屋敷の一日・7
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リリィとの昼食を終え、ミズキが向かったのは屋敷の玄関である。
玄関は屋敷の顔、そして家主の顔なんていうくらいでその玄関はとてつもなく広い。正面から左右に上がれるようできた階段とその中央に芸術的な石像が出迎えてくれる。
ミズキには芸術品の良さはまったく分からない。廊下には均等に並べられた花瓶とそれに合った花が生けられているし、客間などの部屋には可憐な絵画が飾られている。特に主人に関わりのある部屋なんかは、これでもかってくらいの調度品が並べられていたりする。が、どれもミズキの浅はかな思慮にそぐわないもので、それがどんなに高級だろうがピンとこない。そこらへんはきっと記憶喪失なんて関係なくそう思っただろう。とはいえ、本能的に高級感とはかけ離れた凡庸な庶民感覚を備えたミズキには現実感のないものだ。
その絢爛な様式に少しだけ圧倒されながらも、玄関のやけに高い戸を前にミズキは待つ。ここに来たのも待ち人ゆえのことだ。
何となく指先で髪を梳いてみたり、スカートの裾を払ってみたり、まるで恋人を待つ仕草でいた。
とはいえ、その待ち人は――、
「さあ、いきましょうか」
その人は来て草々、待ち合わせする恋人らしい所作をぶっ飛ばして言ってきた。
面をあげると、感情の一旦も見せない無表情がそこにあった。彼女の表情といえば、悪態と嘲笑の二つ。こんならしい雰囲気でも、彼女は表情をゆがませない。
それがヘレナその人だと、彼女としばらく過ごして理解した。
無意識にため息を吐いてみても、彼女はそれを見過ごして玄関から出て行った。
悪態なり反応を見せてもいいものだが、やはり彼女はミズキに対して興味がないらしい。
寂しさと苛立ちが入り混じった複雑さをかみ締め、無骨な彼女の元へとついていった。
「どこへ行くの?」
「……町のほうへですよ」
大方予想のついた答えだったが、彼女はミズキの思惑を知っているかのように無愛想に答えた。
アメリアも言っていたことだ。時間があれば町のほうを見て回るのだと、してそれを先回りしてミズキは答えていたわけなのだが――その疑惑は考えないようにしている。
無愛想、無頓着、無関心の三拍子揃った彼女でさえ、きっと最低限のことは教えてくれるだろう。その際は露骨な悪態をつくだろうけど。町の大まかなことを教えてくれるだけでも助かる。
まだ来て二日。クラクのことだけでなく、まるで世界そのものを知らないような記憶の齟齬がある。ちょっとずつ慣れていければいいのだ。
これからここで過ごす身として、リリィの傍にいる者として。
そう思うと、なんだか元気が沸いてくる。疑惑も疑心も一瞬だけど晴れてくれる。
記憶がないこともリリィの傍にいることが支えになっている。誰かのためになっているような支え。
それが〝本当のミズキ〟らしくなくとも。
「何しているのですか?」
「あ、ご、ごめん!」
訝しげに面を傾げるヘレナの元へと走ってついていく。彼女は相変わらず無骨で露骨にため息を吐くが、傍まで寄ると歩幅を合わせてくれる。
優しげな気遣いを彼女に指摘したところで、鉄仮面を外し少しは照れたりしてくれるのだろうか。なんて考えながら屋敷を出て町へと赴いた。
久々な投稿ぽよ。相変わらず短いですが。。




