第二話「信」と書いて「たより」
押し掛けメイド「ありす」の素性を不可解に思いながらも、その魅力に引き込まれてていく主人公。
微かに見え隠れするありすの知恵と闇。
ありすを送り付けた自分と瓜二つの顔を持つ男の真意を探りながらも、それ以上に募るありすに対する衝動。
その情熱はありすの心をも…。
普遍的なテーマに迫る本作の第二話です。
仕事にせよ、ゲームにせよ、物事に熱中してる者が一番よく口にする言葉は
「あと少しだけこうだったらいいのに」
と言う小さな不満だそうだ。
それは恋愛における相手へのハマり具合も同様だ。
僕がありすにハマってることを証明する、彼女に対する不満は彼女が
「通いメイド」
であることだ。
そう、ありすは夜になれば帰り、朝になればやって来るのだ。
僕は寂しさと共に夜を過ごし、安堵と共に朝を迎えるのだった。
通いメイドの利点は二つ。
僕に「間違い」を起こさせないこと。
もう一つはあいつ-山田太郎(仮名)からの手紙を毎朝ありすが運んで来ると言うことだ。
手紙とは良く考えたものだ。個人情報の漏れや盗聴の心配もない。
まさかこの年で男と文通するとは思わなかったが…。
「同じ顔の同志よ!まさかこんなに長続きするとは思わなかったよ。君を幸せに出来てるようでオレも幸せだ。全ては『詮索するな』と言う忠告を守ってくれたからだ。
では、二つ目の忠告だ。
『本気になるなよ』君はありすを愛せない。 田中一郎」
愛せない?カワイイありすちゃんが本気になってくれないならわかる。あいつー田中一郎(仮名)とありすが「そういう仲」ってオチもわかる。
だが、「愛せない」ってなんだ!人の愛情を他人に推し量れてたまるか!
腹が立ったから昼休みに返事を書いて夜にありすに持たせた。
「君は何者だ?ありすに引き合わせてくれたことには感謝する。だが僕の限界は僕が決める。」
結果がどうあれ僕は操られない主体的な恋愛がしたかった。
「ありすを詮索するなと言ったが、それはオレのことも一緒だ。何度でも言う。
君にありすは重すぎる。背負えるわけがない。
ありすはただのメイドだ。それが君の幸せだ。鈴木次郎」
今度ばかりは我慢の限界だ。
ありったけの罵詈雑言を書いてやってありすに渡そうとした。
が…その時、異変はありすの方に起きた。
「おやすみなさいませ。ご主人様それではまた明日。」
「あぁ、また明日。おやすみなさい。」
いつも通り帰っていくありすを見送る僕。
だったが…。
「…そう…。今夜も…。引き留めては…くれないんですね…。もういいです!おやすみなさい。」
呆気にとられ走って帰る彼女を追いかけもしないバカ一名。
暫くして僕の携帯が鳴った。ありすからかかってきたのは初だ。
「ご主人様ぁ、明日の土曜日ぃ、ありすはデートがしたいですぅ。」
運命の歯車は確実に狂いだした。
(翌日)
待ち合わせの時間までにはあと少しある。
この二週間弱を振り返るには十分だった。
早朝に押し掛けて来て、一緒に出勤し、会社に着くころには僕はありすに恋をしていた。
この短時間は「一目惚れ」と呼ぶにふさわしいだろう。
その日仕事が終わった夜、渡された番号に電話した。心の中では少し、ありすがウソの携帯番号を渡したことに期待した。
その方がこの突然過ぎる出来事を相手のせいにしてしまえるからだ。
しかし彼女は電話にでた。そして家に帰ればそこに確かに居た。
「おかえりなさいなさいませ!ご主人様。丁度今、お好み焼きが焼きが焼き上がりましたわ!」
「何でホントに居るんだよ!ドッキリや詐欺じゃなかったのかよ!
