世界は希望に満ちている
走る。
ただひたすらに走る。
四谷 守夜の道をひたすらに走る。
明日は俺の高校の卒業式。
いや、正確には今日と言った方が良いかもしれない。
高校生活で 、俺は部活に入ることもなく、バイトをすることもなく、友人を作る事さえしなかった俺に未練は無かった。
しかし、一つだけ未練が出来てしまった。
俺は恋をしてしまった。
きっかけなんて覚えてないし、出会った時を美化するわけでも無いのだが、高校二年生の秋に図書室で本を読んでいた時の事だった。
友達のいなかった俺にとっては図書室は学校でたった一つだけの安息の空間だった。
日課のように図書室に通い、毎日適当に本を読んでいく。
いつものように本を読んでいると、頭の上から声を掛けられた。
「本、好きなんですか?」
驚いて顔を上げると、見知らぬ女子生徒が立っていた。
今まで人との交流を自ら拒んでいたせいで、コミュニケーション能力が不足していた俺にとっては、このシチュエーションは荷が重すぎた。
「やっぱり、ここの図書室って大きいですよね。本の種類も豊富だし」
俺が固まって言葉に詰まっているのを、気付いているのか、いないのか分からなかったがその女子生徒は構わず、僕に言葉を掛けてくる。
「勿体無いですよね。これだけ大きい図書室を誰も利用しようと思わないんて」
「ソウダネ…………………」
「どうして片言何ですか!?」
その人は、わざとらしく大袈裟なリアクションをとっている。
「私、明日からこの学校に通うんですよ」
「………転校生?」
「はい。今日はその下見で来てみたんです」
「そうですか。それはご苦労様で」
しまったと思った。会話が続かないといけないと思い、素の口調で返してしまった。
「むー。転校生にはもっと優しくすべきですよ!」
プンプンと怒ったポーズをとり、頬っぺたを膨らまして俺を見る。
キーン コーン カーン コーン
「あ、では私はこれで」
くるりと身を翻して、その人は去って行った。
「皆さん。席に着いてください」
担任の先生が朝のショートホームルームを始めるために、着席を促す。
「今日は、皆さんの教室で勉強する新しい友達を紹介します」
おうおう。何だそのライトノベル的な紹介は。
……………誰が……………来るって?……………
そういえば、教室の窓側の一番後ろが僕の席なのだが、何故か隣に新しい机が置いてある。
「し、失礼します………………」
…………………………。
「えっと………西園寺 瑠奈です」
可愛いくね?とか、あのオドオドした感じが良い!とか、女子にも男子にも喜ばれている。
俺は、なるべく目を合わせないようにしていたが、既に遅く、一瞬だけ驚くと、直ぐに笑顔を作っている。
「西園寺さんの席は、四谷君の隣にお願いしますね」
そう言って、担任の先生は教室を出ていった。
その瞬間に一斉に囲まれる西園寺。
矢継ぎ早の質問にオドオドしているのを、ちらっと見て溜め息をつく俺だった。
図書室に通い続けている、理由は特に無かった。
だって、安息の空間だったら家の方が落ち着くと思うからさ。
でも、理由が出来たんだ。
図書室に行くと西園寺瑠奈に会える。
最初は、あの天然?キャラに着いていくのが大変だったが、慣れるといじりがいのある友人になっていった。
しかし、地味で目立たない俺と明るく人当たりのよい西園寺が一緒にいる事を良くは思わない人がいるのも事実である。
俺は人との交わりを徹底的に拒絶したお陰で、苛められる事はなかった。
多分、周囲の人達は僕の事を空気位にしか思っていなかっただろう。
苛めなんて、些細な切っ掛けで物事を大きくして、一対多の構図を作ってしまう事だからな。
だから、僕は些細な切っ掛けすら起こさせなかった。
だが、今の僕には爆弾級の切っ掛けがある。
西園寺は人当たりのよい美少女だ。
転校初日から噂は広まり、二学年だけでなく他の学年の人達も見に来る始末だった。
裏では、西園寺ファンクラブまで出来ているとか………。
