第一話 「存在は存在者よってのみ認められる」
「ちくしょう!似てるのは顔だけか!」
もう何度このセリフを繰り返しただろうか?
無理もない、全てはあまりに突然すぎた。
昨夜のあいつとの出会い、そして今朝のあの娘との出会い。
今はただ、家に帰ればあの娘が消えていることを望むばかりだ。
だがこれはアニメじゃない。
「ありす」は確かに存在しているのだ。
昨夜の僕は無意味に飲みたい気分だった。親友同士の結婚式は僕にとってあまりにもショックだった。
ずっと三人一緒なんて絵空事だとわかっていた。
だが周囲に祝福され、双方の両親が涙する姿に私は堪えれなくなり、二次会を断った。
気晴らしに高級なバーに行ってみた。
それが間違いの始まりだった。
あいつに出会ってしまったのだから。
そう、本当に似ているのは顔だけだった。
何せ、あいつに取ってあそこは気まぐれで訪れた「庶民の店」なのだから。
「ほう、鏡を見ているとは正にこのことだ。
君には人生初の親近感を憶えるよ。」
あいつは馴れ馴れしく言った。
イヤ、馴れ馴れしく言った風に振る舞いたかったのかも知れない。
「僕は貴方に嫌悪感しか無いな。似ているのは顔だけで、君と僕とはまるで違う。何でもお金で思い通りになると言うその態度を改めてくれ。
それか瓜二つの同じ顔に免じて僕の前から消えてくれないか?」
あいつは何もかも鼻につく態度だった。だから僕は精一杯の悪意を込めて言った。
鏡の中の僕にさえ取ったことの無い悪態だった。
それが余計にあいつを刺激した。
「思い通り?ああ、私はこれからも何でも思い通りにして見せるさ!」
「だったら今すぐ僕をお金と君の力で幸せにして見せろ!どうだ出来ないだろう!」
バーで出会った初対面の男にする会話でないのは理解していた。
だがあまりに自分に似たあいつの容貌が僕の「タガ」を外した。
あいつは一言
「御安い御用だ。」
と言って消えていった。
全く、酒代を奢りもしないで、とんだボンボンに出会ったものだと昨夜は床についた。
しかし、それは突然訪れた。
今朝早くのインターホンが僕の運命を変えた。
「おはようございます。
ご主人様!
今日からメイドとして働かせて頂く『ありす』です。」
目の前には信じられないほどの美少女が居た。
一通の手紙を携えて。
「親愛なる同士よ。
『ありす』は貴殿の幸福の為に。
連絡方法は彼女を介しての手紙のみとする。
貴殿の幸福を願うならありすに詮索しないこと。 山田太郎」
「存在するとは他者に影響を与えてこそ、存在を認められる」
と言う当たり前のことを思い知らされた。
「山田太郎」明らかに偽名くさいこの名前と一通の手紙が僕を支配しようとする。
奴の単純明快な意図がわかった。
この小柄で黒髪の女の子を僕に近付かせて、僕に恋をさせることで「幸せ気分」を味あわせたいのだろう。
金持ちの道楽には度が過ぎている。よくもまぁ一晩で僕の家を探し当て、こんな女の子を用意したものだ。
この女の子には恨みは無いが、あいつの言うことを聞いてる時点で腹が立ってきた。
「え~と、ありすちゃんだっけ?悪いけど僕は今から会社に出勤だから、すぐに帰ってくれ。
いくらであいつに雇われたか知らないが、こんなことは君の為にもならない。帰ってくれ!」
少し強引に女の子を玄関から出した。
肩と腕を掴んだが、その肢体は驚くほど華奢で柔らかかった。
「待って下さい、ご主人様!そんな、いきなり追い返すなんて酷いです!こんなんじゃあの人会わす顔がありません。」
抵抗は想定内だ。誰だって報酬は手離したくないだろう。
「君のご主人様は僕じゃなくてあいつだろう!さっ、帰った、帰った。」
玄関から追い出し、右手でドアを閉めようとした時、彼女はか細い声で…。
「…あの人が…ご主人様なわけ…ありません。」
とだけ言った。
その言葉に僕は彼女を中に入れた。
てっきり身の上話が延々続くと覚悟してたが、彼女は部屋に入るなり、
「せめて私の働きぶりを見てから私を送り返して下さいませ。
そうですね。まずは朝食をご用意致します!」
部屋に入ればこっちのモノとばかり、得意気に僕の部屋を見回し、仕事モードに入ったようだ。メイドと言うのは本当らしい。
一昔前に流行った「押し掛け女房」のアニメじゃないのが残念だが…(笑)。
食卓を見て少しがっかりした。
「え~と、ありすちゃんだっけ?
