★卒業~Graduation
『3ーF』と書かれたプレートがある教室。
今日、オレらは高校を卒業する。
本当やったらしんみりするはずの教室内は、だけどそうやない。オレのクラスはみんな、楽しいことが大好きなんや。
……クスクス。
女子や男子が息を潜め、静かに笑う。
俺はニヤニヤしながら、教室の入り口からターゲットが入ってくるのを、今か今かと待っていた。
「みんな、今日で……」
ガララ……と勢いよくドアが開いたと同時に、白い煙が入り口一帯を覆う。黒板消しが見事に先生の頭を直撃した。
「ぶわっは!! もう、無理っ!! 山本、うけるっ!!」
みんなが大声出して笑う。
「やまもと~、またお前かっ!!」
だけど、ターゲットになった、先生は違った。無惨にも黒板消しに含んだチョークの粉を引っ被った眼鏡は真っ白で、全然怖ない。
健康的な肌の色に、襟足よりも少し短い黒髪。長い手足。すらっとした立ち姿は、スーツがよく似合う。噂では、二十七歳の独身で恋人はおらへんとか。四年前に東京から引っ越してきたらしい。この学校でイケメンと言われている先生も、今や形無しや。それがまた、オレたち生徒の笑いを誘う。
「まったく、お前は最後の最後まで!」
「ええやん、みんな喜んでくれてるんやし、それに、可愛い生徒のお茶目さんやんか。最後くらい笑って許してや~」
目を大きく開き、パチパチと瞬きして先生を見るオレ。
「ぶわっは!!」
男子達は、そんなオレと先生のやり取りを見て、また大笑いをはじめる。
騒がしい教室。……それが、今日の午前中の出来事やった。
今は、誰もおらへん。真っ白な太陽の光が、教室内を照らす。ちらちらと舞う粉雪のようにも見える小さなホコリが、白昼の光に照らされ、乱反射する。明日からは、もうこの学校にも来ぇへん。
ああ、そうやけど、先生。オレ、やっぱり離れたくない。面倒やからと授業をサボったのも――。今朝みたいにああして黒板消しを設置する悪戯も――。全部、先生にかまってほしかったから、やったことや。
オレ、先生が、好きやった。いや、違う。今も好きや。生徒と先生の関係じゃなく、異性として……。
怒った顔も、乱暴に頭を撫でるその仕草も、どれもがオレの心を満たし、くすぐった。
でも、先生は違う。先生にとって、オレは他愛もない悪ガキ生徒の一人にしかすぎへん。
「っふ、せんせ……はなれた、ないよ……」
我慢して、誰の前でも見せへんかった涙が、目から溢れて、オレの頬を伝う。嗚咽を漏らし、物静かな教室で、ただ涙を流す。
「やっぱり、此処にいた」
静かにドアが開いたら、オレが今、まさに思っている人物が現れた。
「なん、で……」
「門をくぐるお前の姿だけ、見えなかったから、まだ校舎の中かなと思ってな……。最後くらい、挨拶したいし」
最後とか言うな。そんな言葉、聞きたくないねんっ!!
「こっち、くんなっ!」
泣いている姿を見られたくなくて、大好きな先生を拒絶する。だけど、先生はおかまいなしに、オレとの距離を縮めてくる。
こういうところが、すごく好きや。
最後の最後にもなって、『好き』を増やさんでほしい。どうにもできへんやんかっ!!
オレは、ぽろぽろと涙を流す。
先生は、とうとうオレの目の前にやって来て、静かに口を開いた。
「……泣くほど俺が好きなくせに」
「!!」
思わぬ言葉を聞いて、びっくりして顔を上げる。
あかん、先生の顔、見えへん。
グスンと鼻を鳴らし、固まっていると、右手を掴まれ、手のひらに何かが乗った。
「なあ、またおいで。今度は、卒業生として。ほら」
手渡されたのは、合い鍵。
これって……?
「俺の家の合い鍵。生徒、卒業祝いや」
「……関西弁、似合ってへんねん。オレの真似、すんな」
オレはもう一度、すん、と鼻を鳴らし、言うと、先生は笑って、オレのおでこに唇を落とした。
**END**