だから、難癖つけられて精神的に参っているのだった。
しかし、西園寺と過ごす時間は自分にとって、本当にかけがえのない時間だった。
残念な事に、その時間は二学年の頃までだったが。
西園寺は三学年進級と同時に、自分ですら知らない町に引っ越して、姿を消した。
理由は、交通事故だったらしい。
それもかなりの重体で、一命をとりとめたものの昏睡状態で、起きるのはいつか分からないらしい。
俺はお見舞いに行こうにもどの病院に入院しているのかも分からないし、携帯も絶対出られない。
完全にお手上げだった俺は、それから図書室に行くのを止めた。
最初は、同情の目を向けていたクラスメイトだが、今は少しでも俺が楽になれるように、色々な事をしてくれたらしい。
それでも、俺は誰にも心を開かなかった。
いや、明るく努めていただけだった。
でも、俺は突然に意味もなく涙を流していることも多々あった。
自分で泣いている事も分からない位に涙が流れた…………
絶望の一年を過ごした俺に、後悔や未練は無かった。
明日の卒業式も対して意識していなかった。
そんな、卒業式の今日。
まだ、日が昇る前の時間に見覚えのあるメアドからメールがきた。
「会いたい」
たった一行。四文字のメールに俺は何かに囚われたように自分の高校の制服に着替え、走り出していた。
明け方なだけあって、肌を刺すような寒さであったが、俺はひたすらに走った。
学校の正門は当然鍵が閉まっているが、学校の正門の鍵はダイヤル式だったので、俺と西園寺は問題なかった。
西園寺と下校してる時だった。その日は西園寺の課題をみっちり付き合ってやったのだ。
そのせいで、帰りが遅くなりぶつくさ文句を言いながら歩いていると、西園寺が正門のダイヤル式の鍵を拾ってきた。
多分、落ちたんだろうな。錆びてボロボロになった鍵をいつまでも使い続けるからだ。
その時に動いていないダイヤルが、解除の番号だと知った。
…………………あれ?でも、どうやって校舎に入ったんだ?
そう、思って駄目元で校舎の扉を開けた。
力を込めずとも簡単に開いた。毎年、卒業式の日は朝早くから来る生徒がたまにいるそうだ。それで早くから空いていたらしい。
そっからは無我夢中で走った。
勿論、目的地は一年も行ってない図書室だった。
図書室の扉を開けると、一年前と全然変わらない西園寺がいた。
「……………………………」
無言で立ち止まっている俺に気付いたのか、優しく笑い掛けているように見えた。
「ただいま」
あぁ、変わらない。何一つ変わっていない。
いきなり大量に涙が零れた。
「さ……い………おん………じ」
涙でくしゃくしゃになった俺の顔は酷かっただろう。
でも、真っ直ぐ西園寺を見た。
西園寺がいない一年間。絶望だけでは無かった。
西園寺の笑顔を見ていると、俺はどんなに辛いことも平気だった。
西園寺の泣き顔を見ていると、全力で守りたくなった。
西園寺が喜ぶと、自分の事みたいに嬉しかった。
西園寺が入れば……………俺は…………俺は…………
この時、俺は西園寺の事が好きで、愛しくて仕方なかった。
だから、告げる。俺の気持ちを…………………
「好きです」
「うん」
「この一年。俺は西園寺がいないと駄目だった。心がさ………空っぽなんだよな……………」
「うん」
「いつも………隣に西園寺がいたらな……って………思っちゃんだよ………だから…………だから…………」
「もう………良いよ」
俺は西園寺の言葉で、泣き顔を再び西園寺に向ける。
西園寺が俺に近づいて、去年と何も変わらない笑顔で
「好きです」
そう言ってから、俺の胸に押し付けて言う。
「私も…………好き」
「っ!瑠奈!」
俺は西園寺を………いや瑠奈を強く、強く抱きしめた。
空は、大分明るくなっていて朝日が出始めていた。
「瑠奈…………俺は…………」
「うん……………………………」
その先は、言葉にならなかった。
お互いに、地獄のような一年を過ごしていた。
そんな時間違いなく支えになったのは、瑠奈だった。
