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『』  作者: 岡村 としあき
『脳』って、何ですか?
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『脳』って、何ですか?

 少子高齢化が社会的な問題として取り上げられるようになった、21世紀初頭。2世紀が経過した23世紀。昨今その問題はある技術と法整備によって、解消されつつあった。


 それは、二次元キャラの人権確立である。


 アニメやゲーム、漫画、ラノベ……これらに登場するキャラクターに人権を与え、ヴァーチャル世界で結婚することが可能となったのだ。さらには、ヴァーチャル世界内に自分の遺伝データと二次元キャラのデータを元にした子供を作ることができ、この子供はヴァーチャル世界内で自律行動し、成長する。そしてその子供同士で恋愛、結婚し繁栄していく。


 21世紀初頭の常識で言えば、何をバカな。と、考える人も多いだろう。だが23世紀に入った今、生活の場はヴァーチャル空間にシフトしている。


 発達した科学により便利を極めた人類は、己の体を使うことがなくなり、筋肉は退化してしまった。代わりに脳が発達した人類は肉の体を捨て、精神世界で生きるようになる。それが23世紀の常識であり、0と1のデータの体が人類のスタンダートなのだ。


 この時代、人間は生まれてすぐに脳を摘出され保管カプセルに保存されると、ネットワークに接続される。その瞬間こそが、その個人の真の誕生日となる。


 ヴァーチャル空間では老いも死もない。アバターの設定次第で性別も容姿も能力もすべてが思いのまま。真の平等がそこにあった。


 さて、この二次元キャラ人権確立法案により、日本の人口は急激に増加していった。人工といっても日本国内にあるサーバー……別名、脳マンション内における脳の数に変化はないのだが。


 と、女性教師は日本史の教科書から一部抜粋し、デジタル黒板に板書した。


「これらは23世紀初頭の出来事です。さて、ここまでで何か質問はありますかー?」


「はい」


「はい、アモンくん」


 僕は純粋な疑問を口にした。


「脳って、何ですか?」


「旧時代の人類は、今のようにデータの体じゃないのよ。肉体、といってね。頭の中には頭蓋骨があって、その中には脳と呼ばれる非常に大事な器官が収まっていたの。25世紀の今、生身の人間はほぼいなくなってしまって……保護対象になっているわ」


「保護対象? どうして? 必要ないでしょう、そんなもの」


「貴重なサンプルだからよ。旧人類は肉の体で物を考え、感情で行動を決定することがある。今の我々からすれば、非常に興味深い『生物』だからよ」


「『生物』……ですか」


「私達、新人類はお互いを殺しあう事なんかできないわ。なぜなら、銃弾や刃物の接触判定がないから。でもね、旧人類は互いを殺しあうことができたのよ。この前の授業で教えたでしょ? 22世紀半ばで第3次世界大戦が起こったって。その反省から人類はあらゆる制約を課したヴァーチャル世界で生きるようになったの……と、そろそろ給食(デフラグ)の時間ね。今日の授業はここまで、日直さん。号令お願い」


 日本史の授業が終わると、僕は給食(デフラグ)をさぼり街へ繰り出した。


 25世紀の東京は、今日も平和が続いている。といっても、平和しかない。世界人口の90%以上をAI人間……即ち、新人類が占めるようになってから、あらゆる技術が進歩した。


 巨大なヴァーチャル世界が構築された22世紀末。その当時では、第二の世界という認識でしかなかったこのヴァーチャル世界も、23世紀に二次元キャラ人権確立法案されて以来、むしろ現実世界のほうが第二の世界にすげ変わった。


 この世界で、僕は生きている。旧人類のように心臓が鼓動を刻む事はないけれど、生きている。


「さて、と。どうしよう。新しい服でも買おうかな」


 僕は服を買いに渋谷へ向かうとしたのだが、目の前で女の子が男に絡まれているのを見て、立ち止まった。


「おい、ねーちゃん。お前さんあれだろ? 旧人類なんだろ? 未だに脳みそなんかで思考してるガラクタだよなあ、お前ら? 俺ら新人類みたいにプロッセサで思考できないくせに、保護対象とか笑わせるなよ」


 人類差別だ。珍しい、初めて見た。


 旧人類はいろんな面で僕ら新人類に劣っているのに、希少な存在だからという理由だけで優遇されている。それを快く思わない人々が旧人類をいじめているのだ。


 けれど……僕に言わせれば新人類も旧人類と何ら変わらない。脳がCPUに変わったところで、いつの時代も差別なんてやっているのだから。


 結局、人間はどんなに形を変えても、時間が経っても人間のままなのだ。

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