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★運命の……。




「お兄ちゃん、ばいば~い」

「ばいばい、可愛がってあげてね」

「うん! ヒナ、すっごく大切にするっ!」

 小学三年生くらいだろうか。艶やかな黒髪に、クリッとした目が印象的な、金魚の尾びれにも似た、ひらひらな桃色のワンピースを着た、可愛い女の子。名前は、ヒナちゃん。

 当時、二十三歳の俺が、初めてひな人形を作って、買ってくれたお客。

 俺の家は代々、雛人形を生産しており、父は十代目にもなる。

 そんなわけで、俺も小さな頃からみっちり扱かれ、ようやく完成した雛人形。

 内裏雛しかない粗末なものだが、それでも一生懸命作ったのを覚えている。

 その思い出深い人形を、可愛い女の子が目に止めて、買ってくれた。

 とても嬉しい思い出で、今でも心に深く刻まれている。

 お雛様の名前も似ている、可愛らしいあの子。

 十年が経った今の彼女は、いったいどんな女の子になっているのだろう。

 ……期待に胸を膨らませ、昔のことを思い出す。

 俺はもうすぐ、父の代を継ぐ……。

 なのになぜだ。

 どこで間違ったのだろう。

 十年振りに再会したヒナちゃんは、「ちゃん」ではなかった。

 艶やかな黒髪は肩までで、白いシャツに、デニム姿。

 大きな目は変わらない。

 細い身体のラインも……うん、昔と変わらず、華奢な感じ。

 背だって、俺より頭ひとつ分低い。

 だが、ヒナちゃんは、彼女ではなく、「ヒナくん」だった。

 正式には、陽向(ひなた)くん。

 なんでも彼の母親は女の子が欲しかったらしく、よく女の子の格好をさせていたんだとか……。

 再会で打ち明けられた新事実。

「別れ際、微笑んだ貴方がとても嬉しそうで、忘れられなくなった」

「……はあ?」

「責任、取ってね」

 にっこりと、天使さながらの微笑みを俺に向け、そう言った。

 ドキッ!

 不覚にも、その微笑みで胸が高鳴る。

 ……たしかに、彼は可愛いと思う。

 睫毛も長い。

 だけどさ、ヒナちゃんは男であって、女の子じゃない。

「まあ、誠二、よかったわね。貴方ったら、顔もそこそこいい男なのに、人形ばかりに目がいって、彼女なんてつくろうともしなかったじゃない? 一生独り身なのかとも思ったけど、やったじゃない! 貴方ってば、ヒナちゃんがどんな子になったのかって、ずっと気にしてたものね」

 あんぐりと口を開け、満面の笑みを浮かべている彼を見つめていると、母さんと父さんが店の奥からやって来た。

 母さんの目には、光る雫が浮かんでいる。

「ちょっと待て! おかしいだろう、そこ!! 彼女は男だぞ?」

 どうせ聞くなら、話ははじめから聞こう。

 男だってカミングアウトした彼の言葉を聞かず、ヒナちゃんだっていうことは聞いていたのかよっ!?

 なんつう勝手な耳だっ!!

「まった、また~、こんな可愛らしい男の子が何処にいるのよ? まあ、たしかに、背は誠二と変わらないけれど?」

「……そうなんです。誠二さん、わたしのこと、男だって……」

 目を潤ませ、母さんに媚びる彼。

 ――いや、そこおかしいだろ。

 さっき、自分から男だってカミングアウトしたじゃん。

 なんで、ここにきて、「男」を否定するんだ?

「ごめんなさいね、ヒナちゃんと再会して、きっと照れているのよ」

 フフ、と笑う母さん。

 ――いや、いやいやいやいや。照れてないし。こいつは本当に男なんだって!!

 ……というか。

 実の息子の言葉を信じないなんて、ひどい。

「違うって、マジ、こいつ男なんだって!!」

 こうなったら、信用してもらう必要がある。

 父さんと母さんには彼の体つきを見てもらって、俺が間違っていないことを知ってもらう必要がある。

 多少、手荒いが、相手は男だ。

 何も全部脱がせるわけじゃないし、彼の体を確認してもらおう。

 陽向の服の裾を引っ張り、持ち上げようとすると……。

「やっ……誠二さんのえっち」

 彼は恥ずかしそうに頬を染め、両腕を華奢な体に回してそう言った。

「まあ、何してんの!! そういうことは親がいないふたりきりの時になさい!!」

 慌てる母さんの隣では、父さんが険しい表情でうんうんと頷いている。

 二人は、けっして口にはしないものの、不身持ちだと言っているようで……。

 ……なんで、俺。

 こんな扱いを受けているんだろう。

 ……そりゃね、たしかに。

 大きくなったヒナちゃんはどんな子になったんだろうと考えたことはある。

 道ばたで年頃の女の子とすれ違った時は、ヒナちゃんもきっとあんな感じになったのだろうか、とか、色々想像を膨らませてしていたさ。

 ……今だって。不覚にも、にっこり微笑んだ彼の表情に、ドキッともしている。

 だけど、相手は男。そして当然、俺も男なわけで……。

 人形作りが楽しくて、思春期を迎えた頃だって女性に何の感情も持たなかったのも事実だ。

 だが、けっして、その道に入るつもりはない。

 ……ハズ、だったのに……。

「なんでこうなっちまうんだよおおおぅっ!!」

 うららかな昼下がり。

 俺の悲鳴にも似た声が響き渡った。




 **END**

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