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イヴの世界  作者: あこ
一章 ここが私の新世界
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真夜中の逃亡


ーーこんなのがぁ、こんなのがぁ。

ーー可愛らしい姿。綺麗な肌ぁ。

ーーでも、もういいや……。


 目覚めは最悪だった。

 夢の中までも迫る死の恐怖に、身体は絶えず震えていた。

 今はいつで、いつ自分が殺されるのか。治っていた恐怖は一人になって蘇る。

 あの笑殺が、愉悦が、自分を見ている。真っ暗闇の天井で、まるで自分を見下ろしているかのような錯覚にまで陥ってしまう。

「はあ、はあ……」

 呼吸は荒く、必死に落ち着けようと胸を叩いた。

「もう、何で、こんな目に……」

 自分の運命を呪う。こんな屋敷に拾われたから、こうなっているのだと恨む。

 あのルバート・エリザベス。彼女の本性が何度も自分を殺したのだ。

 不意に、視線が窓を見る。あの夜に浮かんでいた月がそこにあった。殺されたのもこんな月だったか。

 ミズキはベッドにいるが、いつあの現場にいき、木の幹に縛りつけられ悦を浮かばれ傷つけられるか。その恐怖が再び蘇る。

 そして、ミズキはあることを考える。

「何で、私、まだここにいるんだろ……」

 考えつかなかったことだ。ここにいたら、またルバート・エリザベスに殺されるかもしれない。それならば逃げるのが最善だと考えるべきだった。

 ミズキは無理をして口角をあげる。

 何度も殺されていた一日の中で、ここら周辺のことは知っているつもりだ。

 ここはクラク辺境伯の管轄している土地であり、王都から離れた場所に位置している。逆に言えば、その王都に属している土地であり、王都があることはその一日の中でアメリアが王都に用事があることを仄かしていた。

 王都オルファナス。ミズキは逃げる場所を決めた。

 単に逃げると思いついたところでその場所を定めなければ無謀でしかない。だが、王都へ逃げるとなれば勝手が変わってくるだろう。

 王都は放浪者でも受け入れる教会があるという話を聞いている。殺され続けた一日の記憶が、今になって役に立った。

 ここで殺されるのを待つより逃げる方がいい。決心は固まった。

 ミズキは風呂場から出て着替え眠ったままの格好で、王都を目指すことを決めた。着替えることに一瞬戸惑ったが、従者の服装を着るのは渋った。従者の服装はその家の特徴だという話を聞いていたからだ。

 思うままに、自室を飛び出したミズキ。ただ王都に向かうだけの計画で、完遂できるかも判らないが、とにかくこの屋敷から逃げたかったのだ。

 暗い屋敷内。所々に淡い明かりが整然と並び、窓際から差し込む月明かりだけが外への導だ。

 何度も屋敷内を散策するイベントこなしているお陰か迷わず進むことができていた。自室から屋敷の玄関まで暗闇に戸惑いながらもすんなりと行けた。

 屋敷は寝静まっている。背の高い玄関の扉を前にして、一瞬扉が閉まっていることを心配したが鍵はかかってなかった。

 ぼんやりと思い出すが、戸締りについては使用人の長であるアメリアの仕事だ。そもそも屋敷の鍵は彼女の管理下にあってミズキは勿論、他の使用人も触れられるものではないことを教えられた。

 それゆえ、鍵が締まっていると思ったのだが取り越し苦労だったようだ。アメリアが戸締りを忘れる事に不自然さを抱かないわけではないけど、それどころではなく外に出られた安堵感の方が大きかった。

 玄関から飛び出し、月夜の元に出る。相変わらず薄気味悪い月が天空から悠然と地上を見下ろしている。

 蒼と紅が丸い月の中で分かち混ざり合っている。奇妙な色合いの月こそここが異世界の証明であり、ミズキのいる場所を自覚させてくれている。

 現代の月よりも明るいそれは屋敷の庭を薄明るくさせていた。

 さて、ここでミズキは考える。それは王都オルファナスに向かうためのルートである。

 ルートは二つだ。クラクの街の玄関口から向かうルートと、この屋敷の裏手から向かうルートの二つ。

 前者のルートといえば、ミズキが最初にクラクの街へ入った場所だ。ルバートに拾われ馬に乗って入った箇所がそのルートに当たる。そして、後者のルート。屋敷案内の際に紹介された王都と屋敷を結ぶ直通のルートである。