こういう時の朝ごはんってカワイイ女の子の手料理じゃないの?何で買ってきたパンなの?」
「ここのお店美味しいんですよ。」
「そうじゃなくて!」
そう、アニメじゃない。彼女は存在する。それだけは確かだ。
「それじゃ会社に行くから君もこれで帰ってくれ。朝ごはんをありがとう。」
「そうじゃなくて!」
そう、アニメじゃない。彼女は存在する機械的に彼女を見ずに言った。見ると調子が狂う。
「ご出勤ですね。はい、お供します。」
「そこは『行ってらっしゃいませ、ご主人様!』って定番のセリフだろ!」
恋人同士の登下校に憧れたが出勤に女連れかよ。
景色が違って見える。
ありふれた通勤経路をこの娘と一緒に歩いてるだけで世界が変わってみえる。
「楽しい」
ただ単純にこの言葉を噛みしめている自分は何年ぶりだろう?
不思議と会話は途切れなかった。
意識的に彼女の個人情報は聞こうとしなかったし、また彼女を一切それには触れさせようとしなかった。
だが、それでも十分に僕は楽しかった。
仮に「ありす」が僕を不幸のどん底に突き落とす悪魔だとしても、恋人ではなく、メイドとして僕に付き添っているのだとしても、今はただ会社に到着するまでの時間を楽しみたかった。
「で、何でメイドがメイド服来てないんだ?」
「だってこの方が動きやすいし、人前でも目立ちませんよ。」
彼女はTシャツにジーンズ姿だった。
どうやら真のメイドはファッション性よりも機能性重視らしい。
「人目を気にする」
突然人の家に上がりこんでメイドの押し売りをした娘が「人目を気にする」ってのも、「ああ、これが現実なんだな」と思い知らされる。
そして現実は楽しい一時を一瞬で奪い、会社に着いた自分は彼女と離れなくてはいけない。
「それでは『行ってらっしゃいませ、ご主人様』これでいいんですよね?」
「あぁ、どうせならもっと自然にな」
「はい、それでは家の鍵を貸して下さいませ。
ご主人様が帰ってくるまでに、お掃除に洗濯、夕食を作って待ってますわ。」
屈託のない笑顔に負けた。
すんなり鍵を渡しながらせめてもの抵抗をする僕。
「消えたかったらいつでも消えてくれ。
但し鍵はポストにな。」
「はい、帰ってきたらきっと驚きますわ。
これ、私の番号です。帰る前に必ず連絡を下さいませ。」
彼女はそう言って来た道を帰っていった。
バカだな僕も…。
「鍵を渡さないで別れを告げる」
と言う最大のチャンスを自分から逃した。
しかも、彼女は鍵を握ってから自分の携帯番号を渡した。
全ては計算済みだ。
僕の出勤前を狙ったのも、同伴して会社の場所を憶えるのも良し、一人で家に居座るのも良しの、どっちに転んでも得がある選択だ。僕が会社を突然休めない人間と知っているから!
よく考えたら、朝食に買ってきたパンってのも、僕を遅刻させない為に手料理を一から作らなかったのかも…。
彼女が恐ろしくなってきた。
だがそんなのはどうでもいい。
問題は僕が「ありす」に恋をし始めたことだ。
この恋が成功でも失敗でも
「山田太郎(仮名)」
の思うツボだ。




