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イヴの世界  作者: あこ
序章 無垢な少女
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屋敷の一日・1

 朝礼後、使用人達が散会してアメリアが短く屋敷の一日について説明してくれた。

 起きてから自分自身の身形を整えることから始まるという。今朝、ミズキはお風呂に入ったわけだが、使用人は代々朝方にお風呂に入るという。それからお風呂掃除をしたり、朝食の準備や雑務をし朝礼となる。

 それから朝食の準備の続きをし、朝食を各々摂る。ミズキはリリィの従者であるため朝食時はリリィと摂ることになる。使用人たちは、専用の食堂で摂ることになる。

 それから屋敷内の清掃だったり、前庭などの整備や町への買い出し。ミズキはそれをリリィの申し出含め兼任しなければならないが、しばらくは屋敷内の一日の動きをミズキに見てもらうということで、すでにリリィにはその旨を話しているそうだ。

 簡潔な内容に納得するが、少しだけ所在不明の不安を抱えていた。その不安が無意識に表情に出ていたのか、アメリアが無表情ながらも優しげに首を傾けていった。

「まだここへ来て二日、まだ不安もあるでしょう。ここはあなたのような人があなた以外にもいます。だから、あまり気を張らず今日一日は仕事を覚えることに専念してください」

 彼女の言葉に、若干安堵してうなずいた。

 あなたのような人があなた以外にもいます――、それは拾われた身ということだろう。

 それが誰かかは具体的に彼女は語ってくれなかった。同じような身がいると分かっただけで心はすっと軽くなった気がした。それでも別の重りがあるようで気が晴れたわけじゃないが、ちょっとでも心が軽くなっただけで思慮は随分明瞭になっていく。

(…………いや、きっと気のせいだ)

 今朝の疑心は単なる夢見の悪さから来た発作。ミズキはそう思い込むことにした。ちょっとでも不安がちらつくと、今朝のことが並々ならぬものだと心底で疼くのだ。

「ミズキ」

「ひゃっ、はい……」

 急に名を呼ばれて、裏返って返事をする。

 アメリアは少しだけ神妙めいた面持ちを見せ、口を開く。

「やはり、ルラ様に診てもらったほうがいいですね」

「え、な、なんで、ですか……」

 できれば、ルラとの遭遇は避けたいミズキ。ただでさえ、心をかき乱した元凶はルラなのだ。会ったら、また何かよからぬことを吹き込むに違いない。

 あからさまな挙動に、アメリアは呆れたように息を吐く。

「なんでもありませんよ。今朝から様子がおかしいのですから」

 彼女の言い様に反論する言葉は浮かばない。彼女は至って善意で言っているのだ。あの意地悪な魔術師童女であれ、診てもらうことが最善だと彼女は提案している。

 それでも口ごもって素直に頷けずにいるミズキだ。けれども、表情のない彼女の優しさを拒むのは良心が痛む。

 苦悶を面に刻んで、微妙な頷きをする。

「ルラ様に良からぬことを吹き込まれた事くらいわかります。先ほどは、それを考えずに声を上げてしまって申し訳ありません。あなたが記憶を無くしているのを度々忘れてしまうのですよ。記憶喪失というには妙ですし」

 彼女の言い分にはミズキも納得する部分がある。

 記憶喪失だと言われたミズキが思慮することではないが、記憶喪失の幅が不安定なのを気づいている。なんだか、忘れた箇所があまりに限定されているような不気味な喪失だ。

 記憶喪失のくせして、普通な振る舞い。それがアメリアが抱く違和感だろう。

(もしかして、忘れているほうが私は――)

 それは愚考なのかもしれない。だが、そう感じずにはいられない。

「ルラ様ならその原因を調べることも出来るかもしれません。とはいえ、今日はミズキに仕事の流れを確認させたかったのですが……。まあ、様態第一でしょう。夕方か夜に時間を取って診てもらいます。それでいいですね、ミズキ」

 半ば強制的なものだったが、ミズキは弱々しく頷いた。

「ルラ様に診てもらうまでは今日のスケジュールをこなしてもらいます。……もう、こんな時間ですか」

 アメリアは詰所の壁にかけられた円形の盤を一瞥していう。円形の盤には長い針と短い針が中心から伸びて付けられており、盤の周りには十四個の文字が書かれていた。

 状況からして、彼女が見たそれは時計という代物だろう。しかし、ミズキの根底に十四個の文字が書かれた時計の知識は存在しない。

「リリィ様を長らく待たせてしまいましたね。これから朝食になります」

 食事の話しをされて、初めて空腹を感じお腹を抑える。

「あなたはリリィ様の従者ですから、食事をお部屋の方へ運んでもらいます」

「アメリアさんは?」

「私たち使用人は専用の食堂があるので、そこで摂りますよ」

「はあ……」

 つくづく主人と使用人は差別化されているのだと思う。

「それでは厨房の方へ案内しましょう」

 詰所の戸を開いて出て行くアメリアについていく。

 所在不明の不安を抱えながら、屋敷の一日が始まる。

短めだよ!

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