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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
30/107

二度目の夜


「わああああああああっ……、はあ、はあ」

 自分の叫び声で目覚めた。

 起きてすぐ記憶が鮮明であった。どのような経緯で、どのように死んだのか。その苦痛さえも記憶に刻まれていたのだ。

 焼きついた恐怖と苦痛。ただ前回に比べ、急に何度も死を体験した記憶がフラッシュバックしたよりも正気でいられた。

 そして、ミズキは改めて自覚することになる。

「戻ったんだよね……?」

 死を起因に戻る事象。ミズキはすでに何度も経験していることだが、記憶を残したまま戻るのは初めてだ。

 これはミズキの中に憑いたという死の加護の効力だというが、その効力について具体的にはわからない。

 だが、戻ったという事実にミズキはベッド上で少し考える。が、ふと思う。今はいつだ?

 記憶が戻るまで、屋敷二日目のスタートだ。それをずっと繰り返し、記憶を戻してからミズキは逃避するように一日眠って過ごしていた。

 死から戻る地点が前回と同じなら屋敷二日目、つまり朝になる。起こしにきたアメリアと遭遇するはずだ。だが、どうして、窓の外は暗い。屋敷は物静かで、アメリアはそばにいなかった。

 途端に、冷や汗が滲む。

 夜中である以上、今がいつなのか判断がつかない。これは推測でしかないが、目を覚まし屋敷を飛び出した時ではないか。だとしたら、ミズキは一日も待たず死を迎えることになるだろう。

 怖くなった。脳裏に、あの少女の笑殺が浮かぶ。

 現実から背くように布団を被る。このまま眠ってしまえば悪夢から醒めるだろうか。だが、布団の中の暗闇は恐怖を仰ぐ。息を荒くして、数秒も経たずに布団を剥がしてベッドから降りた。

 窓の際に立ち、カーテンを開ける。そこには見たことある月夜が見下ろしていた。

 今がいつなのか。確認する方法はある。前回と同じ行動を取ればわかることだろう。

 しかし、そのような方法を試す器量はない。同じ行動を取るということは、同じ死を迎えるということだ。

 顔が青ざめる。あの少女は殺しを愉しそうにしていた。ナイフを突きつけるだけでなく、刃先で肉を抉りその反応を愉しんでいた。

 思わず口元を抑える。あの時の痛みが頭の中でフラッシュバックする。こみ上げた嘔吐感は抑えられたが、気持ち悪い。

「……はあ、はあ。どうしよう……」

 一旦、落ち着きを取り戻し思案が巡る。

 正直いって、確証などない。実際、確証のために同様の試行するのが最善だろう。この死を起点に戻る現象を改めて自認するにもその思案が浮かぶ。

 けれども、そう上手く行動に移せないのがミズキだ。

 死が脳裏に焼きついている。死の恐怖は消えない。このまま突っ立っていても状況は変わらないのに、恐怖が足を動かしてくれない。

 自分の足を叩いて奮い立たせる。現実を見ろと訴えかける。

 死ぬ直前、リリィを助けようと思った瞬間を思い出した。あの一瞬、ミズキは他人を思ったのだ。

 ミズキは大切にしなければならない。あの一瞬の思いを。そして、リリィが信じてくれた記憶のなかった自分のことを。

 変わると決めたのなら、変わるために頑張らなければいけない。動かないものは変われない。ミズキはそれをいやというほど知っているはずだ。

 窓のそとに浮かぶ、異世界の月を見上げ覚悟する。

 覚悟が消えない内に、自室を飛び出した。



 暗い屋敷を歩く中で、ミズキは時系列を整理していた。

 あの時、屋敷を飛び出し裏道に向かおうとするが単身じゃ不足だと思い武器倉庫へ行った。そこでヘレナに化けた少女に出会うわけだ。

 少女に出会うのは避けたい。だが、今武器倉庫に行き少女に出会えば今があの時と同じかどうかを確認できる。死から戻った起点を確認するためにも、少女との対面は避けつつ武器倉庫に向かうことにした。

 しかし、ふと足が止まる。

 やけに静かな暗い屋敷。ここに、今ミズキ以外にいるのだろうか。あの夜と同じ日であるならば、屋敷はすでに呪術師に襲われリリィ一人が屋敷に残っていることになるが、どうなのだろうか。

