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イヴの世界  作者: あこ
序章 無垢な少女
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屋敷の一日・8

 レンガ造りの建物が立ち並ぶクラクの屋敷の目下。屋敷から町へと伸びる一本の大通りは、最初は森林に囲まれた通りとなっていて町の活気と共に商店の並ぶ通りへと変わる。

 ここまでくれば依然通ったことがある道であることを思い出すのに時間はかからなかった。町の外からここへ入る時も、ここの通りを使うのだとヘレナは無愛想ながら教えてくれた。

(ルバートに拾われた時に通った道だ……)

 人口は少ないらしいが、商店街ともなると賑やかな風景が目に入る。果物屋と八百屋がほとんどで、後は魔石を取り扱った店や魔法薬なるものを売っているお店があった。前者についてクラクが元より果樹園や農園を営んでいる街だという。後者はミズキにとって初めて見るものだが、これも魔石の取れる坑道と魔法薬の原料となる薬草を育てているゆえの並びだという。

 街中を歩いていく中で、ヘレナはやはり無表情で無骨な素振りであるが要点を教えていく姿は先輩らしいものを感じた。とはえいえ、取っ付き難い姿は頂けないが。

 そうやって、ヘレナが舌打ちを挟みながら街案内と買い物をしている最中声をかけられる。

「あら、あんた屋敷に勤めることになったのかい?」

「へっ、あ……え?」

 コミュニケーション不足の人が取るような反応をしてしまう。振り向くと小太りのおばさんが感心したような面差しで話しかけてきた。

 手には赤い果物、リンゴを持って如何にもな店主の風貌をしていた。

 誰だっけ? なんて逡巡している内に近くにいるヘレナが表情も声色も崩さずに口を開いた。

「フランチさん、こんにちわ」

「ええ、こんにちわ。この子、ルバートさんが拾ってきたんだろ? よかったねぇ、あんた」

「いっ」

 フランチと呼ばれた果物店主のおばさんは嬉しそうにミズキの背を鼓舞するように叩いてきた。手加減ない叩きっぷりに、思わず声が出てしまう。

「クラクはいいところさぁ。自然がいっぱいで食べ物は美味しいし。ここは森に囲まれているから魔物が怖いだとかいうがそんなことないのさ。強い傭兵さんに魔術師さんもいるからねぇ」

「はあ……」

 良さを熱弁されたところで反応に困る。拾われた身だし、一日程しか経っていないのに良さを理解しろと言われてもピンとこないものだ。

 だが、今のところ記憶以外に不自由はない。屋敷の姫様のリリィはミズキを気に入っているし、使用人の長であるアメリアも気にかけてくれている。そばの教育係のヘレナは新人の前だけでなく顔なじみの果物店主の前でも無表情ではあるのだが。

「何があってそーなったか知らないけどさ。ここに拾われたんだ。過去なんて見てもちっぽけなもんさ。楽しく前見て生きな!」

 満面の笑みで人生の教訓を話し、親指を立てて頑張れ少女と言わんばかりの仕草をする。

 ミズキは頭の片隅で、ほんのすこーし臭い台詞だとは思ったが記憶を半端に失い戸惑う今のミズキには胸を熱くさせる言葉だった。

(そうだよね……)

 フランチの言葉を咀嚼し収める。そうすると、ちょっとだけ楽になった。

「……では、私たちはこれで」

 ヘレナは会話の区切りを見つけていった。一瞬だけ、彼女が一瞥してきたように見えたが長居するなという催促だろうか。

 不親切な部分の見受けられる彼女ならそうだろうと思って、手を煩わせぬようフランチにお辞儀をして彼女の後ろにそそくさとついていった。

 さて、一通り買い物ついでの街案内を終わらせ屋敷へと帰路につく。買い物の荷物はヘレナは持たず新人のミズキが持つ。紙袋を抱えるように持ち、足元がおぼつかない状態だ。

 ヘレナは逐一、転ばぬよう気をつけてくださいと注意してくる。注意というよりは警告のような言い方。紙袋の中身をぶちまけたら何かされそうな言い様だ。

「…………」

 ふと、先ほどのことが脳裏に蘇る。あの一瞥は何だったのだろうか。チラとみる仕草にはどこか思い耽ったような仕草にも感じられた。

 他人といるのに、考え事が深くなる。ヘレナが話題を途切らずにしてくれれば余計な考えなどせずに済むが、それは徒労だ。

 退屈ゆえ、物寂しさゆえ、口が考えるよりも先に動く。

「あのヘレナ……」

 と、視線を上げて前を歩くヘレナに言いかけたところで、急に立ち止まったヘレナを見て止めた。

 なに? と聞く前に前方からこちらに歩いてくる二人の影に気づいた。

「お疲れ様です」

 ヘレナは深々とお辞儀をする。表情は変わらないが、整然とした様子にも見える。

 先輩に習ってお辞儀をする。ヘレナほど美しい角度の礼は荷物も相まってできないが、頭を傾けるくらいで妥協する。

「買い物から帰ってきたんだね」

 凛とした声色が宥めるように話す。高貴な声色といえば、少し言い過ぎかもしれないけどそれくらい芯があって澄んでいる。

 聞いたことあるその声に頭を上げると、そこには美しい金色の髪を靡かせたルバート・エリザベスが微笑を刻んでいた。

 最初に会った重装備ではなく、一度屋敷に戻った後に着替えていた単色のワンピースを可憐に着こなしている。スカートの裾なんてビシッとしていてちょっとの風じゃ揺らがないみたいにカチッと見える。その腰には鞘に収めた剣を帯刀しており、ちょっとした違和感が生じている。