 そのルートについては何度か繰り返した中で二度しか説明されていない。記憶が全て残っているからこそ思うが、同じような一日を繰り返しているのに全てが同じ事象を通っていないことを想起した。

 ただ二度しか説明されなかったそのルートは、総じてアメリアが王都に用事があるということを混えて話をされていた。

 用事についてはどの一日でも話に出なかった。屋敷の案内人をしてくれたヘレナに直接尋ねたこともだったが、それでも冷たい目線で返されるばかりであった。

 刹那の思考と疑問が過ったところで、ミズキの目指すべきルートは一つ。屋敷の裏手から王都へと向かうルートだ。そのルートは王都までの道すがらが一直線だからだ。

 思案は固まった。ミズキは屋敷裏手の方に視線を向ける。

 幸いな事に、この世界の月明かりはミズキの知る月明かりより大分明るく地上を照らしてくれている。屋敷内の夜間の灯りよりも明るく視界は開けている。

 屋敷回りを散策した記憶を頼りに、王都へと続く裏手の方へと向かった。

 と、ミズキはヘレナに屋敷を案内されている時に裏手の道について重要な話をされていたのを思い出す。

 裏手の方は正門の方と違い程よく舗装されておらず、魔獣を遠ざける結界も丁寧な整備はされていないという話だ。通常、裏手は魔除をした上で馬車を使い通るそうで人一人が通り抜けられる道ではない。

 裏手は森林となっており、魔獣の巣窟でもある。ダークウルフという魔獣がクラクの森林を縄張りにしているそうで、その存在は時たま夜中に轟く遠吠えでわかる。

 ダークウルフの遠吠えに身体が震える。何度も聞いたものだ。それを耳にしながら死んだ記憶がフラッシュバックする。

 裏手を選べば魔獣に襲われるリスクがある。だが、正門からは王都への道筋が判らない。

 ある程度、舗装されているそうだが正門からは王都だけでなく他の街や国境につながっているそうで迷う可能性大である。

 魔獣に襲われる恐怖はある。けれど、何度もここで殺された恐怖が王都へ逃げる選択へ傾く。

 しかし、無策に裏手を通ったところで魔獣に殺されるのが目に見えている。これは何度も死んだ経験のせいなのか、本能的にこのまま行けば死ぬものだと直感していたのだ。

 とはいえ、魔獣の対抗策など簡単に浮かぶものではない。魔法は使えないし、加護らしいものは持っているがそれを使った力もない。

 消去法で策を講じていると、屋敷案内の中で紹介されたある場所を思い出す。

 この屋敷の敷地内にある武器倉庫の事だ。主に傭兵が使う武器や防具が収納されている倉庫で、使用人はあまり立ち入らない場所でもある。

 ヘレナから紹介された際も、かなり大雑把な説明だった。

 武器倉庫は傭兵の居住する離れから近い場所にある。屋敷から離れているため、使用人が来るのは屋敷全体を清掃する時くらいだという。それくらいの説明で、武器倉庫は建物の大きさに対して中は物で散らかっていて狭狭しい印象を受けていた。

 武器の管理は甘く、鍵もかかってないのを覚えている。誰でも入れ武器を持ち出せる倉庫だ。

 ミズキが武器を持ったところで魔獣に太刀打ちするか怪しいところだが、他に手段も浮かばないミズキはそれを最善だと信じて武器倉庫へと足を急がせた。

 


 

 淡い月夜の中、こそこそと屋敷の庭先を歩く姿はまるで不審者だろう。

 服装は使用人が普段着に使う薄い茶色のワンピースだ。ミズキのイメージでは質素な村娘が使ってるようなそれだが、着心地は肌に当たる部分が多少チクチクするだけで気にならない。