 このまま武器倉庫に向かうより先に、リリィの部屋に向かうのが最良かもしれない。

 部屋の場所は知っている。屋敷内は暗いが、廊下を照らすほのかな灯りのおかげで迷わずに行けるだろう。

 玄関方面へから方向転換しリリィの自室を目指す。その時、ミズキは忘れていた。リリィの自室の前に来るまでは。

 ミズキはリリィの自室の扉の前で足を止める。ミズキは何かを感じ取って扉を開けるのを躊躇した。

 自分でもその何かはわからない。けれども、自分の中にいる誰かが扉を開けるなと訴えている気がした。

 顔が強張る。呼吸が荒くなる。その時、その扉は淡い光と共に開いた。

「どうしたの? そんなところで」

 扉の先に、優しい笑みをした女性がいた。おっとりとした声色でいう。

 リリィではない。屋敷で見た事ある使用人でもない。

 彼女は黒いワンピースを着ていた。それに映えるように白く長い髪を垂らしている。不思議な容姿の女性だが、ミズキは何故だか恐怖を感じた。

「だ、誰ですか?」

 言葉をつまらせながら問う。

 相手の女性は笑みを崩さないまま答える。

「私はここの使用人よ? リリィ様を見にきたんだけど、部屋にはいなくて困っていたの」

 使用人と自称する女性は人のいない部屋を一瞥していう。

 ミズキは疑問する。日が浅いため知らない使用人がいてもおかしくない。おかしくないのだが、使用人にしてはおかしな点がある。

 ミズキは無意識に、使用人として疑わしい服装に目をやる。

 それに気づいた相手の女性は、苦笑して口を開いた。

「ごめんなさいね。この格好恥ずかしいのよね」

「え、あ、いや……」

 自分の正直な視線を逸らしながらいう。

「出来れば着替えてからリリィ様には会いたかったんだけど、そんな余裕もなくてね。まあ、当の本人はいなかったんだけど」

 彼女はくたびれたように話した。

 ミズキは先ほどからずっと違和感を拭えていない。視線は彼女ではなく部屋の方を見ていた。

 本当に、リリィはいなかったのだろうか。ミズキは初対面の彼女を疑っていた。

 本能的な恐怖がそうさせている。ミズキは、彼女がどうも言葉を選んで話しているようにか思えなかった。

 ニコニコと笑みを見せる彼女。不敵である。

 緊張が解けない中、ふとミズキの横顔に風が過ぎ去った。

 部屋の中で風? という疑問のミズキ。相手の自称使用人の女性はその風を感じ取っていないのか、ミズキの言葉を待つように顔を傾けていた。

 後ろを一瞥してみても、窓が開いているわけでもなく。不自然な風が吹いたということになる。が、出どころがわからない。ただ風と共にキラキラしたものがチラついたような気がして。

「……加護?」

 ミズキは思い当たるものを呟いた。

 その時だ。突如、空間がピリつく。それが目の前の女性からのものだと気づいた時にはもう遅く。彼女は口元を動かしていた。

 ミズキは反射的に相手の女性の横側に滑り込むように倒れ込む。それと同時に、彼女の眼前に黒煙が現れたと思ったら青く発光し霧散した。

 空気中が凍てつく。床に倒れ込んだミズキもこの空間が一気に冷えたのを感じた。彼女の前を見てみると、氷の柱が出来上がっていた。

「避けられましたか……」

 自称使用人の女性はため息まじりにいう。

 心臓がバクバク鳴っている。一瞬、遅かったらあの氷柱に突き刺されて死んでいただろう。何度も死ぬ内に鋭くなった感覚のおかげか、殺意をいち早く察知し間一髪で避けられた。