込み上げる思いが有りすぎて、言葉にならなかった。
「そろそろ………教室に行こっか……………」
「そうだな…………………」
抱きしめていた、体を話す。
瑠奈は、顔真っ赤にして上目遣いで俺を見る。
「……………どした?行くぞ?」
俺は、図書室の扉を開けようとした時に、
「…………守君…………」
「ん?………むぐ!?」
振り向いたら、瑠奈の顔が超至近距離にあった。
そう……俺は、瑠奈にキスされたのだ。
瑠奈の顔が離れた瞬間、俺は全力で……真っ赤になりながらも、違う意味で言葉にならない事を言う。
「んな!…………おま…………ちょ………」
「ほ、ほら!…………教室行くよ!」
半ば、強引に腕を引っ張られて教室に連行された。
「「「西園寺さん!お帰りなさい!」」」
「………………………え?」
そこには、元2ーBのメンバーと、現在の俺のクラスメイト達が笑顔で迎えていた。
「お、お前ら!?」
「学校ナンバーワンの西園寺さんが帰ってくるんだぞ!みんなで迎え入れなきゃ勿体無いだろうが!」
その言葉を聞いた瞬間、クラスメイト達は俺と西園寺を教室に引っ張られてメチャクチャにされる。
…………俺は…………本当に良い友だちを手に入れたな…………
「おい!止めろ!離せ!ーー」
「うるせい!この幸せ者め!」
こういう馬鹿騒ぎが出来る何て、入学当初は考えてもいなかった。
瑠奈の方をちらりと見ると
「………グス……………ウゥ…………もうお嫁にいけない………」
「おい!俺の瑠奈を汚すな!」
「「「人聞き悪!!」」」
クラスメイト全員のハモり抗議で、みんなが笑う。
世界はこんなに暖かみに満ちているんだ……………
「わ、私は!………ほんの僅かな時間でしたが………皆さんといれて本当に良かったです!」
ぺこりとお辞儀する瑠奈をみんなが優しい目で見守る。
「よし!最後は俺の挨拶で…………ってお前ら!者を投げるな!そこ!ブーイングしない!」
クラスメイトの注目なんていつ以来だろう。
教壇の上に達、一人一人とアイコンタクトをする。
「うん。今までありがとうございました!この一年間、みんなが俺を気にかけてくれてたのに、ふて腐れた態度なんかとってごめんな。でも、みんなの優しさが凄く嬉しかった。こんな俺にも、居場所が在るなんて思いもしなかった。卒業してバラバラになっちゃうけどさ、みんなの事大好きだからさ、絶対また集まろう!本当にありがとうございました!」
沢山の拍手を受けるなか、俺は瑠奈に向かう。
「瑠奈」
「は、はい!」
声が裏返っているのを全員で苦笑いしながら、直ぐに視線を俺に向け直す。
「二年生の頃。俺は、瑠奈の笑顔に救われた。最初見たときは、こいつは俺と住む次元が違うだなって思ったよ。でもお前は、そんな俺の気持ちなんか気にしないでズカズカと俺の中に入って来てくれたよね」
「あ、あはは………」
しゅんと落ち込む瑠奈に微笑みながら話を続ける。
「確かに困っていたんだが、そんな反面嬉しくもあったんだ。瑠奈の笑顔に救われたって言葉は嘘じゃないよ。えっと、何が言いたいかって言うと……………その……………」
「「「?????」」」
「ありがとな。…………………あと、大好きだからな!俺が絶対に幸せにしてやるから!」
クラスメイトの全員が笑う中で、瑠奈は真っ赤になってしゃがみこむ。
「最後に全員で写真撮るぞ!」
「「「おぉ~~!!!」」」
みんなで黒板を背景にそれぞれポーズをとる。
俺は瑠奈の隣に立って笑顔を見せる。
「…………………バカ」
大分、落ち着いた瑠奈が拗ねたようにそっぽを向く。
「でも、楽しいよな」
「うん!」
『よーし、撮るぞ!はい、チーズ!』
俺達は満開の桜位に、満開の笑顔でピースしたのだった。
短編書くの初めてだったんで、難しかったです。
瑠奈と守の過去と三学年になってからの、時間をもう少し明確に詳細に書けば良かったかなぁと反省しています。
面白いって言って下されば幸いです。
あと…………批評、酷評はほどほどにお願いします!