屋敷の一日・2
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厨房に入ると香しい匂いが鼻をくすぐった。
魚やお肉の焼けた匂いだ。その匂いに香辛料が混ざって、なお食欲を掻き立てる。気づけば生唾を飲み込んでいた。
「お、来た来た」
厨房の中で、お皿を準備しながら料理をチェックしている人物がミズキに気づいた。
「早いとこご主人様に持っていてあげなよ」
キザっぽい笑みを刻んでいう姿に、なんとも使用人の服装が浮いたものだと思ってしまう。このエプロンドレスはどちらかというと可愛い系の格好だ。彼女のような長身で格好つけたような笑みの繕いはどうも倒錯的である。して、当の本人――アルマは気にした素振りはないのだが。
「他の使用人はどうしましたか?」
ミズキがアルマの素振りに考察している隙に、アメリアが厨房内を見渡して訊いた。
「もう朝食を終えて仕事に入ってますよ」
そう言われたところで、ミズキはアルマを見て一つ気づく。その注視にアルマは察していう。
「ハナかい? 彼女は彼女にしかできない仕事があるからね」
「彼女にしかできない仕事?」
そう聞き返したところで、アルマはキザらしい笑みを向けるだけで話してはくれなかった。
最初に会った時と、詰所で見た時はアルマとハナはワンセットみたいなものだと思っていたが、どうやらそうではないみたいだ。
アメリアにも同じような問いかけを視線で知らせたが、彼女も答えはせず目を伏せ答えを先延ばしにした。
「では、ミズキ。リリィ様の所へ食事を運んでください。自分のも一緒にですよ」
「わ、分かりました」
受け答えに少しだけ難を見せ、お盆に自分とリリィの食事分のお皿、そしてカゴに入れたバケットを乗せて持った。
「ゆっくり行くのですよ」
「はい……」
心無い返事をする。すでにバランスを取るのに集中している。
「私もリリィ様のお部屋までついて行きましょう。アルマ、厨房の片付けお願いします」
「ええ、勿論。アメリアさん、今日はミズキの教育係を?」
「いえ、ミズキの教育係にはヘレナを指名しました。もう彼女には言ったはずなのですが……」
「あははは、本当ですか? 朝礼ではとっても機嫌が悪い感じでしたけど」
それを聞いて、お盆が思わず傾いて皿を落っことしてしまいそうになる。
まさかあの舌打ちは教育係を指名されて、面倒だからの舌打ちだったのだろうか、と思ってしまう。
「ですが、私は夕方まで屋敷にはいませんから」
「ああー王都の方に用事でしたね。それならヘレナに私から伝えておきます」
アルマはそういって、ミズキの後ろ姿に声をかける。
「ミズキ、リリィ様との食事が終わったら屋敷の中庭に行ってくれ」
小さく頷いて返答する。気持ちいやいやではある。
「ありがとう、アルマ。手間かけさせます」
「あははは。それよりもあのヘレナと一緒にいなきゃいけないミズキの心労を察しますけどね」
「大丈夫ですよ。ヘレナはちょっと人付き合いが苦手なだけで、慣れれば大丈夫です」
(ちょっと人付き合いが苦手な人が聞こえる範囲内で舌打ちなんかしないと思うんだけど……)
その思いも虚しく、今日一日、印象の悪いヘレナと一緒にいる事が決定した。アルマはヘラヘラ笑った様子で、アメリアは相変わらず表情の機微は読み取れない。
憂鬱さは増すばかりであった。
短いよー




