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イヴの世界  作者: あこ
序章 無垢な少女
11/108

クラクの使用人

 1

――二度とその言葉を口にしないでください。

 感情を忘れたかのように思えたアメリアの顔つきが途端に際立った台詞だ。それを引き出したのは、幼女の形をしたご長寿のルラが発端といえよう。

 今朝の震えや当惑しきった心労を風呂場で洗い流したと思えば、再びそれを思い起こしたルラは意地悪極まりない。アメリアの言ったその言葉とは《イブ》であり、ルラは唐突にその言葉を耳打ちしたのである。

(イブに愛されているって意味わからない……)

 端的にそのように言われたわけだが、その当惑の詳細はイブが忌み嫌われているという存在だからだ。そうでなければ、アメリアが表情を崩すはずない――出会ってそれほどないミズキが確信していえることではないが状況的に考えれば、そうとしか捉えられない。それにルラも同様のことを直接言っていた。

 アメリアの表情の片鱗を見せられたところで、ミズキは今朝の話通り詰所のほうに向かっていた。回答のない疑問をいつまでも逡巡しているわけにもいかず、本筋に戻ることに。

 風呂場まで迎えに来てくれたアメリアの後ろについていっていた。

 彼女はやっぱり寡黙で無表情だ。しかし、今はどことなくピリ付いた雰囲気を感じる。その故は考えなくとも分かる。先ほどの会話が起点になっていることくらいは。

 気の利いた話題も浮かばず、乾いた足音だけが屋敷を巡る。屋敷を案内してくれていた頃と違った気まずさがあった。

 しばらく歩いて屋敷の一階。大浴場たる風呂場から階は変わっていないが、途方も無い時間歩いた気がする。それほどの錯覚を齎した当の本人は表情を崩すことなく振り向いた。

「着きましたよ」

 短い一言。やはり、彼女は眉ひとつ動かさずに告げる。先ほどの面の歪みが嘘みたいに感じる。

 首を縦に振って返事すると、彼女は詰め所のトビラを三回ノックした。こんな所でも律儀な所作を見せるアメリアに、少しだけ感心する。自分にも彼女のような所作が身につくだろうか、なんて考えてると扉はゆっくりと開いた。

 扉の先から明るい声が迎えた。

「お待ちしてましたよ! アメリアさん!」

 この屋敷内に来て初めて聞く声は扉から勢いのまま出てきた。ふんわりとした果物の香りを漂わせ、長い茶髪が香りと共に廊下の虚空に揺れる。

 アメリアと同じ黒エプロンドレスの姿からして、彼女は同じ使用人なのだろう。

 出迎えてきた新たな使用人に対し、アメリアは僅かに表情を歪ませた。この歪みはきっと驚いたものだと思慮し、廊下へ出てきた使用人の顔の方へ視線を動かした。

 そこには幼い顔つきながら、ミズキと同じくらいの身長で嬉々とした笑みを浮かべてアメリアにキラキラした眼差しを向けていた。

 その間に、ミズキの存在に気づくと瞳の色は好奇心に変わり口を開ける。

「あなたが噂のミズキね!」

「噂って……」

 満面の笑みで、噂と称した所で如何なものかと不安になる。いい噂だと良いが、今朝の一件以来ネガティブな思慮のせいでイマイチ釈然としない。

 微妙な表情を初対面相手に見せてしまうがそれを気にした様子もなく、八重歯のステキな彼女は笑みを見せたまま続ける。

「主人様の奴隷でしょ? 裸で倒れていたところをルアード様に助けて頂いたとか。きっと酷い仕打ちがあったのよね。そのせいで記憶も飛んじゃって……」

「な、なんじゃそりゃ……」

 思わず突っ込んでしまう。前半は言った通りだが、後半に関して完全な個人による脚色極まりない――とはいえそう断言する故もないのだが、とかく不幸を捏造するような妄想は気味が悪い。

 人の不幸話をする割に、口先から笑みが漏れている。それが真実だとすれば笑い話で済まない。そうとも追求してやりたかったが、ミズキの突っ込みに合わせたよな破顔からして単なる冗談だったみたいだ。

「うんうん。なんで記憶ないのかわかんないけど、そうだ! ミラさまに診て貰えばよかったんじゃない?」

 突然の話題に、忙しい態度だと思う。

 ミラ――あの小さな体躯にして年は何十倍にも重ねた童女のことだ。

 診て貰えばなんて言われるのだから、あの意地悪童女モドキは医者的な役割でもあるのだろう。ミズキは魔法使いというものがそもそもどういったものか判然としない故に、言われたことを逐一受け入れるしかない。

