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☆喧嘩と花火は江戸の……。




「どうでい! おまえさんとこのより、俺んとこのほうが色鮮やかで立派だろう?」

「何を言うかっ! あの鯉の大きさにくらべりゃあ、お前さんとこの方がよっぽどちんけに見えるね」

 青空の下、道のど真ん中で言い争っているのは、俺の父親と、俺の幼なじみ、辰之進(たつのしん)の親父さん。

 二人はいつもこんな調子だ。

 二人が争うきっかけになったのは、俺と辰之進の家柄にある。

 俺の家は、花火で名高い玉屋で、辰之進の家も同じく花火で名高い鍵屋。

 そして、俺と辰之進は同じ長男。家も隣同士だし似ている家柄なもんだから、いつもこうしてなんだかんだと競い合っている。

 それなら花火で雌雄を決すればいいじゃないかと思うだろうが、これはなかなか勝負が決まらない。

 花火で競っていても、どっちも大輪の花を夜空に上げるし、色鮮やかだ。なかなか決着がつかず、それでは――と、鯉のぼりで決着をつけようとしているんだ。

 でも、盛り上がっているのは当人同士だけで、俺たち息子はというと、実はそうじゃない。

 俺としては勝負なんてどうでもいい。だって俺は……。

「ねぇ、なんでふたりはいっつも喧嘩してるの?」

 鍵屋の母屋から木戸を開け、ひょっこり顔を出したのは辰之進の妹のお(さと)ちゃん。肩まである黒髪と相俟って赤い着物が似合っている。

 彼女はまだほんの六歳なのに、喧嘩している大人を見ても悠然と立っている。いつものことだから、もう怖じ気づくこともない。肝っ玉がすわった、なかなかの女の子だ。

「しょうがないよ、父さんも親父さんも商売敵だからねぇ」

 俺はひとつ苦笑を漏らし、(たず)ねられた質問に答えた。

「ふうん? ふたりとも、ひまだよね」

 呆れた口調で話す彼女だが、まだ続きがあるようだ。小さな唇が開く。

「でも、大人なのにずっと喧嘩するのおかしいよね。子供のお兄ちゃんたちはとても仲良しなのにね」

「えっ!?」

 彼女の言葉に心臓が大きく震えた。

 図星だ。俺は辰之進のことを異性のように想っている。それは辰之進も同じで、実は俺たち、両親にこそこそ隠れて付き合っていたりする。

 だけど彼女が俺と辰之進との仲を知るわけがないよな。

 仲良しっていうのはきっと、純粋な友達としてっていうことに違いない。

「誰と誰が仲良しなの?」

 一度は跳ねた心臓を落ち着かせるため一呼吸置いて、乾いた笑みを浮かべていると、なんというタイミングの良さだ。二階から辰之進のおばさんと当人がやって来た。

 ……辰之進は相変わらず格好いい。俺よりも少し背が高く、高い鼻梁にきりっとした眉。ほどよく日に焼けた肌は健康的で、日焼け知らずな俺とは対照的だ。

「お兄ちゃんと伊万里(いまり)お兄ちゃん。昨日もさっきも、一緒にお膝枕していたでしょう?」

「っつ!!」

「おまっ!? 何言って!?」

 普通なら、すぐに否定すれば終わりだろうけど、二人して顔を赤く染めたらもう終わりだよな。

 俺はおばさんに怒られるのを覚悟して、顔を伏せた。

「まあ、そうなの? ね、お膝に頭を乗せていたのは辰之進? 詳しくお話聞かせてちょうだい?」

 だけど、話は思ってもみない方向へ向かっていった。

 意味がわからず顔を上げれば、にっこり微笑むおばさんがいた。

「私も聞きたいわあ。でも、きっと伊万里の方が膝枕をする方よ。だって辰之進くんはこのご近所さんでも粋な男だって評判だもの。細い体つきの伊万里の方が合うわよ」

 そして声はあらぬ方向からもやって来る。その人物は半開きになっている木戸をこじ開け、両手に重箱を抱えてやって来た。

「かっ、母さん!? いつからっ?」

「ついさっきよ。お昼ご飯、作り過ぎちゃって。どうせなら一緒に食べようと思ってね、これ。深川めし」

 深川飯っていうのは、アサリと葱。それからおきつねさんを味噌で合わせ、煮込んだもので、江戸ではけっこう人気の煮物だ。

「まあ、嬉しいわ。さっそく用意するわね?」

「あ、あの……父さんたちは?」

「いいのいいの。さあさ、あんなの放って置いて、一緒にお昼にしましょう」

「やったあっ! ふかがわめしっ!!」

 お里はたいそうご機嫌だ。両手を上げて玄関を駆け回る。

「ね、伊万里くん。辰之進とどこまでいったのか聞かせて頂戴ね?」

 おばさんは両手を擦り合わせ、そう言った。さすがに玄関を走り回ったりはしないが、お里ちゃんと同じくらい楽しそうだ。

「……ああ、俺、胃が痛くなってきた」

 辰之進は意気揚々と進む女性三人の後ろ姿を見やり、頭を抱えている。

「……ごめん」

 申し訳なくて項垂れ、謝る俺。

「いいよ、俺も自分の部屋だし誰にも見られないと侮っていたのが悪かったんだ。それに、どうせいつかはバレるだろうしな」

 辰之進は俺の肩を引き寄せた。チュッという音と一緒に、額に柔らかい感触が触れる。

「っ、辰之進!?」

 慌てて顔を上げれば、辰之進は満面の笑みを浮かべていた。

「いいじゃん、お袋にもバレたことだし、これからは堂々と一緒にいられるな」

 開けっ放しになっている木戸から外を見上げれば、トンビが空高くを飛んでいる。今日は男晴れの、すかっとした昼下がりだ。




 **END**

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