 そんな彼女の後ろには、同じような服装、装備なのにだらし無さ目立つ女性がいた。

「おかえりー、おかえりー」

 同様の文言を繰り返す口調にバカっぽさを感じる。髪は黒く、長いそれの先が気だるそうに撥ねているところが彼女の口調や姿そのものだった。

 ルバートがいることと、装備の様子を見れば傭兵二人組の登場だ。

「ルバートさん、ササキさんはこれから?」

 高貴な風貌をしたルバート、また傭兵を前にしても顔色変えずにヘレナは二人に問いかけた。

 ササキと呼ばれた相手は毛先の揃わない髪をかき乱していう。

「見回りでーす」

 面倒そうな口ぶりで答えるササキ。その隣で、彼女の様子を見て苦笑するルバートが続けていう。

「そういうなササキ。ササキは私が遠出してクラクにいない時、仕事が増えたのを根に持っているのだ」

 ルバートはササキの素振りをそう説明するが、服装なり髪の様なりからしてそれだけではなく性格も加味されているんじゃないかとミズキは心の中で思った。

 ヘレナは無表情でまるで興味がなさそうだが、一応首を頷いてみせていた。

「それじゃあ、私たちはこれから街と森の方を見てくるよ。ヘレナ、屋敷の皆には今日は森に近づかないように言っておいてくれるかい? 今朝から荒れているみたいでね」

「それはルバートさんが危惧されていたことですか? こないだ近郊の境界線を見に行っていたのでは?」

 ヘレナから話を振られ、ルバートは一瞬ヘレナの鏡合わせみたいに表情がなくなる。が、すぐに可憐さを漂わせた笑みを作って口を開いた。

「そうだったかな? あはは」

 ルバートの容姿にそぐわない小奇麗な笑みで、一瞬の歪んだ表情を誤魔化した。ミズキは彼女のそれに既視感のようなものを彷彿とさせたがその笑みに消えた。

 ヘレナを方を一瞥すると、無表情が少しだけ歪みを見せ、呆れたようにため息を吐いて続ける。

「ま、いいです。境界線の方はハナが補強に行ってくれました。アメリアさんも王都から戻る際に、裏道の方を見てくるそうです」

「それは良かった。私たちは街の入口を見てこよう。いくぞ、ササキ」

「はーい」

 そういって通り過ぎる二人。ヘレナは自然に二人を見送るようにお辞儀をするが、ミズキはこのまま拾って屋敷に連れてきてくれたルバートを見逃すわけにいかなかった。

「ルバート!」

 無意識に名を呼ぶ。何を言うかなんて決めてなかった。

「どうした――?」

 振り向いたルバートの瞳が突然ぎらついた気がした。ミズキを見る目が鋭く、可憐さのない瞳が睨んでいるような。

 覚えのある恐怖に身を竦ませるが、ルバートは取り繕ったように言葉を紡ぐ。

「ああ、新しい使用人だ。リリィも人が悪い」

 そう言いながら、彼女は手を伸ばしてミズキの頭を撫でた。

「それじゃあ、頑張って」

 それだけ言って、ルバートとササキは街のほうへと行ってしまった。

「……ルバート、さんって」

 どんな人なのか? その問いの行方をヘレナがお辞儀を戻して答えてくれる。

「抜けているところもありますが、元騎士に恥じぬお強い方ですよ。騎士を捨ててなお加護は洗練で、剣術も巧み――それはやはり憎しみゆえの……」

「……イブ」

 ふと、そんな言葉を思い出し口にしていた。

 まるで呪いの言葉でも聞いたかのようにヘレナは吐息を漏らし、目をそらした。

「その言葉は口にしてはいけない」

「災いだから? おぞましい嫌われている厄災だから?」

 つい口調が強まる。それでもヘレナは淡々といった。

「そう……。ルバートさんはそれにすべてを奪われたのだから、もちろん彼女だけでなく……」

 それ以上は言わなかった。ミズキも本能的に察するように、不意に込上がった不安や怒りは沈黙する。

――イブは嫌われている。イブは厄災だ。だから、誰も教えてくれない。

 ミズキの中にいる『イブに愛されている』という所以。居心地が悪くて不安を煽られる。

 話が進まないような気持ちの悪さだ。自分だけが物語の冒頭すらなぞらえてないような。

 言い知れぬ不安と違和感を抱いて、無口なヘレナについていき屋敷へと戻っていった。

一月ぶりの投稿やで。。。

急に寒くなってきたなぁ~

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