誰彼の刻
雷夢がキャラクターを決めるのは、そう長くはなかった。画面が一度暗転すると、すぐにお互いが選択したキャラクターが向かい合うようにファイティングポーズをとっている画面が映る。
そうして、異様に大きな'3'という字が表れ、'2'に変わる。
カウントダウンが始まった。
数字が'0'に変わるとこれまた、異様に大きい字で"start"と表示される。
命を吹き込まれたかのようにお互いのキャラクターは、肩を上下に揺らす。
ボタンを押す度に短い声と共に跳んだり、拳を突き上げた。画面上に存在する緑色のゲージが少しずつ消えていく。
どちらかのゲージが完全に無くなる度にキャラクターを選び直したり、そのままのキャラクターで次の試合をすすめる。試合の数が20後半に差し掛かる頃、窓から射し込む陽の色が真っ赤に染まっていた。
「こんな時間か…………」
テレビ画面から視線を外し、壁にかかっている丸い時計を見て雷夢は呟いた。時計の針が19時に近いことを告げている。
「そろそろ、帰らないと……」
「そうだな。あんまり遅いと隼人とこの親が心配するからね」
鞄を手に取ると雷夢の部屋を後にする。階段を降りる僕の後ろから雷夢は、笑いを含んだ声で先程プレイしたゲームの勝敗数の話をしてきた。
「俺の方が勝ち点多いから、俺の勝ちだな」
「なにそれ、いつから勝敗数の勝負してたの?」
あきれた気持ちになりつつも、僕は笑いが込み上げてくる。
「勝ったからには、優勝賞品が必要だな!」
「ふぅん……。何がほしいの?」
何がほしいのか、その言葉に雷夢は苦笑いを溢す。全く考えてもいないし、欲しいものも今は、何もないと言う。
「何か思い付いたら言ってよ」
玄関に置かれた靴に足を滑り込ませる。足の先を軽く地面に叩きつけてから、あのゲームのキャラクターのように向かい合う。
けれども、僕らは殴りあったりはしない。
「そうだ! また、一緒にゲームをする、でどうだ!?」
雷夢は、名案だ、と言わんばかりにキラキラと目を輝かせながら言った。そんな簡単な優勝賞品でいいのか、疑問と驚きが思考を駆け巡った。
「他にないの?」
念のため聞いておく。
「ない! また、ゲームをやろう!! それが優勝賞品だ」
「…………わかった。また、近いうちにやろう」
そう言って僕らは別れた。扉が閉まるほんの隙間から見えた雷夢の顔がやけに脳裏にこびりつく。
夕焼けに染まるアスファルトに視線を走らせ、帰路につく。