いや、しかも何で最初の晩御飯がお好み焼きなんだよ!そこは肉じゃがとかの家庭料理だろ!」
「冷蔵庫の中を整理するのに最適なんです。」
確かに…。この娘がすることは一々無駄がない。
会社の場所を朝に確認したからお好み焼きが焼き上がる時間を逆算できるのだ。
そしてありすが「通いメイド」と知った時は、甘い期待をしていた自分が恥ずかしかった。
「えっ?はい、帰りますが…何か?私、何かやり残したことありましたか?」
「そうじゃなくて。そこは住み込…。イヤ何でもない。また明日。」
居候型ラブコメディは簡単にスタートしなかった。
初めての週末に淡い期待をしたが、土曜日は大掃除、日曜は家具の買い付けに忙殺され、二人で過ごしたもののチャンスはなかった。
そして翌週に訪れたチャンスが今日だ。
ありすの方から
「動物園に行きたい」
と言ってきたのだ。
何の意図があるのかわからない。鈴木次郎(仮名)とやらが何の策を巡らしてくるかわからない。
だけど…。僕は今夜に勝負を賭ける!
例えやつに操られてる運命だとしても、僕はありすを求めている。
そうこうしている間にありすが来た。
「申し訳ございません。ご主人様を待たせるなんて。」
「待ってないからいいよ。イヤ、それよりその格好!何で初デートの動物園でメイド服着て来るんだよ!」
定番中の定番のゴシックロリータのメイド服を来たありすが居た。
「申し訳ございません。私これしかオシャレな服って…。いえ、これしかないなって思ったので。」
「そっか、まあいい。でも今日くらいご主人様はやめてくれ。」
「じゃあ旦那様?」
「違う!桂木ケイだからケイでいいよ。」
「ケイ様…。」
僕らのデートは始まった。
見るもの全てが新鮮なのだろうか?
パンダやペンギンなどの人気動物じゃなくても、ありすは人一倍はしゃいでくれた。
「これじゃまるで親子だな。」
逆に少し安心した。デートと意識し過ぎずに単純に動物園と、動物園を楽しんでいるありすを堪能できた。
「ケイ様ぁ~。次はこっちですぅ~。キリンさんですよー!」
無邪気なありすは天使そのものだった。
僕を不幸にする悪魔なわけがない!
…そう信じたかった。
その時ありすは僕の耳を疑う言葉を呟いた。
「この子達は…同じ檻の中でも見られることで世の中と繋がっている。私とは違う…。」
この娘にはどんな秘密があると言うのだろうか?
あいつ-山田か田中か鈴木か最早どうでもいいが-が言っていた言葉が重くのしかかる。
「君はありすを愛せない」
きっとその秘密にたどり着ければ真にありすを愛せるのだろう。
「檻の中」
ありすは閉じ込められた生活をしてるのだろうか?
だとしたら誰が?
何の為に?
余計にありすが愛しくなってきた。
ある作家が
「人は他人の長所のみを愛するとは限らない。」
と言った言葉を思い出した。
だがそのことでありすを追い詰めたくはなかった。
せめてこのデートが終わるまで…。
夢の様な一時は瞬く間に過ぎ去り、ディナーを終え、本来ありすが帰るべき時間が近づいてきた。
「そろそろ話してくれないか?」
「何をです?」
「何故、動物園だったんだ?『同じ檻の中でも』ってどういうことだ?」
ありすの表情が凍りついた。あの時の寂しそうな表情だ。
「聞いていたんですね。いいですよ…。こっちももう、『誤算だらけ』ですから…。」
…初めてありすの泣いた顔を見た。しかし彼女は笑おうとしていた。
どちらが言い出すわけでもなく、僕のアパートに行くことにした。
もうこの時点でありすも「覚悟」していると思いたかった。
部屋の灯りをつけようとする手をありすはさえぎり、
「動物園の動物はね、みんなに生きていることを許されているんだよ。
だから一度見ておきたかったんだ。
でもね、動物園に『モルモット』は居ないんだよ。」
真っ暗な部屋でありすはメイド服を脱ぎ捨てた。
夢にまで見たありすの一糸まとわぬ姿。
理想通りの計画は彼女の方から進めてくれた。しかし…僕はありすの姿を正視できなかった。
「貴方だけには私の全てを知って欲しくなったの。
…それが私の誤算」
百万の言葉以上の真実がそこにあった。