 ただ逃げる方向が悪かった。部屋側にかわしたせいで逃げ道を自ら失ってしまう。

「殺すつもりなかったんだけどね。詮索するから死ぬんですよ?」

 彼女は無様な虫でも見るような眼差しで、手先をミズキへとむけてきた。

 死が過ぎる。今度は氷漬けで死ぬのか。どういった苦しみなのか、想像だにしない。想像などそもそもしたいものではないが。

 上体を起こす余裕もなく、目を瞑って死を覚悟する。

「あまねく加護よ、かのものを守りたまえっ!」

 自称使用人の女性の詠唱を割り込んだ祈りの声。ミズキに向かって放たれた小さな氷柱はミズキの前にできた透明な壁に弾かれた。

 氷柱を放った女性は部屋の隅を一瞥する。そこには両手で祈るように結びその女性を睨むリリィがいた。

 先ほど部屋を見渡した時にはいなかったはずなのに、彼女は突然その姿を現した。その理由を考える間も無く、リリィは叫ぶ。

「逃げなさい! ミズキ!」

 ミズキは戸惑う。逃げろと言われてすぐに立って逃げる判断などできない。

 リリィの顔を見て、リリィがエントランスで眠り倒れていた姿を思い出す。あの時、リリィの手に触れることなくミズキは死んでしまった。

 後悔が蘇る。ミズキはまだリリィにごめんの一言も言えていない。このまま逃げたところで何も変わらない。

 氷柱を放った女性は黒いワンピースの裾を翻し、手の先をリリィの方に向ける。

「うざったいですね……」

 再び詠唱が始まる。

 瞬間、ミズキは考える。このまま逃げることはできるだろう。今、彼女の意識はリリィの方に向いている。その隙をつけば、リリィの思惑通りミズキは逃げられる。

ーーそれでいいの?

 ミズキは勇気を振り絞る。

 急いで立って、ミズキがまず向いた方向は詠唱を始めた女性の方だ。その方向は出口に当たるが、外へ出るのではなく女性の方に突進した。

 ミズキの行動を読めなかった相手は詠唱を途切れてしまう。またミズキの体当たりをかわすこともできずに、床に身体が転がった。

 長い隙が生まれ、刹那的にリリィを連れ去るように彼女の手を引いて部屋から飛び出した。

 呆気を取られたリリィはしばらくミズキの思うままでいたが、屋敷を走る中で戸惑いながら口にする。

「な、何しているのミズキ!?」

「逃げるの! 早く!」

 彼女の疑問を無視して、廊下の淡い灯りを辿って屋敷の出口を目指す。

 心音が急く。焦燥が募る。背後からの恐怖が拭えない。いくら逃げても、逃げきれない圧迫があった。

 エンランスまで辿り着き、出入口が目前となる。その手前で、リリィの手を握っていた手が振り払われた。

 ミズキは驚いて足を止めて、リリィの方に当惑した眼差しを向ける。彼女の顔はどこか苦しそうだった。

「リリィ……」

 ミズキは彼女の名をか細く呟いた。振り払われた手が宙で寂しく揺れている。

 困惑するミズキの視線に、彼女は視線を逸らす。そして、震えた声で話す。

「どうしたのミズキ? 急にそんな……」

 彼女はそう言って言葉を切る。顔に僅かながら苦笑を刻んで、背をむけた。

「ごめんなさい。私は屋敷から出れないよ」

「な、なんで!? 出ないと……」

 その先は言えなかった。彼女をつかもうとする手が宙で揺らいで戸惑う。

「わからないよ……ミズキのこと」

 リリィは苦しそうにいった。

「私ね、嬉しかったんだよ。ミズキの言葉が、とてもとても」

 背をむけた彼女の顔は見えない。けれども、苦しそうに話す中に綺麗な思い出を想起するような情が入っていた。

 ミズキはまともにリリィを見れなくなる。心臓がきつく締め付けられるみたいな情の乱れ。

 徐々に、ミズキが目覚めた時間について明瞭になっていく。その決定的となる言葉を、現実を突きつけるように彼女は告げた。

「でも、嘘なんだよね。これも嘘なの……?」

 喉が乾く。顔が歪む。そして、理解する。

 これはあの夜で、記憶を取り戻した日リリィに悪態をついた後だ。

 違うと言いたかった。あの時は本当にどうかしていて、精神的に参っていた。らしくない自分の台詞を否定して自嘲気味の言葉だったのだと。

 違う。ごめん。短いその言葉はすぐに口から出てこなかった。

 嘘じゃないよって言えれば良かったのに、その沈黙はリリィの残念そうな声を引き出してしまった。

「ミズキ、私ね。後悔しているんだ。あなたにその宝物をつけたこと。あなたのことを考えずに付けてしまったこと。あなたには重荷だったんだよね」

ーー違う……。

「元奴隷でとっても苦しい思いをしていたのに。あなたを縛るなんて酷いよね」

ーー違うよ……。私はただ……。

「大丈夫だよ。元通りになるから、私がいなくなればその宝物は消える。そしたら、あなたはあなたらしく生きて欲しいな」

 ミズキは否定も言葉を止めることも言えなかった。

 ミズキは元奴隷ではない。怠慢な人生を歩んできたただの人だ。あの時の言葉は、死ぬのが怖くて卑屈になって情のままに言った言葉だ。そう言えればいいのに、ミズキは言えない。