 ミズキのような派手でも地味でもない見た目には似合っていた。

 こっそりとした足取りで武器倉庫へと辿り着く。武器倉庫は以前、見たときと変わらなかった。以前というのは何度も死んだ凄惨な一日の事をさす。

 木造で建てられた武器倉庫は大分年季が入っているのか、所々ボロボロな部分がある。建てられた時から立て直しや補修などしていないのだろう。扉を開けようとすると、軋む音がするのだ。

 嫌な音に身体を縮こませながら、埃っぽい中へと入る。中は以前見たように、様々な武器が乱雑に置かれ外装の大きな建物といった印象を霧散させる。

 この乱雑さは、ここが屋敷の使用人があまり干渉しない事を意図している。基本は傭兵がここを出入りしている上に、使用人がここを訪れるのは年に一回程度という話だ。

 埃まみれの空間に長居するわけにもいかず、お手頃な武器を探す。だが、建物内に入ると頼りになる灯りは消え目は自然と細くなる。暗闇に慣れるまで時間がかかりそうだと思った瞬間、ガタリと建物内で軋む音が鳴った。

 何事だと身体を震わせて驚くが、音の正体となるものは見当たらない。武器を探す時に、身体のどこかが物に触れ揺らしたか。それとも、お化けのラップ現象というやつなのか。そもそも、この世界にお化けなんていう事象があるのか。それが自分にとって嫌なものではない事を言い訳じみて理由を探す。が、理由を探したところで少し虚しい思いがこみ上げた。

 気のせいだと自分を言いくるめ、再び武器探しに没頭しようとしたところ予想外なことが起こる。

「ここで何をしている?」

 扉の音と共に、ミズキにかけられる言葉。こんな夜更けに武器倉庫を訪ねてきた人物がいたのだ。

 身体をびくりとさせて、恐る恐る振り向く。そこには片目を隠した緋色の目をした女性が睨みを効かし立っていた。

「へ、ヘレナ?」

 思わず先輩使用人を呼び捨ていう。

 背の高い彼女は首を傾げ、こちらに近づいてじっと見てくる。

 咄嗟に、ミズキは口を抑えるようにして噤んだ。よく考えれば、今のヘレナとは初対面である。名前を呼んだ事を訝しげに思ったのだろうと焦ってしまう。

「客人ですか?」

 責められると思ったミズキの思惑とは違い、彼女はそう聞いてきた。

 客人。そう言われ違和感が生じる。

 思案が巡る。しかし、今がいつなのか判断がつかない今、具体的な時系列や出来事を頭の中で参照する間などなかった。

「えと、そうです……」

 思わず、肯定する。

 すると、ヘレナは考える素振りをした後に口を開く。

「はあ、ここは関係者以外立ち入り禁止です。一体、何の用でここへ?」

 不自然な疑問だ。武器倉庫を訪れる理由など一つだとミズキは考え、当惑な眼差しをあげた。

 彼女の長身からくる圧迫に怖じける。視線が彼女の答えを導く様に、背後に積まれた武器の方に揺れ動いた。

「ふーん、そう。武器を持ってどこに行くつもりだったの?」

「どこって王都に……」

 視線がうろつく。まともにヘレナの目を見ることができない。

 不意に、彼女を一瞥する。ヘレナは無表情かつ淡白な印象の人だ。きっと何を考えているか判らない表情で自分を見下ろしているものだと思った。けれど、一瞬の一瞥の中で見た彼女の顔は笑っていた様な気がした。

 疑問が口をつく前に、ヘレナが口を開こうとする。が、彼女の言葉は建物内のラップ現象に阻まれた。

 ビクリとするミズキを横目に、ヘレナが建物内の壁側を一瞥すると小さく息を吐いて呟く。

「煩いネズミですね」

「ネズミ?」

 この世界にもネズミがいるのだと思ったが、それよりも彼女の言葉で謎のラップ現象の正体知る事になる。

「ええ、古い建物ですから。ネズミが棲みついているのですよ」

 納得の行く説明を受ける。

「それで、王都へ行くそうですが。もしかして、武器を持って裏道を通って行くつもりだったのですか?」

 話題は戻り、ミズキが武器倉庫にいる理由を追求される。

 ミズキは戸惑いながらも肯く。

「馬鹿な考えを……。騎士ならともかく、見たところ武術に優れているとも思えない素人ですよね。使い慣れていない武器を持ったところで魔獣相手にまともに応戦などできませんよ」

