調する。

 加護を使った伝達という部分が気になったが、問えるような状況でもないので口にしなかった。自分なりに考えるとしたら、リリィの部屋を訪ねた際に顔を横切った幼い加護が伝達のような役目だったのだと推測する。

 アメリアは優しげな笑みで抱きしめているミズキから離れる。ミズキは少し寂しそうにしたが、わがままを言っている場合ではない。

「ルバート様を探しましょう。彼女でなければ呪術師を相手にできません」

 そう提案するアメリアにヘレナが肯定する。

「ええ。ミズキ、お前も来てくれますか?」

 ミズキはヘレナと面を向かわせて自信なさげに首を縦に振る。

 アメリア、ヘレナ、ミズキは一旦屋敷を後にする。彼女たちが向かうのはクラクの街であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