☆偽り。
「空也さん、オレ、隣の霞ヶ丘高校の2年で、岬 相太って言います。駅のホームで貴方を見かけてから、ずっと気になっていました。オレと付き合ってくださいっ!!」
放課後の裏門。人気がない場所で、俺は今、告白されている。
相手は顔を伏せていて、よくはからわからないが、そこそこいい方だと思う。茶色い髪は地毛なのか、艶やかだ。高い背に、細い体。見てのとおり、男が男に告白。あまり見ない光景のようにも思えるが、別にないこともない。なにせ俺は、肩まである黒髪に、日焼け知らずの白い肌。女子にも見間違われがちな、大きい目に長い睫毛。無駄な筋肉さえない、細い体。結構、美人らしいし? だけど大概、相手が選ぶのは俺じゃなくて、空也の方だ。
――そう。この男は間違いを犯している。俺は空也じゃない。海也だ。
そして空也は、俺の双子の弟。一卵性双生児だから、外見がとにかく似ている。
だけど、性格は違う。
空也はどっちかといえば、かなりおっとりした性格で、柔らかい雰囲気をしている。
対する俺は、っていうと……。
腹黒?
友人曰く、きついことを平気で言うらしい。
岬 相太と名乗る目の前の男は、俺を空也だと思い込んでいる。
両手を震わせ、ラブレターらしきものを差し出している。
彼の身長は俺よりも高いが、腰を折っているから、かなり小さくも見える。
……こいつ、馬鹿だろ。
普通、好きな人なら、告白している相手が俺じゃないって気がつくだろ?
……腹立つ。いつもそうだ。同じ顔なのに、空也ばっかり可愛がられて、俺はのけ者。だから、意地悪してやろう。
俺は弟の空也の振りをして、からかってやることに決めた。
「いいよ、付き合ってやる」
「っほ、本当? やった!!」
あまりの喜びように、良心が痛んだが、実は、空也には彼氏がもうすでにいる。ともすれば、これはコイツのためにもなるだろう。
俺の中の天使が、「いけない」と囁くが、悪魔の俺は、天使の言葉を聞かずに相太からラブレターを受け取った。
その日から、俺は、相太の前では空也として、地の俺のまま、付き合うことになった。
「ね、最近、海也楽しそうだね」
それは、空也からの思わぬセリフだった。
「えっ? そうか?」
「うん。岬さんとお付き合いはじめてからかな? なんか、ものすごく楽しそうだよ? 海也は岬さんが好きなんだね」
もちろん空也には、相太と俺が付き合っているということは言っていない。
というか、実は相太は空也が好きで、俺と空也を間違った腹癒せに、空也と偽って付き合っているとか言えるわけがない。
それでも空也に相太と俺の仲がバレたのは、空也は昔から、周囲を気遣うのがとても上手いからだ。
彼はそうやって、いつも差し障りなく振る舞う。
俺にはない、空也の優しさ。
……だけどさ。
はあ? 空也の口から、なにか聞き捨てならないことを聞いたぞ? 俺が相太を好き? そんなこと、絶対に有り得ないだろう。空也は何か勘違いしているだけだ。
否定したいのに……なんでだろう。
俺、相太のことを考えるだけで、とても楽しいんだ。口角が自然と上がっていくのが、自分でもわかる。理由はきっと、相太が、あまりにも純粋だから……。
彼は、俺の我が儘をたくさん聞いてくれて、ちやほやしてくれるから……。まさか、俺が相太を好きになっていくなんて、そんなこと、計算に入れていなかった……。
相太の告白を受けてから一週間目のその日。
相太と付き合いはじめてからの、遊園地で初めてのデートだ。電車で三十分。少し大きめの遊園地での初デートの待ち合わせは、ゲート前。俺よりも背が高い彼は、俺の姿を見るなり、突然泣き出してしまった。
「なに泣いてんの? 十七歳にもなってみっともない」
「だって、まさか空也さんが、オレと恋人になってくれて、しかもデートまでしてくれるなんて、なんだか夢のようだから……」
平気で感情を表に出す相太は、俺にない物をたくさん持っている。
だからだろうか、相太といるのが楽しいのは……。
また、新たな、「好き」を発見してしまった。
ダメだ。こいつのペースに巻き込まれてはいけない。そう思うのに、俺の良心が限界だった。
「ごめん、俺、実は空也じゃないんだ。兄の、海也の方なんだ」
「――え?」
いくら相太のことを好きになったとはいえ、彼を騙していたのは事実だ。
俺が空也じゃないとわかった相太は今、いったいどんな表情をしているのだろう。
……彼の心情はきっと、打ちのめされているに違いない。騙されたと、俺を恨むだろうか。
――怖い。嫌われるかと思うと、ものすごく怖い。
相太の顔、見られない。
胸がズキズキする。
苦しくて、吐きそうだ。
「……だから、もう。さようならっ!!」
俺が海也だと打ち明けたその日。
俺は、相太との、心待ちにしていたデートを自ら台無しにして、そのまま帰宅した。
相太はそれ以来、俺の前に姿を現さなくなった。
……これで、相太とは終わり。
俺は、心の中にぽっかりと穴があいたような、そんな寂しさを覚え、毎日を過ごしていた。
そして今は、相太と会わなくなってから三日目の放課後。俺は裏門にいる。
そして、目の前には……腰を折り、地面を見つめる男がひとり。
岬 相太がいた。
なぜだ? なぜ、コイツはまた、俺の前にラブレターを差し出している?
「あの、オレ、貴方が好きです!!」
「っ、はあ? お前、また間違えてんのかよ! ばっかじゃね?」
ほんと、いい加減にしてほしい。俺は空也じゃねぇし。
何回も言わせんなよ!!
コイツを好きな俺が馬鹿みたいじゃん。
ああ、もう。頭がズキズキする。
胸も痛い。
もし、もしも。
俺が、こんな自己中心的な性格じゃなかったら――。
俺が空也みたいに大人しくて、ほのぼのとした性格だったなら、相太は俺を好きでいてくれただろうか。
これは罰。
空也と偽った、俺への報いだ。
俺は痛む胸を押さえ、相太から去ろうと無言で踵を返した。
そうしたら……。
「ぅわっ!!」
俺の腕が後ろに引っ張られた。
相太の力強い腕に、すっぽりと包まれてしまった。
「間違えていません。今度は絶対、間違えていないはずです! だって、海也さんでしょう? 間違えてないですよね?」
「うそ……?」
だって、俺は、空也みたいに可愛くない。
「嘘じゃありません。たしかに、はじめは人違いだったかもしれませんが……。でも、オレが本当に好きになったのは、貴方です」
真っ直ぐな視線で、彼はそう告げた。
緊張しているのだろう。俺を包む手が震えていることに気がついた。
本当に?
相太は、俺が好き?
間違いじゃない?
「嘘だって言っても、取り消せないからな……」
俺は、ぽつりと言い捨てると、相太の襟元を引っ掴んだ。
つま先立ちになり、薄い唇に、自らの唇を押しつける。
相太は俺の行動に驚いたのか、一瞬体を震わせた。
だけどそれもすぐに形勢は逆転し、俺からの口づけはすぐに相太のペースに変わった。
俺の背に、力強い腕が回る。
――相太、好きだ。
俺も、相太の広い背中に腕を回し、もっと深い口づけを強請った。
**END**