 震えた彼女の言葉を止められない。

 必死の思いで絞り出した言葉は陳腐な物だった。

「いなくなるって、何を……」

「……言葉通りだよ。だって、そのために私は屋敷に残ったんだから」

 その瞬間、エントランスの明かりが一斉に灯る。橙色の灯りがエントランス全体を彩る。

 驚くミズキは辺りを見渡す。すると、正面階段二階から黒いワンピースのスカートの裾を持って優雅に降りてくる女性の姿を見つける。

 彼女は不適な笑みを溢していう。

「お前は姫の懇願を無碍にするのか?」

 彼女は先程のおっとりとした口調をやめていた。

 階段から降りてくる姿はさながら魔女。その服装からはイメージ通りである。

 白銀の魔女、彼女の白髪に擬えて二つ名をつけるならそうだろう。それだけの妖艶さや気品が彼女には備わっていた。

 だが、それ以上にミズキは彼女を見ると身が竦む。

 魔女のような彼女は足音もなく近づいてきて、リリィの肩に触れた。彼女は舐め回すような視線でこちらを見て、言葉を続ける。

「お前の無駄な足掻きのせいでクラクは失くなるんだ。お前が姫を連れて行けば、私はクラクを壊す」

 リリィの事情が明瞭になる。リリィはクラクを守る代わりに自らが犠牲になろうとしている。

 前回において、メアリーが屋敷に一人残って呪術師と相手しているという話と合点する。つまり、この魔女のような彼女は呪術師であることが予想できる。

 このことから、今回が前回の夜と酷似している。今回が二度目の夜だということがミズキの中で確信に変わる。

 二度目の夜。そう理解したところで、目の前の窮地は変わらない。

 クスクスと笑う呪術師。その彼女に肩を掴まれているリリィがミズキに目配せする。

 不安そうな苦しそうな上目遣いに、ミズキは唇を噛み締める。

 状況は悪い。あの少女よりも気味の悪い雰囲気を漂わせた呪術師を前にして、ミズキにできることはない。

 ミズキは騎士でなければ魔術師でもない、加護らしいものは持っているが今役に立つものではない。

 逡巡してみても、答えは変えられない。彼女の思うままである。稚拙な時間稼ぎにしかならない沈黙をしていると、突如玄関の大きな戸が開かれる。

「魔寄せの魔石、設置終わりました」

 淡々な口調で話ながら入ってきた女性はヘレナのようだが、彼女がヘレナではないのをミズキは知っている。

 そして、もちろん、リリィも知っていて彼女の視線はそのヘレナもどきに鋭く睨んだ。

「? こちらの方は?」

 ヘレナの口調で話す彼女は初対面であるミズキを一瞥していう。

「ああ、構うことはない。これからお引き取り願うところだ」

 白髪を撫でて、彼女は不敵に言った。

 すると、ヘレナに化けた少女は一瞬ミズキを見てニンマリとした。そして、扉の前から離れ外へ導くようにお辞儀をした。

「では、さようなら」

 ミズキは力なく屋敷から去る事になる。

 精一杯振り絞った勇気は空振りだ。力もなく知恵も浮かばない。せっかくリリィを助けようとした行為も虚しく無駄になった。

 黒いワンピースを着た呪術師。彼女を前にして、ミズキは何もできなかった。そして、ヘレナに化けた少女にも遭遇し恐怖が上回る。

 ミズキは屋敷の戸を跨ぐ。怖くて振り向けない。だけど、せめてリリィに謝りたくて視線だけを背後にむけた。その時、ミズキは途端に胸中が苦しくなった。

 呪術師の二人は不気味な笑みをしていた。その間にリリィがいて、リリィはーー寂しそうにしていた。

 戸は鍵をかけ閉まる。屋敷には戻れない。

 ミズキは自分が惨めで仕方なくて、けれどもどこかで言い訳をする。

ーー私はやっぱり非力だ……。

 二度目の夜は始まったばかりである。

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