酔っ払いの騎士
まるでそこに深淵が居座っているような不気味な雰囲気に圧倒され、ミズキは息を呑んだ。
真正面で構えるのは王都へと続く森林の道。森林の中を分かり易く道が舗装されている。けれど、とても出来の良い道とは言い難い。本来、馬車で通る道だろうけど車内がガタガタ揺れる想像がつく。
道の入り口は淡い外灯一つで、その道を誘っている。夜道に不向きなのはこの入り口に立って初めて理解したことだ。
そんな道をミズキは単身で行こうとしている。今更ながら、後悔をしてしまう。しかし、ヘレナに王都へ行くと言った以上引き返すのは心持ちならない。それに、彼女から魔除の魔石なるものを受け取ったのだから。
夜道とて、月明かりのおかげで全く道が見えないわけではない。進むには申し分のない。
進むのに必要なのは、踏み出すための勇気だけだ。
「……行くしかない、よね」
自分に言い聞かせる呟き。ポッケにしまい込んだ魔除の魔石の効力を信じ歩み出した。
森が蠢いているように錯覚する。そのせいで足は恐る恐ると言った進みで、思った調子で進まない。
ヘレナによると、馬車でも数時間かかる道だという。徒歩とくればその三倍以上かかるだろうという目測。こんなペースじゃ丸一日歩く羽目になるだろう。
あまりに無謀な挑戦している事に気づく。浅はかな思惑と背面に迫る恐怖ゆえの逃亡だったが、やはり緻密に練られていないそれは無謀極まりない。
気づいたところで、後戻りするに気が引ける。どのみち、無謀だろうが前に進まねばならない。それが何度も繰り返した『死』からの脱却だと信じていたからだ。
ミズキは歩む。王都へと続く暗闇の道を歩いて行く。
不安な足取りが行く中、ふと足を止めてしまう。
道の先から地鳴りがしたのだ。先から何かが来る。
ミズキは反射的に道の脇に避ける。地鳴りは段々と近づいて、その正体が暗闇から抜けて現れた。
先頭に見たことのない馬のような生物を走らせ、その後ろに荷車を引き連れている。いわゆる馬車というものだろう。馬はミズキの知るそれとは違い馬というには竜と形容した方は近しいそれだ。
馬にも竜にも見える生物は脇目もふらず荷車を引き道を駆け抜けていった。
ミズキとすれ違った馬車はクラクの方に向かっているようだが、一体何用なのか。それをミズキが気にする筋合いもないのだが多少なりとも疑念が過ぎる。
脇道で蹲って馬車の通りをかわしたミズキ。馬車の通りを一瞥した。そんなミズキの頭頂に小石のようなものが当たる。
「いてっ……」
思わず軽い痛みに声が出る。
小石のようなものはミズキの頭頂で跳ねて、ミズキの眼下に落ちた。
「何これ?」
月明かりの輝きが眼前に落ちたものに反射する。キラキラとするそれは装飾品のようなものだ。金色のペンダントだ。ペンダントには花模様が刻まれており、その花はクローバーのような丸みを帯びた花弁をしている。
この花の正体を知っているような気がしたが、うまく思い出せない。前世の記憶が何度も繰り返した死の中で見たものか。判らないが、とかくこのペンダントはあの馬車から溢れ落ちたものだと推察する。
今一度、背後を振り返る。馬車すでに遠く、地を鳴らす音も果てまで行ってしまっている。
余計なものを拾ってしまったかもしれない。このまま見てみぬふりをして、捨てておく手段も取れたが金色の装飾品ということで王都で役に立つかと思いポッケにしまった。
さて、足は再び進む。トラブルというかは些か微妙だが、ミズキの目的は揺るがない。
この先も大した事故がなければ良いのだが。そう思いつつ進む。しかし、その願いも虚しく再び遭遇する事になる。
「はぇー、うーひっく。まったく……落っこちたことも気づかないで行くなんてさぁ」
前方からフラフラとした足取りで、ぼやいて近づいてくる影がいた。
影は段々と近づいてきて、その姿が浮き彫りになる。
「ひどいねえ、馬竜も祈祷師もねぇ」
全身鋼の装備で整えた騎士のような風貌をした女性だ。金色の髪は長いが所々撥ねていてお世辞にも綺麗な髪とは言い難い。胡乱な瞳とフラついた足取り、そのことから酔っているようだ。彼女の手には酒瓶らしきものが握られており、騎士のような風貌からは逸脱した姿である。
「あれ、こんな道に人がいる?」
彼女はうっすらと瞳を見開いてミズキに気づく。
「あなたは誰、なんですか?」
恐る恐る聞くミズキ。彼女は一瞬ぼけっとして口を開く。
「え? ああ、まさかとは思ったけど、私の前には阿呆がいるんだねぇ」
小馬鹿にして話す酔った騎士風の女性。
「この道は今は危ないんだけど、まあ良い。問われて名乗らないのは騎士の礼儀に恥じる」
酒瓶片手に騎士の矜恃を語られたところで気品がない。目は定まってないし、身体も揺れている。
どうやら彼女は騎士らしいが、そう言った憮然な態度は見受けられない。
彼女は不安定な口調のまま続けた。
「呼ばれて参上! ギルバート・アリアだ。よろしく、見知らぬお嬢さん?」
口上を述べて自己紹介する。
ミズキは直感する。とんでもない相手に遭遇したのだ、と。
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