☆イライラ。
午後三時。やや短めの艶やかな黒髪に、切れ長の二重の目。白衣を着た彼は、午前中のオペを終え、買ってきた唐揚げ弁当をもくもくと食っている。
今日の午前中の患者は、頭蓋底腫瘍の手術だったにもかかわらず、何でもなかったかのように、こうして食事をとっている。
「埜上、お疲れ。今日の午前中のオペ、大変だっただろう?」
「良性腫瘍だったからね。腫瘍を摘出すればなんとかなった」
彼は俺の言葉に、しれっと返事をした。
埜上は簡単にそう言ったが、頭蓋底腫瘍の摘出は、後遺症も残りやすい、きわめて困難な手術だ。それなのに、涼しい顔をしやがって!
此奴はいつもこうだ。いつも、難しいと言われる手術を毎回そうやって、澄ました顔で終わらせる。
俺と同期なのに、ムカつく!!
少し意地悪をしてみたくて、俺は彼に歩み寄る。
「美味しそうだよね、それ」
デスクに手を置き、擦り寄るようにして近づいた。
「あ、ここの唐揚げ、ものすごく美味いんだよ。食べるか?」
まだ口をつけていない方の唐揚げを指差し、彼がそう言った。
「じゃあ、いただこうかな」
俺は、弁当ではなく、彼に顔を近づけ、まだ動かしている口に食らいついた。彼の唐揚げを奪う。
塞いでいる唇から、くぐもった声が聞こえた。
もっと声が聞きたい。
俺は彼の後頭部を引き寄せる。
無意識なのか、埜上の手が、俺が着ている白衣の裾を掴んだ。
「ん、っふ……」
水音が、静かな室内に響き渡る。
「うん、美味しい」
「っは……木津、なん、でっ!!」
ややあって、唇を離せば、今まで見たことがないくらいの真っ赤な顔があった。
彼は切れ長の目を大きく開いて狼狽えている。
「ん~、埜上が味わいたくて……?」
にっこり微笑み、首を傾げて答えると、薄い唇が何度も開閉を繰り返す。
気のせいだろうか、埜上の顔が、さらに顔が赤くなったような気がする。
……可愛い。
埜上の表情があまりにも可愛くて、さっきまでのイライラを忘れてしまった俺は、彼へと手を伸ばし、彼の尖った顎を持ち上げた。
「っき!!」
彼が何かを言おうとしたが、彼の唇を奪ったために、またくぐもった声になった。
やばい、図体がでかいだけに、この反応が可愛すぎる。やみつきになりそうだ。
**END**