☆jinx
『散っていく桜の花びらを掴むと願いが叶う』
それは、ジンクス。
本来なら、そんな頼りなげなもの信じない俺だけど、この願いは譲れない。
俺の願いっていうのは、『好きな人と両想いになれますように』だったりする。
ジンクスにも頼るほど、この恋、けっこう本気。
だからといって、誰にも打ち明けることができないから、こうして、あやふやなものに縋るしかない。
その理由は、俺の想い人が同性だから。
しかも、同じ高校。同じクラス。幼なじみなら尚のことだ。
自分の気持ちを言えるわけがない。言えば最後、この生ぬるい関係はすぐに断ち切られる。知人としても側にいられないなんて、そんなの俺には耐えられない。
満開の桜の下。俺は雲ひとつない青空に向かって口を開け、阿呆面をして散っていく花びらと格闘中だ。
(興野と恋人同士になれますように)
ただ一心に、それだけを願って……。
散る花びらを掴むのってなかなか難しい。
思うように掴めない。
「早く、早く掴まなきゃ!」
飛び跳ねて、少しでも満開の桜に近づこうと、必死になっていると……。
「なにしてんの?」
げっ! 今一番会いたくない奴に会ってしまった。
後ろから、俺の想い人である、興野が話しかけてきた。
くっそ、相変わらず俺よりも背が高くて足長い。パーカーにデニムパンツとどこにでもある服装なのに、今日も格好いいじゃねぇか、こんちくしょー!
「なっ、なんだっていいだろ? 別に」
動揺しながらも返事をする俺。
「ふ~ん、たしか。桜の花びらを掴めば、願いが叶うんだっけ? 珍しく、真剣なところをみると……恋愛関係か?」
さすがは興野。俺たち一年の中で上位の成績を誇る奴だ。察しが良い。だけど本人がいる前で肯定するのもシャクだ。
「…………」
無言のまま、ただひたすらに、散っていく花びらを掴もうと跳ねる。
「……美義。好きな人、いるんだ?」
「うるさいなっ! もういいだろ? あっち行けよっ!!」
ムカつく! 俺の想いなんて、コイツは知らないんだ!!
「……美義との十五年の腐れ縁も、早く断ち切れますように」
興野はそう言うと、手を伸ばした。すると、まるで興野の手に吸い付くようにして、桜の花びらがするりと落ちたんだ。
「っ、なんで……」
そんなにまでして、俺との縁を切りたいの? 俺が嫌い?
まざまざと思い知らされた気がして、目頭が熱くなった。
……視界が歪む。
「おい、冗談だって、何泣いてんの?」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいっ! 俺は、俺は興野が好きなのにっ! っひ、っぐ! なんでっ、なんで本人に阻止されなきゃなんないのっ?」
「……マジ?」
……ああ、もう終わった。これで興野の願いどおり、俺は興野とさようならするんだ。
「うわあああああんっ、うわああああんっ!!」
本気だった恋は、見事に破れ、みっともなく大泣きする俺。
もう人の目なんてどうだっていい。興野に振られたことが苦しかった。
「もう、いいよ、どっか行けよっ! うわあああああんっ!!」
広い胸板を押して、俺の前から去れと言うと、興野は俺を抱きしめた。
「ごめん、妬いただけなんだ」
「えっ?」
ズビズビと鼻を鳴らし、訊ねると……。
「俺も美義のこと、好きだ!」
『満開の桜の下で告白すると、二人は永遠に幸せになる』たしか、そういうジンクスもあったよな? 興野はぽつりと、らしくないことを呟いた。
**END**