 ただミラの名が出ていい気がするはずもなく、眉を寄せた。彼女から逸らすように揺れた目がミズキと同じように微妙な面差しをアメリアがしていた。

「なぁに、その反応?」

 訝しげな眼差しがミズキとアメリアの間で揺れる。

 すると、アメリアが呆れたようにため息をついた。

「気にしないでください。それより朝礼が先です。いつもより遅いのですから、もう始めますよ」

 と、最もな理由をつけて話題を変えた。

 そのまま唖然とする相手の隣を抜けて中へと入っていた。

 廊下にはミズキと相手の使用人だけが取り残される。彼女は苦笑を浮かべて口を開いた。

「私たちも中に入ろうか」

「あ、……はい」

 気まずさを孕んだ返答をする。

 彼女と一緒に詰所へと入っていた。

2

 一言でいうと雑多な空間。壁際には有り体の棚が並び、木箱がいくつか重ねられて置かれていた。また別の言葉で示すなら倉庫だが、ここを詰所と語るなら少し意地が悪い。

 詰所と言うからには、ちゃんと程度のティーセットが置かれ、水の出る蛇口まである。コンロが見当たらないが、ティーポットの隣にアンバランスな小袋が置かれているのが気になったくらいだ。

 従者たちが座る椅子は木製で、どこか年季感じる風体だ。ちょっとでも動かせば木屑が跳ねるんじゃないかってくらい。机は中央と、小さな円卓が整然と並べられていた。

 これだけの印象なのに、流石従者の詰所ってだけあつまて綺麗な部屋である。咳き込むような埃は舞っていない。

 不思議にも入ったとある感覚を心底で塞ぎ込んで、興味ありげに部屋を見渡した。

「はい、では朝礼を始めますよ」

 詰所に澄み渡って響く厳格な声。雑多な空間で鳴っていた雑音はピタリと止んだ。

 その静寂に驚いて息を呑んだ。ここにいるミズキを含めた数人の従者たちは黒板前で凛と直立するアメリアに注目する。彼女らの顔つきはほんのりと緊張を孕んだ面をしている。あの出迎えてきた飄々した女性も、先ほどの態度を疑うくらいの真面目な面で構えていた。

 ふと目線がここにいる人を定めた。

 ここの長であるアメリアと自分であるミズキを省くと、四人の従者が集っている。

 一人は先程出迎えてくれた八重歯のステキな女性。名前をまだ伺っていないが、不意に視線を向けるとアメリアに気づかない程度で微笑を浮かべてきた。

 そして、二人固まっている使用人がいる。片方はキザったらしい雰囲気が長く靡かせた黒髪の容姿と細目から漂った女性、アルマ。もう片方はその彼女の後ろで腕組みしている童女、ハナだ。彼女らは昨日会った人物である。アルマと一緒にいるハナはまるでその娘か妹でその反対も言える関係だと認知している。

 少し彼女らに注視してしまったか、ハナが気づいてアルマの背に隠れた。アルマは笑みを口角から零すが、彼女の容姿では嘲ているように見えてしまう。

「…………」

 さて、後の一人。

 一ミリも表情を動かさない姿はアメリアと似通った性を感じさせる。依然寡黙で、入ってきた新人に一瞥すらしない態度。

 ここにいる使用人の中で一番の長身だ。詰所の天井に、足先を立てるだけで手が届きそうなくらいある。

それに続いて長く伸ばした茶髪は不気味だ。前髪も片目だけを隠すようにかけて、見えている緋色の瞳はアメリアのほうを向いてるが、焦点が定まっているようには見えない。

 一目で異常な柄だと直感する姿に、目を伏せる。そんなミズキの失礼な態度も彼女は気づきもしない。

 一通り観察したところで、アメリアの言葉は続けられた。

「もうご存知だとは思いますが、昨日より新たに使用人を雇いました」

 彼女の一言により、ミズキに注目が一人を除いて集まる。

 入り口近くに立つミズキは、思わずその羞恥から逃げようと心内で扉の方に身体を傾けた。

 が、アメリアは手を伸ばして手招く仕草をする。前に来て自己紹介しろ、ということらしい。

 ミズキは静かな吐息を零すと、前へと出て行った。緊張している心境は真っ直ぐ歩けない足取りが伝えていた。

 アメリアの近くに立って正面を向くと、ここにいる従者全員の顔を伺える。そのほとんどは微笑を刻んでいるが、やはり一人だけ無表情で新人が前に来たからといって特別な表情一つ歪ませない。