 ぐうの音もでない。彼女のいう通りである。

 一つ、反論を述べるならそれ以外に方法がなかったとしかいえない。

「でも、仕方なかったから……」

「ここの使用人として、わざわざ危険を冒して王都へ行かせるのは見過ごせません」

 そう言って、彼女は懐から何やら取り出してミズキの前にそれを示した。

「これは?」

 ミズキの眼前に差し出されたのは紫紺の光を発した宝石だった。

 アメジストのような色合いで灯りのない建物内でも怪しく光り輝いている。

「魔除の魔石ですよ。これを持っていれば魔獣は近寄ってこれないでしょう」

 そう言われながら、ミズキはヘレナからそれを受け取った。

「あ、ありがとうございます……」

「ええ」

 お礼をいうと、ヘレナは微笑を刻んだ。初めて見る表情に少し照れる。

 ミズキにとってヘレナは仏頂面で無表情かつ淡白な姿の女性だ。無骨ながら、丁寧な仕草だったり親切だったりする。初めて彼女に会ったときは舌打ちされた記憶があるけど、今の彼女にそのような素振りを感じられない。

 まるで、別人。そう思うが、今のミズキはヘレナとは初対面のはずなのでこうした態度が本質なのだと思った。

 ヘレナはスッと扉から出て、ミズキを外へと誘う。どうやら、彼女はミズキが王都へ行くのを阻まないようである。王都へ行けるように、魔除の魔石をくれるなど、むしろ援助してくれている。

 疑問や疑惑はあるが、これで本来の目的を為せる事ゆえに深く考えなかった。

 だが、何となくヘレナの態度が気になったのか。無意識にミズキの口は確認するような言葉を発した。

「あの、こんな夜更けに王都へ行く私の事気にならないんですか?」

 一瞬、緊張が走る。

 普通なら真夜中に王都へ行ったり、武器倉庫にいたりする事に多少なり疑問をするだろう。どう考えても、ミズキの行動は不審者のそれだ。ヘレナは立場的に、屋敷の使用人で不審者を易々見逃せるはずないと思うのだ。けれども、彼女の取った行動は真逆だった。

 言い知れぬ違和感やざわつきがある。その正体は掴めない。

 ミズキはヘレナに問いかけたのに、振り向けずにいた。背後で彼女がどのような表情をしているかは判らない。

 数秒も経っていないはずなのに、とても長い時間、彼女の返答を待っていた気がする。

 長く感じた沈黙は破られる。

「どうして私が気にしなくちゃいけないの?」

 背筋がゾクリとする。嘆息に似た言い様で、ミズキが答えを待たず行っても良かったのに、という呆れも含まれている。

 何故だろうか。ミズキは直感的に、同じような気持ちの悪い感覚を得ている。どこで感じたのか巡らそうとも記憶が拒絶しているような矛盾。

「あ、あの、あなたはヘレナ、ですか?」

 自分でも何を言っているか判らなかった。だけど、この気持ちの悪い正体がそこにあるんじゃないかと思った。けれども、ヘレナはこういう。

「……不思議な事を言いますね。どう見てもヘレナですよ」

 そこでミズキは彼女の姿を一瞥する。その時の、彼女の表情は笑っていた。

 嘲るような笑み。愉しむような笑み。作ったような笑みは、ミズキの知るヘレナとは随分かけ離れている。

 ヘレナと長い付き合いがあるわけじゃないから確証などない。彼女が本当にヘレナかどうか確かめる術もない。

 ただ一つ言えることは、この笑みの正体をミズキは知っている気がしていた。

 だが、判らない。記憶はそれを拒絶している。

 ミズキは逃げるようにこの場を後にする。ここにいつまでもいてはいけない。

 疑問を置いたまま、ミズキは怪しく光月明かりの元、逃亡を続けた。

閲覧ありがとうございます

評価、ブクマありがとうございます!

今回はちょい長めです。。。

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