屋敷の一日・5
5
こんなに広い屋敷だ。多くの客室もあれば、多様な部屋もある。中庭も、屋敷内へ導く前庭だってある。その手入れを数人の使用人でやるなんて骨が折れるものだ。
そう思っていたが、ヘレナは屋敷中を確認するように見回っていた。
彼女はその前に、今から屋敷の掃除をしますと言っていたがそんな素振りはない。たまに、部屋に設置されているハタキやホウキを使って掃除し、散らかっている箇所があると所定の位置に戻したりしていたが思った掃除とは違った。取ったゴミは備え付けのゴミ箱に入れていたが、回収などをして焼却炉に持ち込んだりもしない。
疑問のある掃除の流れに、尋ねようと口を開かせるがヘレナの無骨な背を前にして発声がうまくいかない。彼女の背に鉄仮面でも張り付いているようで抵抗を感じる。
そう躊躇している内に、ヘレナは足を止めた。一通り屋敷内の部屋を掃除し終わった後である。
「何か質問はありますか……?」
途端に、こちらを向きもせずに問いかけてきた。
一瞬、面を食らったように目を白黒させる。無愛想な口ぶりで問いかけてくるものだから反応に躊躇する。しかも、面を向かいもせずにだ。
ミズキはすっかり当惑して答えようにも間を作ってしまう。それを無返答と受け取ったのか、彼女は苛立っていう。
「ないようでしたら次のお仕事に行きますが……」
「ま、待って! 質問ある!」
焦って声色が少し裏返って出る。
「……」
沈黙し、立ち止まるヘレナ。舌打ちも悪態もなく、ちゃんとその質問を待つという意味合いだろうか。背を向けられ表情の見えない今、その機微を読み取るのは姿だけだ。
ミズキは考えて口にする。
口にしたのは掃除の仕方全般である。ゴミの行方などを念入りに質問し終えると、後ろを向けたヘレナから大きなため息で返された。
「常識まで説明しないといけないんですか?」
「え……、えと、すみません」
なんで謝らなきゃいけないのか甚だ不服だ。だが、顔は見えなくとも声だけの威圧がそうさせる。
彼女は振り向いてこちらを見た。前髪で隠れていない緋色の目が突き刺すように睨んでいる。
ゴクリと生唾を飲み込む。蛇に睨まれたカエル、そのカエルの心境が今なら分かる気がする。
そうやって逡巡していると、彼女は考えたフリをしていう。
「魔石はご存知ですか?」
ミズキは悩んだフリをして首を横に振る。
彼女は小さく息を吐いて、説明してくれた。
「魔石は自然エネルギーを内包した鉱物です。火だったり風だったり、多様な魔石があります。それらを生活に活用しているのです」
苛立ちながらも丁寧な物言いで話すヘレナ。
とかく、魔石は生活の基盤になる代物だということらしい。そう言われれば、詰所でらしいものを見た気がする。ティーポットの隣に置かれていた小袋の中に魔石が入っていたとすると、その魔石は水を温めるものだと推測できる。
単に自然エネルギーを持った代物だと言われても程度が想像できない。無理やり論理的に考えるよりは、便利なアイテムと認識するのが良いだろう。
さて、その便利なアイテムはここまでの掃除の流れのどの辺で使用されていたのかが今の疑問点に差し変わるわけだが。頭を巡らす前に、ヘレナが淡々といった。
「ゴミ箱の中に火の魔石が入っていて、それが中に入れたゴミを炭に燃やしてくれるのです。ゴミ箱には炭が残るわけです。残った炭は周期的に回収します」
回収した炭は花壇の肥料など、様々な用途に使うとも補足した。
大まかに疑問は解消され納得して頷く。ヘレナはそれを見て、感心するでもなく呆れていた。指導者らしくない面差しに狼狽えてしまう。呆れるなんて、分かって当然なことを説明する先生のようだ。
ヘレナ的には常識の範囲内を単調に説明し終えていう。
「では、次は中庭と前庭の手入れをします。ついてきてください」
清掃を終えて、彼女は次の仕事に入る。それに続いてまたヘレナの無言の指導もとい仕事の光景を見るだけの内容にミズキはついていった。
しばらく短い話が続くぽよ~