 そんな彼女のせいで別な緊張が生まれるものだ。第一、ミズキは本能的にこういう場面に慣れていない。

 そう逡巡をしたところで、アメリアのため息がこぼれた。さっさとしろ、という合図よりは仕方がないといった意味合いの吐息だ。

 彼女に気を遣わせる態度を見て、ミズキは意を決して一歩前に出た。

「ミ、ミズキです……。一応、リリィ――ご主人の使用人? 従者? そこらへんわからないですが……。よろしくお願いします!」

 人前で主人のことを名で呼ぶのに抵抗を感じ言い直した形での紹介をした。その最中での言い直しのせいか少しオカシナ発音で文言を述べてしまう。きっと緊張もあるだろうが、思った以上の変な発音に自分自身赤面してしまう。

 不意に、目を伏せる。隣で、アメリアが小さく拍手が鳴らすとまばらな拍手が、詰め所内で散った。

「よろしくね!」

 紹介に対しての優しげな応答。目を上げると、ここで出迎えてくれた使用人がニカっと八重歯を出して微笑んでくれる。続けて彼女は、

「私、メアリー。アメリアさんの次に古株だから、分からないことがあったら訊ねてね!」

「あ、ありがとうございます……」

 明るい雰囲気に圧を感じ、お礼は口ごもっていう。なぜだか、陽な態度にミズキは萎縮してしまう。

 メアリーの短い紹介の後、聞き覚えのある苦笑が続く。

「ふふふ、私たちの紹介はいいかな?」

 伏せた目線を上げ、その主を見るとアルマが笑みを刻んでいた。

 彼女の隣には、童女のような容姿のハナがいる。初めて会った時から彼女とハナはセットのような存在として認識している。アルマの問いかけに、小さく頷くとアルマはお辞儀をした。姉の素振りをマネするようにハナも同じくお辞儀をする。

「あら、あなた達もう会っていたのね」

 メアリーが嬉しそうに話をする。ミズキはそれに、当惑して頷いた。

 一人を除いて紹介したところで、残りの一人に視線が集まる。ミズキは、その一人に対してはこの詰所に入った時から一際注目している。というよりはある意味目立っているから不意に視線がいっているだけなのだが、彼女は他が紹介し終えたところでもミズキのほうに視線を動かさない。

 アメリアのいる方向に視線も身体も向けて、一瞥すらしない態度だ。

 このまま流されるのかと思った途端、アメリアが耐えかねて口を開く。

「あなたの番よ、ヘレナ。これから居住を共にするミズキに失礼ですよ」

「……」

 アメリアの叱責に、ヘレナと呼ばれた長身の従者の表情が僅かに歪んだ。

 ヘレナは緋色の瞳を面倒そうに細めると、やっと顔をミズキの方に向けた。

「……ちっ」

「え?」

 初対面に対する舌打ち。常識的な思慮から疑惑極まりなく、思わず声が出てしまった。だが、ヘレナはそれを気にすることなく言葉を続ける。

「ヘレナです」

「は、はい……」

 ただ名前を言っただけで、ヘレナはもうアメリアの方に向いてしまった。名前を言う際も、ミズキの瞳を見ることなく述べたもので誠意なんてものはなかった。

 舌打ちだけならまだしも、こんな誠意のない紹介されて亜然とするほかない。

 メアリーがそっとミズキのそばに近づいて、耳元で囁いてきた。

「彼女はいつもああいう感じなの。気にしないで」

「はあ……」

 そうフォローされても、これから同じ職場で働く同僚の中に目を合わせない上に悪態つく人がいると考えれば憂鬱である。

 一通りの紹介――そう呼べるかは難儀であるが、形式的な紹介を終えてアメリアは朝礼を続けた。

 その内容は、屋敷内やクラクの街中での出来事やスケジュールの確認だった。来て二日目のミズキにはまったく分からないものだと思っていた。だが、どこかで聞いたことのある内容に不思議そうにミズキは傾聴するばかりだった。

二ヶ月かかったのじゃ。。。

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